2017-08

火だるまの警察官─シャッター切り続けた隻眼のシリア人カメラマン

【AFP記者コラム】火だるまの警察官─シャッター切り続けた隻眼のシリア人カメラマン
AFP(写真はネットで)
2017年05月18日 17:56 発信地:パリ/フランス
【5月18日 AFP】この写真、そしてこの警察官には心底動揺した。目の前で、人が火だるまになっていた。フランス・パリ(Paris)でだ。しかも彼に非はなかった。
私はシリア出身だ。シリアでは、警察は市民を守る存在ではない。デモ隊がいれば、実弾を撃ち散らす。これに対し、フランスの警察官がしたことといえば、催涙ガスを放ったことくらいだ。攻撃を受けていたのは警察側だった。

 この写真は今月1日、パリで行われたメーデー(May Day)のデモで撮影したものだ。私がここパリで暮らすようになって、1年余りになる。故郷のアレッポ(Aleppo)で戦闘の写真を撮っていた際に片目を失い、同地を離れざるを得なくなった。

 フランスにやって来てから、フリーランスのカメラマンとして働いてきた。デモも数多く取材してきた。この日もパリ東部、レピュブリック広場(Place de la Republique)とバスチーユ(Bastille)の間で、正午ごろ行われたこのデモに出向いた。

 大勢の人がいた。中に黒ずくめで、バンダナで顔を覆った集団がいた。一行はデモというデモに加わっている。私は必ず彼らの後をついて回ることにしている。これまでの経験上、彼らが必ずトラブルを起こすと分かっているからだ。

フランス首都パリで、メーデーのデモに加わった「黒の集団」。警察と衝突する前の様子(2017年5月1日撮影)。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi

 この「黒の集団」は非常に暴力的だ。私も一度ならず、同集団に地面に押し倒され、殴打された。この日、私は一行が器物損壊に及ぶ姿を撮影していた。うち1人には、タバコの火をカメラのレンズに押し付けられた。ただ私に言わせれば、彼らは単なる厄介者以上の何者でもない。私はシリア人だ。私が見てきたものと比べれば、こんなものは幼稚園のお遊戯にすぎない。

この日も私はこの黒の集団を追った。また何かしでかすだろうと分かっていたからだ。私は同集団と警察の間に陣取った。右も左も撮影できるようにだ。撮影しながら、ここでは警察が被害者なのだということをはっきり見せたいと思った。

一行は一方的に警察を攻撃していた。石やガラス瓶など、手当たり次第に投げつけていた。これに対し警察がしていたことといえば、催涙ガスで応戦するばかりだった。繰り返しになるが、分かってほしい。私はシリア出身だ。シリアといえば、警察が実弾で市民を撃つ国だ。だがここフランスの警察は、一切手を出さない。

フランス首都パリのデモで、催涙弾を発射する警察(2017年5月1日撮影)。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi

■火だるまの警察官、その悲鳴

 カメラを構えてレンズに目を当てている間、私は他の何もかもを忘れてしまう。黒の集団が火炎瓶を投げた瞬間も、私は見ていなかった。ただ炎に包まれた警察官が目に飛び込んできて、私はひたすらシャッターを切り続けた。

それは一行が投げた最初の火炎瓶だった。私は火だるまになった警察官を追い続けた。ソーシャルメディア上で拡散したこの写真の中の彼は、催涙ガスの缶をデモ隊に向かって蹴り返そうとしていた。私は彼が悲鳴を上げるのを聞いた。周囲の警察官らも叫んでいた。救急隊が彼を搬送して行くまで、私は撮り続けた。

 私はこの火だるまの警察官を見て本当に動揺した。入院中の彼の元へ、花を持って見舞いに行きたいと思う。彼は私の目の前で、生きたまま焼かれた人間だ。
対する黒の集団は、気にも留めていなかった。警察に物を投げ続けていた。その直後には、スーパーのカートに火をつけ、警察に向かって突っ込ませさえした。


フランス首都パリで行われたデモで、警察に向かって放たれた炎上するショッピングカート(2017年5月1日撮影)。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi

 私は彼の顔のことばかり考えていた、やけどの痕が残りはしまいか。彼の家族のことも思わずにはいられなかった。私には、シリアでの爆撃でやけどを負い、見る影もなくなった友人が大勢いる。だから私には、それがどういうものか分かっている。もし彼らが同じ目に遭うとしたら…

