2017-06

危険!!この老人に煽られてデモに行ったあなたの顔、経歴は当局の監視リストに…無知な市民を煽り続ける言論人が「共謀罪」を呼んだのだ!責任を取れ!!

危険!!この老人に煽られてデモに行ったあなたの顔、経歴は当局の監視リストに…無知な市民を煽り続ける言論人が「共謀罪」を呼んだのだ!責任を取れ!!
沖縄基地反対にはゴキブリ、蛆キムチが居るのに隠している鎌田老人の全文を掲載するが洗脳されてはいけません。左翼諸君に都合の悪い部分は書いていませんので。
以下本文

反逆老人
元気だ! もはや失うものなし 沖縄で、国会前で、脱原発で、いまシニアが最前線で闘っている=鎌田慧
2017年6月3日
Texts by サンデー毎日


 共謀罪反対、反基地、脱原発……安倍政権の暴走に対する「抵抗の現場」を取材し続けるルポライターの鎌田慧氏。デモで、集会で、目に付くのは「反逆老人」の姿だという。闘うシニアたちの胸にあるものは何か? 彼らならではの老練な社会運動と人間模様――。(一部敬称略)

 65歳以上の高齢者が日本の人口の25%、4人に1人が「老人」だ、といっても誰も驚かない。いまの政治にノーを主張して、国会前や各地の集会にやってくる6、7割が、この老人たちである。60歳以上なら7、8割になろう。

 世論の反対が強い「共謀罪」の成立を、今国会で「何が何でもやるという決断」と自民党の竹下亘(わたる)国会対策委員長が言い、公明党もそれに追従した。

これからますます国会周辺に抗議の人波が押し寄せる。原発を再稼働させようと、政府と電力会社は躍起となっているし、沖縄では辺野古の米軍基地建設が強行されている。2020年改憲施行と安倍首相が問答無用に断言した。

 わたし(78)と同世代の男女が、小さなリュックにペットボトルを入れて今日も集まってくる。いつも頼もしく思う。「若者が来ない」と嘆いていても始まらない。若者の空白を埋め、死ぬまで力を尽くすのが、老人の役割なのだ。

 最近、わたしは矢野伊吉の勇気をよく思い返す。高松地裁丸亀支部の裁判官だった矢野は、大阪拘置所から送られてきた、見ず知らずの確定死刑囚・谷口繁義の手紙をたまたま目にした。無実を訴える手紙だった。

矢野は早速、大阪に出向いた。定年近い矢野の情熱は尋常ではない。面会し資料を精査した結果、冤罪(えんざい)を確信して本人に手続きをさせ、2人の陪席裁判官の同意を得て、再審開始決定の準備を始めた。

 ところが、2人は急に反対に回った。矢野は退官に追い込まれ、谷口の無給の弁護人となった。あたかも荒野に叫ぶように、死刑囚の冤罪を訴え続けて13年、病を得て71歳で他界した。徒手空拳、エリート裁判官にできることではない。

 矢野は独学で法律を学び、高等文官試験司法科合格、裁判官を天職と信じた苦学力行の人だった。戦時中は朝鮮総督府の判事、戦後も網走など遠隔地の小法廷に勤務していた。胸の奥底に、いつごろから反逆の導火線を抱えるようになったのだろうか。

 矢野が死去した1年後の1984年3月、「財田川事件」は再審の結果、高松地裁が無罪判決を言い渡し、死刑囚・谷口繁義は34年ぶりに釈放された。もしも矢野が救出に動かなかったなら、谷口は忘れ去られた死刑囚として、獄死していたのは間違いない。

 あるとき、矢野は脳出血の後遺症によって不自由な右の拳で、座卓をガツンと叩(たた)いた。もつれる舌で「ダッカン」と叫んだ。

「谷口奪還」の意だったのだ。「あたりをはばかることなく、自己の信念を叫びつづけるものは、この世では、奇人、変人扱いされる。

しかし、彼の全生涯を賭けた主張は、みごとに報いられた。その意味では矢野さんは幸せだったにちがいない」とわたしは、谷口無罪を告げる法廷にいた感慨を、週刊誌に速報した。

辺野古闘争は「おじぃ、おばぁの運動」

 市民にとって裁判所は、カフカの『城』のように遠い。それでも、石川県の志賀原発停止の仮処分を求めた訴えに対して、2006年、金沢地裁は地震による原発被害に言及して、運転差し止め判決を出した。

