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2021-04

元木昌彦さん!待ってた!!正次郎独り竹槍でした!!

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ジャニーズの暗部に触れないメディアの罪

プレジデントオンライン / 2019年7月23日 17時15分

■歯の浮くような美辞麗句を並べ過ぎではないか

ジャニー喜多川は、そんなにすごい人だったのか。
7月9日の午後、彼が亡くなってからメディアで報じられた大量のジャニー礼賛記事を読みながら、長嘆息した。

日本のメディアには、「死んだ人の悪口は書かない」という不文律のようなものがある。だが、あまりにも歯の浮くような美辞麗句を並べ過ぎではないか。

翌日のスポーツ紙は全紙、一面全部を使って彼の死を悼んだ。「キムタク『ゆっくり休んでください』ジャニーさん天国へ」(日刊スポーツ)「ジャニー喜多川さん逝く SMAP、嵐…帝国築いたアイドルの父」(スポーツニッポン)など、最大の賛辞を送った。

スポーツ紙は致し方ないと思うが、朝日新聞も一面で取り上げた。

「1931年、米ロサンゼルスで生まれた。10代で、公演で現地を訪れた美空ひばりらの通訳をし、ショービジネスの基礎を学んだ。その後、日本で、コーチをしていた少年野球チーム『ジャニーズ』からメンバーをスカウトし、62年、同名グループのマネジメントのためジャニーズ事務所を設立した。

70~80年代にかけてフォーリーブスや郷ひろみ、近藤真彦、田原俊彦、少年隊、光GENJIら時代を代表する人気タレントが次々と輩出。日本の歌謡界で歌って踊れる『男性アイドル』というジャンルを定着させた。その後、世に送り出したSMAP、TOKIO、V6、嵐などがヒット曲を連発。マルチタレントとして幅広い世代から支持を集めることに成功した」(7月10日付)

■どんな偉大な人間にも表の顔と裏の顔がある

翌日の「天声人語」もこう書いている。

「これほど名を知られていながら、これほど素顔を知られぬまま旅立った人も珍しいのではないか。訃報(ふほう)の写真のジャニー喜多川さんは、帽子をかぶり、サングラスをかけている。表情も年齢も読みとりがたい

▼素顔や肉声をさらさない主義で知られた。同僚者によると、取材には毎回、撮影不可という条件が付された。『劇場の客席で観衆の反応をつかむため、顔を公開したくない』などの理由が挙げられた

▼『ユー、やっちゃいなよ』。そんな言い回しで知られたが、取材には折り目正しい日本語をゆっくり話し、敬語も丁寧だった。ジャニーズらしさとは何かと尋ねると、『品の良さ』と答えたという」

すぐにでも国民栄誉賞を与えろといわんばかりの持ち上げ方である。

週刊誌、特に新聞社系がそれに追随した。「追悼・ジャニーさん そして『伝説』は『神話』へと」(『サンデー毎日』7/28号)「追悼 ジャニーさん、ありがとう」(『週刊朝日』7/26号)。朝日は表紙に、ジャニーズ事務所のタレントが表紙になった号をズラッと並べた。

中でも『AERA』は、「追悼・ジャニーさん『YOU! やっちゃいなよ』胸に刻んだ」と銘打ち、大特集を組んだのである。

どんな偉大な人間にも表の顔と裏の顔があり、建前と本音がある。ましてや芸能界という荒海の中で生き抜くためには、清濁を併せ呑む度量が要求されたはずだ。多角的な視点からジャニー喜多川という人間を見なければ、まっとうな評価はできない。

■東京高裁が認めた『週刊文春』の「性的虐待報道」

私が読んだ限り、一般紙で彼の影の部分に触れたのは、朝日が第二社会面に掲載した「評伝」の末尾のこの数行だけだった。

「1999年には所属タレントへのセクハラを『週刊文春』で報じられた。文春側を名誉毀損(きそん)で訴えた裁判では、損害賠償として計120万円の支払いを命じる判決が確定したが、セクハラについての記事の重要部分は真実と認定された」

その『週刊文春』(7/25号)は、「稀代のプロデューサーの光と影」というサブタイトルを付けて、「ジャニー喜多川 審美眼と『性的虐待』」という特集を組んだ。

朝日が触れたように、文春は1999年に、ジャニー喜多川が少年たちに事務所で性的虐待をしているという告発記事を連載した。それに対してジャニーズ事務所は文春を名誉毀損で訴えたのである。