 私は自分の目の前で多くの人が死ぬのを見てきた。多くの人が傷つくのを見てきた。それでもこの警察官を目にして、戦慄(せんりつ)を覚えずにはいられなかった。私は悪い警察がどんなものか知っている。シリアでは、警察は市民を守るためにそこにいるわけではない。

私は警察が人々を、その頭を、胸を、撃ち抜くさまを見てきた。ここフランスでは、警察は市民を守る存在だ。このデモでも、警察は何もしなかった。ただ催涙ガスを発射するだけだった。それなのに、人間らしく振舞ったはずの彼は、生きたまま火をつけられた。もしこれを見て何とも思わない人がいれば、その人こそ人間ではない。

シリア・アレッポの親政府派拠点に向かって発射される自家製ミサイル(2014年2月24日撮影)。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi

 そうは言いながら、警察側にも自業自得という面が全くないかといえばそうでもない。先のデモでは、私も警察から殴られもし、蹴られもした。だがその時の私は、デモ隊に交ざって立っていた。本音を言えば、私が警察の立場だったとしても同じことをしたはずだ。

 私は自分の写真にざっと目を通すと、そのうちの1枚をAFP編集部に送り、その写真が配信に値するかどうか尋ねてみた。使いたいという返事だったので、私はオフィスに赴いて写真をダウンロードした。私がいた場所からそれが可能な機材を持ち合わせていなかったからだ。

AFPは私にそのための機材に加え、ヘルメットを渡してくれた。私は再びデモの現場に戻った。ヘルメットにはAFPのステッカーを貼っておいた。そうしておけば、警察も私を報道カメラマンと認識してくれるはずだ。
確かに相手側の態度は一変した。「シルブプレ、ムッシュー(そちらのお方、こちらへどうぞ)」と言葉遣いも大きく変わった。

■カメラマンには片目さえあれば十分

 私がパリに来たのは2015年12月。同年9月、私はアレッポで片目を失った。

政府軍に包囲され、突破口を開こうとしていた反体制派の写真を撮ろうとしていた。私は建物の入り口に立って写真を撮っていた。より良いアングルを求めて膝をついたその瞬間、スナイパーの撃った銃弾が当たった。

弾は私の背後のドアから跳ね返り、私の右目を貫いた。幸いにもスナイパーは私よりも高い位置におり、弾は頭を貫通することなく、上から垂直に目に入った。しかも右目で助かった。この通り、私がカメラのファインダーをのぞくのは左目だ。かくして私は、今も何とか仕事を続けている。
 以来、それでもカメラマンで居続けるのかと何度聞かれたか分からない。そのたびに私はこう答えてきた。「もちろん。カメラマンには片目さえあれば十分」

フランス首都パリに移住し、AFP向けの撮影を開始した初期の一枚。同市街頭で、アンゴラウサギの毛の採取方法に抗議し啓発イベントを行う動物愛護活動家ら(2017年2月9日撮影)。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi


シリアで最後に撮影した写真の一枚。シリア北部アレッポで、武装車両に乗る反体制派の戦闘員ら(2015年9月撮影)。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi

■それでも私は日々生き続ける

 片目を失ったからといって、そこまで絶望を感じたことはない。シリアでは、友人も私も皆、いずれ死ぬか負傷するものだと覚悟していた。だから私は片目をなくしてもカメラは手放さなかった。私は現状を受け入れ、日々生き続けている。

 パリに来て最初の3か月間、私はふさぎ込み、目のせいで入退院を繰り返していた。今はどうか? 今はここにも友人ができた。パリは好きだ。この街にいるとアレッポを思い出す。フランスの他の都市に行くと、パリに帰りたくなる。
あるテレビ番組で取材を受けてからというもの、地下鉄で「あれ、ザカリアさんですよね」と声を掛けられることもある。ここが自分の居場所なのだと感じ始めている。

以前の生活。シリア・アレッポのサラヘディン通り。ザカリア・アブデルカフィ・カメラマンが、避難を余儀なくされる2年前の様子(2013年11月撮影)。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi


新たな生活。フランス首都パリのエッフェル塔。英ロンドンでのテロ攻撃を受けて、連帯を示すため消灯された様子(2017年3月22日撮影)。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi

■私のシリアはもうない
 私は新たな生活を始めようとしている。私の難民申請は受理された。妻と2人の子(6歳の娘と3歳の息子)、両親の呼び寄せも申請しているところだ。家族は今、全員トルコにいる。もちろんシリアは恋しい。私の祖国なのだから。

