2017-05

「習近平の鋭い刀」 反腐敗の最前線、100人の車列


「習近平の鋭い刀」 反腐敗の最前線、100人の車列

朝日新聞鄭州


 中国共産党や軍の最高指導部経験者の摘発に踏みだし、政敵を震撼(しんかん)させる習近平総書記(国家主席)。


毛沢東や鄧小平らに使われた「党中央の核心」の地位を得て、党の中で別格の存在になった。


大幅な最高指導部人事が予想される来秋の党大会に向け、中国で今、何が起きているのか。


 かつて毛沢東が専用列車で訪れた中国・河南省鄭州の「黄河迎賓館」。美しい庭園が広がる政府系施設に、100人近い寡黙な男たちが車列でやって来たのは6月のことだった。


 北京から来た男たちは約2カ月間、「2号楼」と呼ばれる建物に陣取った。高い塀で囲まれた敷地の、最も奥にある2階建ての洋館だ。

 その時の様子を知る関係者は、あの秘密めいた光景をよく覚えている。

 男たちは大理石の壁に洋画が飾られた2号楼で一日中資料を読み、しょっちゅう会議を開いた。決して資料を安易に持ち歩かない。「書類の管理には特に気を使っていたようだ」

 敷地内には、警備のため約50メートルおきに警官が立った。2号楼には専従の職員しか近づけない。男たちは食事も、外部の接触を避けるため、洋館1階の食堂で給仕のないビュッフェ形式が常だった。

 9月、男たちは去って行った。その2カ月後、鄭州の人たちは、彼らの仕事の結果を知ることになる。

 重大な規律違反の疑いで(省最高指導部の)呉天君を取り調べている――。


11月11日、反腐敗キャンペーンを指揮する党中央規律検査委員会がそう発表した。

男たちは、4年前に就任した習近平(シーチンピン)総書記が腐敗高官を取り締まるため、機能を強めた「中央巡視組」と呼ばれる特捜チームだった。


 反腐敗キャンペーンの最前線の内偵捜査を担い、「習近平の鋭い刀」と呼ばれるのが、中央巡視組だ。2013年5月以降、調査に入った中央省庁や地方政府、大手国有企業は計234に上る。


 その権限は絶大だ。

「この案件は中央(北京)の高級幹部に波及する。余計なことはしないほうが身のためだ」。

取材に応じた同検査委の元幹部は、地方幹部から脅迫めいた忠告を受けることがよくあるとも明かす。だが、巡視組はなお冷徹だ。彼らには汚職高官の摘発を大方針とする習氏の威光がある。

  鄭州市民は失脚した呉氏の後任の経歴を見て、再び驚くことになる。
それは、習氏の福建省時代の部下として知られる人物だった。(鄭州=西村大輔)


■「常に震え上がらせる」

 北京市中心部のオフィス街に、深夜まで明かりが消えない厳戒警備下の白い建物がある。


 看板は一切ない。ただ、一部の党関係者はこの建物を「ナンバーシックス」と呼んでいる。

 中国共産党中央規律検査委員会の本部。トップの王岐山・同委書記の党内序列は第6位である。


 反腐敗キャンペーンは、習近平(シーチンピン)総書記(国家主席)が就任直後から強く打ち出したものだ。


胡錦濤(フーチンタオ)体制で党内序列第9位だった周永康氏や、軍制服組トップだった徐才厚、郭伯雄両氏といった要人を「大トラ」と呼んで摘発してきた。この3人は、江沢民・元国家主席に近い人物だった。


 ある党関係者は、習体制が発足した2012年11月の第18回党大会の直後、習氏の呼びかけで、党の最高指導部、政治局常務委員7人が集まって、食事をしたことがあったと明かす。


 この席で、習氏は「反腐敗をやる」と宣言し、最高指導部の結束を求めた。

 高揚している様子の習氏が持ってこさせたのは、7本の高級白酒マオタイ酒。それがテーブルに載せられた。習氏は「今日は飲もう」と静かに言って、ほかの常務委員メンバーに次々と杯を勧めたという。

 「あれ以来、常務委員7人だけで食事をしたことは、私が知る限り一度もない」。党関係者はそう語る。習氏にとっては、それだけ重い決意の表明だったと受け止められたという。