さらに福島原発事故を受け、16年3月、大津地裁は、高浜原発運転差し止め仮処分判決を出した。原発の危険性に真っ向から切り込む判決だった。

 志賀原発に対して、歴史的な判決を出した金沢地裁・井戸謙一裁判長(63)は、その後、大津地裁の勝利判決を引き出した弁護士として活躍している。権力に弱い裁判官への不信が強いなかで、貴重な存在である。

 どこか取り澄ましたイメージがある元裁判官でありながら、抗議運動の現場で激しく安倍内閣を痛罵しているのが、仲宗根勇(76)である。高江のオスプレイパッド(発着場)建設阻止闘争の現場に、毎日のように姿をあらわし、法的批判の長広舌。過激である。

 いま、反逆老人たちが最もよく集まってくるのは、沖縄県名護市の辺野古テント村である。

 米軍新基地を造らせないための座り込みは、キャンプ・シュワブ門前の国道沿いにテントを張り、14年7月からこの4月で1000日を超えた。最近まで、そこから40キロほど北にある、東村・高江のテントに座り込んでいた人たちである。

 高江のオスプレイパッド建設反対運動のリーダーだった山城(やましろ)博治(64)は、これから「共謀罪」の対象になる「威力業務妨害」などの罪名で逮捕され、不当にも5カ月間も勾留されていた。さまざまな抗議行動によってようやく釈放され、反対運動に復帰している。

 もともと辺野古のテントは、21年前、当時のモンデール駐日大使と橋本龍太郎首相との「SACO(日米特別行動委員会)合意」によって、辺野古の海上に米軍基地が建設される、と発表されてから、辺野古海岸で始まっていた。

翁長雄志沖縄県知事(66)は、革新推薦だった大田昌秀元知事(91)とは違って、長いキャリアをもつ自民党の政治家だったが、米軍新基地・辺野古建設に反対する運動のなかで、反逆知事に急転回した。

 戦時中、もっとも悲惨な戦場となった沖縄に、また新たな米軍基地が建設される危機感が、「オール沖縄」の運動を押し広げた。この運動を受けて当選した翁長知事は、安倍内閣に一歩も引かず、中央対地方の対等性、地方自治の精神を全身で示して、必死の抵抗を続けている。

 3月25日、キャンプ・シュワブのゲート前で開かれた、「違法な埋め立て工事の即時中止・辺野古新基地建設断念を求める県民集会」で、3500人の参加者の前で、翁長知事はこう語った。

「今日を期して新たな闘いのスタートだ。私は銃剣とブルドーザーで米軍基地がつくられていった米占領下を思い出す。いま、辺野古で同じことが行われようとしている。あらゆる県の権限を行使して、埋め立て承認の撤回を力強く必ず行う」

 これに対して日本政府は、知事権限の乱用として、埋め立て工事が中断した間の損害額を算出して、個人資産で返させる賠償を求める、と脅かしている。これは地方自治を踏みつぶす弾圧である。翁長知事は工事を止めるためには、夫婦で座り込みも辞さない、と憤激を強めている。

 昨年11月、94歳で亡くなった嘉陽(かよう)宗義は、テントにやってくる新顔を見かけると、にこにこしながら「アリと象とが喧嘩(けんか)したら、どっちが勝ちますかな」と謎をかけるように話しかけていた。金城(きんじょう)祐治は辺野古の「命を守る会」の代表だったが10年前、72歳で他界した。


 いま、毎日のように座り込みにやってくる最長老は、島袋(しまぶくろ)文子(88)。車イスを押してもらってだが、「暴力事件」の嫌疑で、警察に出頭を命じられて取り調べられた。黙秘で通して意気軒高である。

 辺野古海岸の闘争は、キャンプ・シュワブ前テントより早く、すでに21年に及んでいる。おじぃ、おばぁの運動として、よく知られている。この闘争はこれまでにさまざまな反逆老人を生み出した。

 日本各地から老若男女がここに来ては留(とど)まり、海上にパイプで組んだ測量用の櫓(やぐら)を占拠して座り込んだ。この非暴力闘争は老人中心で、カヌー隊は壮年層と若者が多い。

 高江のオスプレイパッド建設反対が盛んだった頃、水曜日と土曜日の朝5時、県庁前から座り込み地点に向けて、貸し切りバスが出発していた。60代以上がほとんどで、機動隊から排除されるのは覚悟のうえだった。