 しかし私が知っていたあの国はもう終わってしまった。私のシリアはもうない。だからこそ、私はここで新生活を始めている。フランスは私を助けてくれた。だから私は何がしかの恩返しをしたいと思っている。(c)AFP/Zakaria Abdelkafi

このコラムはパリを拠点にフリーランスで活動するザカリア・アブデルカフィ(Zakaria Abdelkafi)カメラマンが、AFPパリ本社のアシル・タバラ(Acil Tabbara)記者、ヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、2017年5月3日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

㊟ネットで写真をご覧ください。彼の血の叫び、心の叫びが。。。人間の本性は人肉種なのかと。。。
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プロフィール

長官官房

Author:長官官房
渡邉 正次郎(わたなべ しょうじろう).
政治ジャーナリスト・作家
レコードヒットチャート編集長を経て、衆議院議員小峰柳多秘書、参議院議員迫水久常秘書となり、多くの政治家の選挙参謀として活躍。現在、政治・社会評論、講演の傍ら、何人もの政治家ブレーンとして『国会質問、演説原稿』等を依頼され、選挙参謀としても活動し、全員当選させている。.
 99年の東京知事選で石原慎太郎を担ぎ出させ、最後に名乗りを挙げさせる。投票日昼に「石原は165万票で当選」とマスコミ取材に応え、組織を持たない石原の票読みを的中させ驚かせた。また、オウム真理教の看板男、上佑史浩が「数百人のジャーナリストとお会いし、唯一人信じられたのは渡邉先生です」と、逮捕の日に身元引受人を依頼したことはメディアに大きく取り上げられた。.
 また、参議院議員迫水久常秘書当時、全国の暴走族を大同団結させ、『関東連合を』設立、初代最高顧問として抗争事件を起させぬよう指導した。この当時の教え子たちは現在、地方議会、大企業、役人として活躍しており、現在も彼らは情報を提供してくれている。もちろん、闇社会にも教え子は多く、彼らは組織の大幹部、親分ではあるが、今も関東連合初代最高顧問として熱い尊敬を受けている。.
.
議員生活約30年の小泉元首相“議員立法”一本もなし!が、一民間人の政治ジャーナリスト・作家の渡邉正次郎が発案、または改正させた法律(順不同).
.
*動物愛護管理法の改正.
《ペット飼育者のペット放置、殺害の多さをレビ報道で知り、『重い刑事罰に』、.
と武山百合子議員に国会で提案させ議員立法で改正を実現。今後はペットを金儲.
けに繁殖させるブリーダーや販売業者の取り締まりもより厳しくなる。<動物愛.
護管理法は明治時代に施行。このときまで一度も改正されず>》 .
.
*団体規制法(国家転覆を図った団体を取り締まる).
《オウムに破防法適用を政府が決定。が、5人の公安審査会で否決(委員に破防.
法絶対反対を組織決定している極左弁護士3名。)され激怒。武山百合子議員か.
ら国会質問作成を依頼されたことをチャンスに、衆議院予算委員会分科会で、.
「国家転覆を狙ったオウム真理教に破壊活動防止法を適用できないならば、それ.
に替わる法律を作るのが国家の義務」と質問。.
松浦功法務大臣が「素晴しい質問で、即議員立法ででも」と答弁。議員立法で成立。同時に「公安審査会の委員に破防法絶対反対の極左弁護士三名はおかしいのではないか」の質問も。以降、弁護士を2名に減》.
.
*NPO法.
《河村たかし現名古屋市長が現役代議士時代に発案法律。が、当時の大蔵官僚が.
“金を集めるのは大蔵省以外許さない”と自民党議員らに逆陳情し、廃案にされ.
る寸前に河村議員から相談され、素晴しい法案なので親しい自民党議員たちを半.
分脅し継続審議に持ち込み、次の国会で成立》.
*個人情報保護法.
《武富士顧問当時、「同業者の消費者金融Pがブラックリスト(返済がない悪質なもの)を闇金融に売り飛ばしているので、取り締まって欲しい」と依頼を受け、河村たかし議員に持ち込む。議員室に大蔵省役人を呼んで『取り締まるように』と指示すると、「取り締まる法律がない」と。ならばと河村議員を法案筆頭提案者で議員立法で成立》

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