しかし、ジャニー喜多川は法廷で、少年たちが文春に語った性的虐待について、「彼たち(少年たち)はうその証言をしたということを、僕は明確には言い難いです」と証言したのだ。東京高裁はこのジャニーの発言をもとに、「文春が書いた少年たちの証言は真実性がある」と認めたのである。

■「僕のファーストキッスはジャニーさんですからね」

今回も、嵐のメンバーと同年代の元ジュニアが、『文春』でこう語っている。

「成功したヤツはジャニーさんに感謝しているかもしれない……。でも、僕はそんな気持ちになれない。ジュニア時代、僕がジャニーさんの誘いに抵抗したら、ステージの隅っこに追いやられた。(中略)僕のファーストキッスはジャニーさんですからね。ショックでしたし、もうグレるしかないですよ。(中略)十代前半で悟ったというか、大人の世界って本当に汚いんだなって」

1999年の『文春』には、こんな赤裸々な少年の告白も載っていた。

「ジャニーさんの手の甲は毛深いんで、ちくちくするけれど、マッサージは筋肉がほぐれて本当にうまい。でも、パジャマを脱がすとすぐ口です。いつも歯が当たって、痛いんですよ」

朝起きると、少年の布団に5万円置いてあったという証言もある。彼らはなぜ、ジャニー喜多川に逆らえなかったのか?

「やっぱりデビューしたいじゃないですか。それで、しょうがないですね。しょうがないしか、なかったんです」

己の審美眼にかなった少年たちを集めてきて、デビューさせてあげる、スターにするからと甘言を用いて、彼らにこうした性的虐待をしていたのなら、どんなに素晴らしいアイドルを誕生させたとしても、それですべてが帳消しになる話ではない。

■「CIAのスパイではないか」という噂もあった

こうした影の部分も含めて、ジャニー喜多川という人間を論じなくてはならないはずなのに、ジャニーズ事務所になると、週刊誌はすぐにジャーナリズムの旗をたたんで、まるで熱烈なファンのような大本営発表記事を書いて恥じることがない。

さらに、『文春』も触れているが、ジャニー喜多川には、「CIAのスパイではないか」という噂があった。

高野山真言宗米国別院の僧侶の次男として、アメリカ・ロサンゼルスで生まれた。姉はメリー喜多川で、事務所の副社長である。『文春』によれば、帰国した姉と弟は戦時中、親戚にあたる大谷貴義のもとに身を寄せていたという。大谷といえば、宝石商として財を成し、児玉誉士夫と並ぶ大物フィクサーといわれた。永田町では「福田赳夫のパトロン」として知られていた。

実は、私も大谷を知っている。取材で知り合ってから親しくなり、家に遊びに行き、私の結婚式の披露宴にも出席してもらった。残念ながら、喜多川姉弟のことは聞いていない。亡くなる前に聞いておけばよかった。

■アイドル像については多弁だが、自身の過去には口を閉ざす

戦後、再び、ジャニー喜多川はアメリカへ行って、高校に通いながら、リトルトーキョーでショーを手伝っていた。その頃、美空ひばり、笠置シズ子、服部良一らと面識を持ったといわれる。米国籍だったため米軍に徴兵され、ジャニーは朝鮮戦争にも従軍している。

彼の知人によれば、「江田島にあった米軍兵学校で韓国語を学んだ。通訳として従軍したらしい」。再び日本に戻ったジャニーは、米国大使館に勤務して軍事顧問という肩書も持っていたそうである。

そうした経歴から、CIAのスパイ説が出てくるのだろうが、ジャニーズ取材歴50年で、『異能の男 ジャニー喜多川』(徳間書店)を出した小菅宏は、『文春』でこう話している。

「不躾とは思いつつ、ジャニー氏に『CIAのスパイだったの?』と尋ねたことがある。本人は『米国の情報機関で働いたことはあるけど、それ以上はノーコメント』と打ち切った。ことアイドル像については多弁な彼も、自身の過去には口を閉ざしていた」

これについては、これ以上の情報がないので触れないが、ジャニー喜多川を論じるなら、彼の性的嗜好とCIAスパイ説は避けては通れないと思う。

■長いスパンで見れば、ジャニーズ帝国崩壊は間違いない

彼が「ジャニーズ」という野球チームを作り、男の子のアイドルグループを次々に排出し、スターに育て上げていったことは、あまりにも有名なので、ここでは割愛する。

ジャニー喜多川のいなくなったジャニーズ事務所は、少し長いスパンで見れば、帝国崩壊へと向かうことは間違いないと思う。

SMAPの解散、嵐も来年から活動を休止するなど、ジャニーズ事務所にいい話題は少ない。メリー喜多川の娘・ジュリーが社長に就くのだろうが、これまで以上にやれるとはとても考えにくい。