この運動に参加しているのは、建築家の真喜志好一(まきしよしかず)(74)、彫刻家の金城実(78)、辺野古テント村村長の安次富(あしとみ)浩(71)、照屋秀伝(79・元沖縄市役所職員)、北上田毅(71・元京都市役所職員)。女性では平良(たいら)悦美(82)、大城(おおしろ)博子(66)、上間(うえま)芳子(70)など、70歳から80歳前後のユニークな反逆老人にこと欠かない。

脱原発に結集「60年安保」の大学OB

 1970年から80年代、成田空港建設反対闘争のなかで、地元農民を中心にした「老人行動隊」があった。

 眼光鋭い人の多い「老行隊」員に、わたしは畏怖(いふ)の念を抱いていた。そういえば、各地の原発建設反対運動にも、老人たちの姿が目立っていた。

建設計画地として僻地(へきち)が狙われていたから、若者たちはいなかった。若者の留守を狙って原発がつくられた、ともいえる。老人パワーはけっしてマイナスイメージではない。


 最近まで、反逆老人たちが集中していたのが、無機質なビル街に突如としてあらわれた、霞が関・経済産業省前テントである。

福島原発事故が発生した2011年3月11日、その事故から半年たった9月、原発推進機関の経産省を「人間の鎖」で包囲する行動があった。その余勢をかって、座り込みが始まった。

 1週間後の19日には、オリンピック工事でつぶされた明治公園で、「さようなら原発」6万人集会が開かれ、脱原発運動は一気に盛り上がった。このテントを準備したのは、1960年安保反対闘争の頃、学生だった70歳過ぎの老人たちである。

各地の大学から新安保条約批准の6月に向けて、毎日のように国会を取り囲むデモに、わたしたちは参加していた。無事卒業。就職して定年、そして老境を迎えていた。その人たちが、また国会周辺の路上に戻ってきたのだ。

 大学のキャンパスでは、政治的な集会が禁止されるようになった。文科省の大学管理が強まったこともあるが、就職氷河期の後遺症でもある。

「大卒」が社会へのパスポートではなくなり、就職浪人がふえ、非正規労働者が4割となり、学生たちを政治から遠ざけた。

さらに、70年代から新左翼運動の「内ゲバ」が続いた。元学生活動家たちが敵対して殺し合い、キャンパス内は荒廃した。

経産省テントに座りこんでいた老人たちのほとんどは、60年安保時代の学生だから、70年安保時のような殺伐たる運動ではなかった。そのこともあってさまざまな大学のOBで、和気藹々(あいあい)としている。

「反逆老人」の肖像を書き遺したい

 テント村の村長になった淵上(ふちがみ)太郎(75)は、小さな印刷会社を経営していた。

副村長の正清(まさきよ)太一(79)は東京のある区の議員、江田忠雄(78)はテレビ局をやめて映像プロダクションをやっていた。下山保(79)は東京・下町で都営住宅の住民相手の生協をつくって活動していた。

 類は友を呼ぶ。友だちと友だちの輪がテント村から広がった。わたしは応援団長にされて、

「霞が関のテントは、日本のヘソであり、反原発の象徴である。日本の『象徴』のお屋敷のすぐそばにできた、新しいシンボルである。だれでも寄っていける峠の茶屋である」
と賛辞を送った。

 夜は人けのない官庁街が、24時間人が出入りする人間的なムラになった。全国からいろんな老若男女がやってきては泊まって帰った。年寄りが日がな一日ベンチに座っていて、夜は地べたに寝る生活をほぼ5年続け、身体には大きな負担になった。

 経産省はテント撤去と土地の明け渡しを要求。テント側は経産省に対して、人間生活を破壊した原発事故の責任を追及、表現と言論の自由を主張したが、最高裁は経産省を支持。テントは強制撤去された。テントはなくなっても、いまおなじ場所に横断幕を張って、毎日、変わらぬ座り込みを続けている。

 都の職員だった柳田真(75)は、たんぽぽ舎をつくって反原発運動をひろげ、山田和明(76)などと「原発現地へ行く会」をはじめた。小口のカンパを集めて、それで再稼働反対集会に行く人の交通費のうち1万円を補助しようという運動で、わたしも参加している。

「お金のある人はお金を 時間のある人は時間を」。これがカンパ募集のスローガン。川内(鹿児島)、伊方(愛媛)、泊(北海道)、高浜(福井)などへ500人以上の参加者を応援した。