 習氏の強い決意のもと、実際に腐敗幹部の摘発を指揮してきたのは、王氏だ。


文革時代に同じ陝西省で青年時代を過ごした習氏の「盟友」と言われる。その一方で、「中国の陰のナンバー2」(北京の外交筋)とも評される存在感を持つようになっている。


 全国の高官の腐敗行為を捜査する中央巡視組は、創設は胡指導部時代の03年だった。

だが、習体制になって大幅に態勢が強化され、「習近平の鋭い刀」と恐れられるようになった。

党中央が巡視組を編成し、派遣するため、地方の権力闘争とは無縁で、内部資料の閲覧などの特権も与えた。

一方で、捜査員は単独での外出は許されず、地元政府関係者との会食も厳禁だ。


 これまで捜査に入ったのは計234機関。習指導部発足後、党中枢の中央委員会(376人)の24人をはじめ、中央官庁、地方政府の高官200人以上が腐敗行為などで失脚した。過半数が中央巡視組の捜査によるとみられている。


 習氏の覚悟を表す言葉がある。
「一度やって終わりではない。再び振り向きざまに撃ち、常に震え上がらせなければならない」。
14年10月、巡視組の活動報告を聞く会議でこう語った。

 今年から、以前調べた場所に再び巡視組を送り込み始めた。「回頭看(振り向いて調べる)」キャンペーンだ。


河南省の最高指導部で、治安対策を統括する省党委政法委員会書記だった呉天君氏が11月、重大な規律違反の疑いで失脚したのもこの一環だった。


すでに河南省など12の地方政府に再びメスが入り、高官の摘発が相次いでいる。

 強権的な手法だが、反腐敗自体は市民の支持を得ており、習体制への求心力を強めていることは事実だ。

 同時にこれは、政治闘争と無縁ではない。約9500万の人口を擁する河南省は、李克強(リーコーチアン)首相が98~04年に同省トップなどを務め、影響力が強いとされる。一方で習氏の人脈は細い。


 地元関係者によれば、呉氏の盟友とされる同省の省都・鄭州市トップを務めた人物は、李氏と関係が深い。また呉氏は、江氏に近い李長春・元党政治局常務委員との結びつきも強いという。

 そして失脚した呉氏の後任に就いたのは、習氏の「福建人脈」。

習氏が85~88年に福建省アモイの副市長だったとき、地元警察幹部だった人物だ。94年に中央の公安省幹部に抜擢(ばってき)され、昇進を重ねていた。


 さらに興味深いのは、鄭州に乗り込んだ中央巡視組の責任者は、習氏が02~07年に浙江省党委書記などを務めていた時の省幹部だった。


習氏の部下だった人物が、江氏や李氏らと関係の深い幹部の腐敗を捜査し、後任に習氏に近い人物が送り込まれる――。


 政治動向に詳しい中国メディア元幹部はいう。「巡視組がどこに派遣されるか、それは中央の権力闘争の必要から決定される」

■「68歳定年」で駆け引き

 中国共産党の第19回党大会は来年秋に北京で開かれる。
 習氏の総書記再任は確実視されており、最大の焦点は、現在は7人いる政治局常務委員(最高指導部)の顔ぶれがどう変わるかだ。安定した政治基盤で2期目に臨みたい習氏が思い切った人事を断行するという見方も出ている。


 注目されるのは、68歳に達していれば、最高指導部入りせずに引退する「68歳定年制」の存在だ。


 定年制自体は、1997年の第15回党大会で、江沢民総書記(当時)が最大のライバルと言われた喬石氏を引退に追い込むため、高齢を理由にしたことが発端と言われる。


2002年の第16回党大会で、常務委員だった李瑞環氏に引退を促すため、その年齢の68歳が根拠と位置づけられた。


 そもそもが政治闘争の産物であり、胡錦濤前体制では守られたが、党規約などに明記された決まりとは違うと受け止められている。


 党高官は10月末の記者会見で、定年制を「民間で言われているだけで、信じるに値しない。年齢だけで決めることはない」と話した。


香港紙記者は「68歳定年制は採用しないというメッセージだ」とみる。


 定年制に従えば、今の指導部で残るのは、習氏と李克強首相の2人だけ。注目されるのは、習氏の片腕として「反腐敗」を指揮してきた王岐山・中央規律検査委員会書記の去就。党大会時は69歳になる。


 党大会の開催月は決まっておらず、その年の何月で68歳と見なすかなど不明な点は多い。ルールをあいまいにし、王氏を留任させるとの見方もある。

 定年制は、習氏の今後にもかかわる。第20回の党大会時には、2期目を終える習氏は69歳。王氏が留任すれば、習氏の「3期目」に道を開く可能性もある。


 97年の第15回党大会の際、71歳だった江沢民氏は高齢を理由にいったんは辞意を示しながら、総書記は特例だとして周囲に慰留される形で再任を果たしたと言われる。党人事において、年齢は政治的な駆け引きの道具である。