それに、ジャニー喜多川が残した500億円ともいわれる遺産の相続問題がある。ジャニーは独身だったから、姉のメリーと姪のジュリーが相続すると思われるが、そうではないという見方もある。

メリーとジュリー母子とジャニー喜多川との確執が相当深刻になっていたという話がある。自分の後継と指名した滝沢秀明に、ジャニーが遺産を渡すという「遺言」を書いていたのではないかとささやかれているそうである。もしそうだとすれば、遺産を巡って、メリーとジュリー対滝沢の間で醜い争いが起こる可能性は十分にある。

■公正取引委員会が独占禁止法違反容疑で「圧力」を調査

さらに大きな問題が『文春』で報じられている。

SMAP解散後、事務所を出た稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾の3人をテレビに出演させないよう、事務所側が圧力をかけていたというのである。

そんなこと、これまでもジャニーズ事務所がやってきたことで、いまさら問題にすることではないと思う人もいると思うが、今回は次元が違うのである。

公正取引委員会が動いたというのだ。テレビ局への圧力を問題視してきた公取委が、「近く独占禁止法違反容疑で、ジャニーズ事務所に対し、正式な警告があると見られている」と、報じたのである。

『文春』の早刷りを見たのであろう、同誌が発売された7月18日、新聞、スポーツ紙が、このことを一斉に報じた。

「関係者によると、ジャニーズ事務所から独立した元メンバーの稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんをテレビ出演させないよう同事務所が圧力をかけているとの情報があり、公取委が聞き取り調査などを実施」(朝日新聞7月18日付)したのである。

■メディアへの「圧力」が事実だったことが公になった

事務所側はコメントを発表して、公取委から「調査を受けた」ことを認めた。これまで陰でこそこそ語られてきた、ジャニーズ事務所のテレビ局などへの圧力が、事実だったことが公になったのである。

だが、NHKと在京民放キー5局は、事務所からの圧力はなかったと、いまだにジャニーズ側に忖度して、圧力があったことを認めない。

おそらく彼らは、「あの3人は、うちの嵐なんかと一緒に出さないで」という事務所側の要求を、圧力とは思わないほど神経が麻痺しているのだろう。

同じことは『文春』を除くほとんどの週刊誌にもいえると思う。出版社にはアイドルを載せたい雑誌がいくつもある。

私がいた講談社には、子会社に「キングレコード」があり、AKB48のCDでは相当儲けたはずだ。今も続いているのかもしれないが、『フライデー』には一時、「AKB48のスキャンダルはやるな」というお達しが出たとも伝え聞いている。

■芸能に「ジャーナリズム」を取り戻すために必要なこと

古い話で恐縮だが、私が実際に体験したことを書かせてもらいたい。

田原俊彦、野村義男、近藤真彦の「たのきんトリオ」がブームになったのは1979年からである。私は、その頃、『週刊現代』編集部にいた。

1981年4月30日号の『現代』に、私が担当した「アイドル育成で評判の喜多川姉弟の異能」という特集記事を掲載した。異能というのは、ジャニー喜多川の性的嗜好を指している。『文春』が連載をやる18年も前のことである。

記事が出て、講談社の社内は大騒ぎになった。ジャニーズ事務所が「今後、講談社には、一切うちのタレントを出さない」と通告してきたのである。

しばらくして、私に一言もなく、会社は私の『婦人倶楽部』への異動を発表した。講談社は、私を『週刊現代』から外すことで、ジャニーズ側と手打ちをしたのである。怒り、呆れ、辞めようと思ったが、私には勇気もカネもなかったから、思いとどまった。

ジャニーズ側は、私の件で、出版社を黙らせるにはこの手に限ると考えたのだと思う。講談社は社員を蔑ろにして、目の前の儲けを優先したのである。

これも大昔の話になるが、女優の大原麗子と歌手の森進一が「不倫」しているという記事を作ったことがあった。大原は当時、俳優の渡瀬恒彦と結婚していた。

大原から名誉棄損で訴えられた。その後、彼女は病気になり、他のメディアは、『現代』の報道で大原が病に倒れたと報じた。会社から、大原に謝りに行けといわれた。

「誤報ではない」と抵抗したが、編集総務にいた先輩がこういった。

「芸能なんかで争ってもつまらないじゃないか。政治家のスキャンダルなら堂々と闘ってやるけどな」

大原の家に行って頭を下げた。その後しばらくして、大原は離婚して森進一と再婚した。

講談社は、その後も相変わらず、芸能界にも政治家にも弱腰の出版社であり続けている。芸能人や芸能プロと闘えない出版社が、政治家を含めた権力と闘えるわけはないのである。