 おなじ世代のわたしは、たとえば国会前集会の演壇から安保法制や共謀罪強行採決を批判するとき、胸に去来するのは、60年の夏、「岸を倒せ!」と叫び、いま「アベを倒せ!」と叫ぶ、この57年にわたる、安倍一族の強権支配への無念さである。

 若者たちが学園や職場から街頭に出てくるまで、もう少し頑張ってから生を終えようと思う。わたしたちはもはや失うものはない。反逆老人たちの肖像を、これから書き遺(のこ)したい。
(鎌田慧)
________________________________________
かまた・さとし
 1938年青森県生まれ。91年『六ヶ所村の記録』で毎日出版文化賞受賞。『沖縄(ウチナー) 抵抗と希望の島』など著書多数
(サンデー毎日6月11日号から)

㊟こういう左翼ジャーナリストが世の中を悪くし、彼らの子や孫、玄孫も手の付けられない社会人になっていく。

 叫ぶのはいい。権力の横暴を許さないとデモをするのもいい。が、煽り立てて、結果、何かが起きて、煽られた人々に何かあった時、どう責任を取るのか?

 私は全国の暴走族を大同団結させ『関東連合』を設立した。それは彼らに道を踏み外させないため、抗争事件で人生を失わせないために、自民党副総裁に叱り飛ばされてもやったのだ。

 彼らが悪くなり、ヤクザも嫌う半グレ集団になったのは、警視庁のキャリアの約束破りに激怒して手を退いて以降、彼らを金で利用した芸能プロ、バーニングの周防という汚い面をした千葉の木更津出身の野郎だ。

 それまでの彼らの多くは私に説得され、高校を出、大学を出て立派な社会人になっている。ワルは0・00%だ。

 これが煽った者の責任の取り方じゃないのか?鎌田さん、あまり自慢げに書くのはもうお止めなさい。私の大好きな「サンデー毎日」の売り上げをもっと上げるためにも。

追記

 鎌田さん、あなたとは言わないが、60年安保反対デモ、70年安保反対デモで暴れ回った数万の学生たちは、無責任な左翼ジャーナリスト、左翼学者に煽られたのです。

で、学生らのデモが激しくなるにつれ、煽り続けた左翼学者らは後に隠れ、学生らを犠牲(国会議事堂突入で東大生の樺美智子さんが踏みつけられ死亡)にしてダンマリを決め込んでいた。。。、

 そしてあの時代を忘れた今また、学生らを煽る学者やジャーナリストが目につく。卑劣過ぎるんです。
 何故、樺美智子さんの命日に呼びかけて、手を合わせないのですか?
 これじゃ樺さんが浮かばれませんよ。あなたが創価学会なら分かります。坊主が要らないんですから。

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コメント

日当カンパやっぱり出てた。テロ資金援助じゃないか。おじぃ、おばぁキムチがやる臭い言い方。なら全国の原発で方言で言え。山城委員長テロリスト学級委員長か。極左マスゴミ、沖縄のジャンヌダルク我那覇真子さんの国連演説は報道しない自由だ。犯罪者の山城委員長は国連で実態がバレて失笑じゃないか。我那覇真子さんの仕事は外務省の仕事だ。彼女がやってなきゃ、北京極左将軍テロリストのウソにやられ放しだった。何やってんだ。しっかりせい天皇石井管理監。

無責任マスゴミは上から日本人を指導してやるか

なんで政府は共謀罪がなくてもこいつらぶち込まなかった。過激派じゃないのか。印刷屋がアジビラ刷って、元テレビマンが米軍、機動隊、国は悪の印象に撮影か。生協から知らないうちに沖縄のテント村に寄付されていたと、組合員が怒っていたが。この老人達は日本の市民なのか。辛ニンニクと同じような言葉でお花畑の老人を煽っているが。若者は民青過激派キムチバカとばれてるが。表現の自由とテントなんの関係がある。お前は前衛芸術家か。自宅美術館でやれ。

お爺さん、お婆さん達もたまには新聞テレビをやめて電子版を読んだらいい。関連付けられた他の記事が読める。動画が見れる。お花畑の花は、造花うじ虫付きと分かる。偏向ねつ造、人がいい日本人は極左害人にすぐだまされる。フジテレビTBSと同じニュース番組ワイドショー、西早稲田につながる金プロデューサーTitterつぶやき配信比べられる。手遅れ捕まらない中毒危篤の爺さん婆さんは逮捕で。さらし者に。子供や孫から縁を切られ淋しく掘りの中で死んでいけ。なに淋しくない友人葬そうか。