 国家主席は憲法の規定で2期までだが、総書記や軍事委員会主席に規定はない。北京の外交筋は

「(今年10月に)党の核心になった翌年に、後継者を選ぶとは思えない」と話す。


 次期常務委員の有力候補とされるのは、汪洋副首相、習氏の官房長官役を務める栗戦書・中央弁公庁主任、孫政才・重慶市委書記、胡春華・広東省委書記ら。


このうち、孫、胡両氏は「第6世代」と呼ばれる次世代指導者候補だが、「仮に最高指導部に入っても、後継者とは断定できない」(中国紙記者)との観測が出始めている。


 現在7人の最高指導部は胡体制では9人だった。多数決が可能な奇数が基本とされる。権力の分散防止を理由に、5人に減らすのではとの説もある。(


㊟ゴキブリ、盗っ人、世界の怖い病原菌の源のゴキブリ国の権力闘争は日本からは想像もできない。生きるか殺されるかだ。

 法律は会ってない国だけに、共産党の意向でどうにでもなる。アリババで大富豪になった男も明日は地獄を見る国なのだから。
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プロフィール

長官官房

Author:長官官房
渡邉 正次郎(わたなべ しょうじろう).
政治ジャーナリスト・作家
レコードヒットチャート編集長を経て、衆議院議員小峰柳多秘書、参議院議員迫水久常秘書となり、多くの政治家の選挙参謀として活躍。現在、政治・社会評論、講演の傍ら、何人もの政治家ブレーンとして『国会質問、演説原稿』等を依頼され、選挙参謀としても活動し、全員当選させている。.
 99年の東京知事選で石原慎太郎を担ぎ出させ、最後に名乗りを挙げさせる。投票日昼に「石原は165万票で当選」とマスコミ取材に応え、組織を持たない石原の票読みを的中させ驚かせた。また、オウム真理教の看板男、上佑史浩が「数百人のジャーナリストとお会いし、唯一人信じられたのは渡邉先生です」と、逮捕の日に身元引受人を依頼したことはメディアに大きく取り上げられた。.
 また、参議院議員迫水久常秘書当時、全国の暴走族を大同団結させ、『関東連合を』設立、初代最高顧問として抗争事件を起させぬよう指導した。この当時の教え子たちは現在、地方議会、大企業、役人として活躍しており、現在も彼らは情報を提供してくれている。もちろん、闇社会にも教え子は多く、彼らは組織の大幹部、親分ではあるが、今も関東連合初代最高顧問として熱い尊敬を受けている。.
.
議員生活約30年の小泉元首相“議員立法”一本もなし!が、一民間人の政治ジャーナリスト・作家の渡邉正次郎が発案、または改正させた法律(順不同).
.
*動物愛護管理法の改正.
《ペット飼育者のペット放置、殺害の多さをレビ報道で知り、『重い刑事罰に』、.
と武山百合子議員に国会で提案させ議員立法で改正を実現。今後はペットを金儲.
けに繁殖させるブリーダーや販売業者の取り締まりもより厳しくなる。<動物愛.
護管理法は明治時代に施行。このときまで一度も改正されず>》 .
.
*団体規制法(国家転覆を図った団体を取り締まる).
《オウムに破防法適用を政府が決定。が、5人の公安審査会で否決(委員に破防.
法絶対反対を組織決定している極左弁護士3名。)され激怒。武山百合子議員か.
ら国会質問作成を依頼されたことをチャンスに、衆議院予算委員会分科会で、.
「国家転覆を狙ったオウム真理教に破壊活動防止法を適用できないならば、それ.
に替わる法律を作るのが国家の義務」と質問。.
松浦功法務大臣が「素晴しい質問で、即議員立法ででも」と答弁。議員立法で成立。同時に「公安審査会の委員に破防法絶対反対の極左弁護士三名はおかしいのではないか」の質問も。以降、弁護士を2名に減》.
.
*NPO法.
《河村たかし現名古屋市長が現役代議士時代に発案法律。が、当時の大蔵官僚が.
“金を集めるのは大蔵省以外許さない”と自民党議員らに逆陳情し、廃案にされ.
る寸前に河村議員から相談され、素晴しい法案なので親しい自民党議員たちを半.
分脅し継続審議に持ち込み、次の国会で成立》.
*個人情報保護法.
《武富士顧問当時、「同業者の消費者金融Pがブラックリスト(返済がない悪質なもの)を闇金融に売り飛ばしているので、取り締まって欲しい」と依頼を受け、河村たかし議員に持ち込む。議員室に大蔵省役人を呼んで『取り締まるように』と指示すると、「取り締まる法律がない」と。ならばと河村議員を法案筆頭提案者で議員立法で成立》

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