同じようなことが、他の出版社、テレビ局、スポーツ紙でも起きているはずだ。ジャニー喜多川という芸能界の巨木が倒れた今、それぞれのメディアの現場が、芸能にジャーナリズムを取り戻すにはどうしたらいいのかを、一度立ち止まって考える時だと、私は思う。
(文中敬称略)
----------
元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)などがある。

㊟元木昌彦さん、よく発言しました。ここまでジャニー問題に発言したのは私のみ。あなたとは私が「オリコン」から独立し青山に会社を設立。その会社を新橋に移転して数か月後、その後、芸能レポーターで有名になった梨本勝さんと二人で見えましたね。それが初めての顔合わせでした。この二年後、私は政治家秘書に転じましたが。。。もう50年経ってますよ、、、

 私はオリコン時代、発売前のレコードの“ヒット予想が100発百中的中”と定評があり、そこに目を付けたCBSソニーレコードの酒井政利ディレクターが、面識もないのに「フォーリーブスのレコーディングに立ち会ってくださいませんか」と電話が。ジャニと合ったのもそこが初めて。

深夜21時。六本木のスタジオで待っていると、餓鬼どもが大騒ぎしながら飛びこんで来ました。見ると小さいのが5人。???と、酒井に「フォーリーブスは四人じゃないの?5人いるじゃないか」と訊ねた。

 酒井、びっくり顔で声を小さくして

「一番最後に入ったのは作曲の筒美京平…」

 と、筒美さん、小さい上に童顔だったので見分けができなかった笑い話。まぁ、ともかく歌が下手。二時間、三時間やってもダメ。歌になっていないのだ。四人がバラバラ。。。私は頭抱える。歌の基礎も何も出来ていないんだから当然でしょ。ワザと腕時計を見て酒井に「もう帰る」と合図。

酒井も諦めたのか漸く「OK」出し。未完成そのもも。これが歌手か!編集が大変だろうなでした。しかも夜が明けていましたね。ま、それでも同レベル年代にすでに人気がありましたからレコードは売れる。次の曲も次の曲も次の曲も泣きつかれて立ち合い。その度、帰宅は朝ですよ。オリコンもブラックそのものでしたが、その上を行くんです。

それでも私は「オリコン」の売り上げになると我慢我慢でした。メンバーとは一言も言葉を交わさなかった。知能指数〇ですよ、相手は。どんな会話ができます?しかも礼儀作法も躾られていないバカ餓鬼と。

 元木さんが記している“ジャニーの男児性愛問題”ですが、「週刊文春」が連続報道後、私が文春と話して衆院の「青少年問題特別委員会」に持ち込み追及させたのですが、これを取材し、紙面に掲載したの元木さんが編集長だった「日刊ゲンダイ」と「東スポ」のみでしたね。ダメですね。日本のメディアは。。。

元木さん、近いうちに一杯、やりますか?



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コメント

蛆キムチジャニーじゃねえか。テープ取ったねえのかこの野郎。おいCIAってか。笑ってこらえてKCIAじゃねえかこの野郎。占領軍国連軍ジープでドラム缶子供好き御用達係りかこのお釜糞野郎。ジャニーこいつの話はどっかで聞いた話じゃねえか。ほら話大山倍達人空手家の闇営業かって。蛆キムチ人国じゃこいつは実業家で有名人だってな。特攻隊の生き残りだろ。憎っきヤンキー死んだ仲間の敵討ちだろ。アメリカのプロレスラー歌の朴シング チャンピオンー一撃必殺 一劇ほら劇場かってよ。南の力は統一教会民団プロレスラー用心棒愚連隊半グレじゃねえのか空手家入り江かってよ。千葉の清澄山で眉毛をそって山籠りだってまゆつばだっておい。おいおいヤクザに追われて山ん中に隠れたってか。おいおい大作ジャニー航空山梨蛆キムチ国密航会長亀井の兄弟許永中蛆キムチ人じゃねえかってよ。永六輔だってよう。蛆キムチ人寺息子だって話あるぜ。天誅ババ抜きお前だろって糞豚ババア占いアッコお任せだってよ。童謡デュエット姉妹情婦だってよ。東に錦の三旗スターワハハマッチ売りタッキーそうかだってよう。蛆キムチ人は蛆キムチ人を信用出来ねえってか。江田島にアメリカ兵学校が有ったのかよ。なんでだろなんでだろう。海軍海兵隊横須賀佐世保じゃねえのか広島かって。おい蛆キムチ人ゴキブリ人露助の機雷取りじゃねえのかよ。ジャニーを徴兵蛆キムチ人語学兵へいへいジャニージャニー水平さん38度線千石中国じゃねかって笑っちゃうぜ。蛆キムチ人マスゴミはよう。全部自称アホの朝日本勝つ部落筑紫植村鳥越毎日じゃねえのかってよ。アメリカに行って来たらいいじゃねえか。裏取りもしねえでよう。報道しない自由吉本興業宮迫かよ。蛆キムチ人忖度部落マスゴミ朝日週間紙は公文書館に行けよ。おいユー答え一発ジャニーじゃねえかってか。