キムチの泉制作

朝日モーニングショー、Jチャンネル。ウジめざまし、グッデイ、ノンストップ。TBSサンモニ、あさチャン、ビビッド、ひるおび、Nスタ。丸出しキムチ反日ニュースショー。車椅子の沖縄の婆さん調査の議員ブラカードで殴る時は立って歩いてた。安倍首相ほんとうに印象操作大だった。マスゴミに高齢者はだまされてきた。野党党首の支持率は計れないのか。スポンサーに講義したほうがよい。国会議員は調査したら。

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プロフィール

長官官房

Author:長官官房
渡邉 正次郎(わたなべ しょうじろう).
政治ジャーナリスト・作家
レコードヒットチャート編集長を経て、衆議院議員小峰柳多秘書、参議院議員迫水久常秘書となり、多くの政治家の選挙参謀として活躍。現在、政治・社会評論、講演の傍ら、何人もの政治家ブレーンとして『国会質問、演説原稿』等を依頼され、選挙参謀としても活動し、全員当選させている。.
 99年の東京知事選で石原慎太郎を担ぎ出させ、最後に名乗りを挙げさせる。投票日昼に「石原は165万票で当選」とマスコミ取材に応え、組織を持たない石原の票読みを的中させ驚かせた。また、オウム真理教の看板男、上佑史浩が「数百人のジャーナリストとお会いし、唯一人信じられたのは渡邉先生です」と、逮捕の日に身元引受人を依頼したことはメディアに大きく取り上げられた。.
 また、参議院議員迫水久常秘書当時、全国の暴走族を大同団結させ、『関東連合を』設立、初代最高顧問として抗争事件を起させぬよう指導した。この当時の教え子たちは現在、地方議会、大企業、役人として活躍しており、現在も彼らは情報を提供してくれている。もちろん、闇社会にも教え子は多く、彼らは組織の大幹部、親分ではあるが、今も関東連合初代最高顧問として熱い尊敬を受けている。.
.
議員生活約30年の小泉元首相“議員立法”一本もなし!が、一民間人の政治ジャーナリスト・作家の渡邉正次郎が発案、または改正させた法律(順不同).
.
*動物愛護管理法の改正.
《ペット飼育者のペット放置、殺害の多さをレビ報道で知り、『重い刑事罰に』、.
と武山百合子議員に国会で提案させ議員立法で改正を実現。今後はペットを金儲.
けに繁殖させるブリーダーや販売業者の取り締まりもより厳しくなる。<動物愛.
護管理法は明治時代に施行。このときまで一度も改正されず>》 .
.
*団体規制法(国家転覆を図った団体を取り締まる).
《オウムに破防法適用を政府が決定。が、5人の公安審査会で否決(委員に破防.
法絶対反対を組織決定している極左弁護士3名。)され激怒。武山百合子議員か.
ら国会質問作成を依頼されたことをチャンスに、衆議院予算委員会分科会で、.
「国家転覆を狙ったオウム真理教に破壊活動防止法を適用できないならば、それ.
に替わる法律を作るのが国家の義務」と質問。.
松浦功法務大臣が「素晴しい質問で、即議員立法ででも」と答弁。議員立法で成立。同時に「公安審査会の委員に破防法絶対反対の極左弁護士三名はおかしいのではないか」の質問も。以降、弁護士を2名に減》.
.
*NPO法.
《河村たかし現名古屋市長が現役代議士時代に発案法律。が、当時の大蔵官僚が.
“金を集めるのは大蔵省以外許さない”と自民党議員らに逆陳情し、廃案にされ.
る寸前に河村議員から相談され、素晴しい法案なので親しい自民党議員たちを半.
分脅し継続審議に持ち込み、次の国会で成立》.
*個人情報保護法.
《武富士顧問当時、「同業者の消費者金融Pがブラックリスト(返済がない悪質なもの)を闇金融に売り飛ばしているので、取り締まって欲しい」と依頼を受け、河村たかし議員に持ち込む。議員室に大蔵省役人を呼んで『取り締まるように』と指示すると、「取り締まる法律がない」と。ならばと河村議員を法案筆頭提案者で議員立法で成立》

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