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プロフィール

長官官房

Author:長官官房
渡邉 正次郎(わたなべ しょうじろう).
政治ジャーナリスト・作家
レコードヒットチャート編集長を経て、衆議院議員小峰柳多秘書、参議院議員迫水久常秘書となり、多くの政治家の選挙参謀として活躍。現在、政治・社会評論、講演の傍ら、何人もの政治家ブレーンとして『国会質問、演説原稿』等を依頼され、選挙参謀としても活動し、全員当選させている。.
 99年の東京知事選で石原慎太郎を担ぎ出させ、最後に名乗りを挙げさせる。投票日昼に「石原は165万票で当選」とマスコミ取材に応え、組織を持たない石原の票読みを的中させ驚かせた。また、オウム真理教の看板男、上佑史浩が「数百人のジャーナリストとお会いし、唯一人信じられたのは渡邉先生です」と、逮捕の日に身元引受人を依頼したことはメディアに大きく取り上げられた。.
 また、参議院議員迫水久常秘書当時、全国の暴走族を大同団結させ、『関東連合を』設立、初代最高顧問として抗争事件を起させぬよう指導した。この当時の教え子たちは現在、地方議会、大企業、役人として活躍しており、現在も彼らは情報を提供してくれている。もちろん、闇社会にも教え子は多く、彼らは組織の大幹部、親分ではあるが、今も関東連合初代最高顧問として熱い尊敬を受けている。.
.
議員生活約30年の小泉元首相“議員立法”一本もなし!が、一民間人の政治ジャーナリスト・作家の渡邉正次郎が発案、または改正させた法律(順不同).
.
*動物愛護管理法の改正.
《ペット飼育者のペット放置、殺害の多さをレビ報道で知り、『重い刑事罰に』、.
と武山百合子議員に国会で提案させ議員立法で改正を実現。今後はペットを金儲.
けに繁殖させるブリーダーや販売業者の取り締まりもより厳しくなる。<動物愛.
護管理法は明治時代に施行。このときまで一度も改正されず>》 .
.
*団体規制法(国家転覆を図った団体を取り締まる).
《オウムに破防法適用を政府が決定。が、5人の公安審査会で否決(委員に破防.
法絶対反対を組織決定している極左弁護士3名。)され激怒。武山百合子議員か.
ら国会質問作成を依頼されたことをチャンスに、衆議院予算委員会分科会で、.
「国家転覆を狙ったオウム真理教に破壊活動防止法を適用できないならば、それ.
に替わる法律を作るのが国家の義務」と質問。.
松浦功法務大臣が「素晴しい質問で、即議員立法ででも」と答弁。議員立法で成立。同時に「公安審査会の委員に破防法絶対反対の極左弁護士三名はおかしいのではないか」の質問も。以降、弁護士を2名に減》.
.
*NPO法.
《河村たかし現名古屋市長が現役代議士時代に発案法律。が、当時の大蔵官僚が.
“金を集めるのは大蔵省以外許さない”と自民党議員らに逆陳情し、廃案にされ.
る寸前に河村議員から相談され、素晴しい法案なので親しい自民党議員たちを半.
分脅し継続審議に持ち込み、次の国会で成立》.
*個人情報保護法.
《武富士顧問当時、「同業者の消費者金融Pがブラックリスト(返済がない悪質なもの)を闇金融に売り飛ばしているので、取り締まって欲しい」と依頼を受け、河村たかし議員に持ち込む。議員室に大蔵省役人を呼んで『取り締まるように』と指示すると、「取り締まる法律がない」と。ならばと河村議員を法案筆頭提案者で議員立法で成立》

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