「外科医の誕生日の手術は危険」
「外科医の誕生日の手術は危険」という研究結果を、患者はどう考えるべきか
ダイヤモンドオンライン木原洋美
2021/01/13 06:00
「外科医の誕生日に手術を受けた患者の死亡率が、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも高い」——。
昨年12月にカリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)の津川友介助教授らのチームが英医学誌「BMJ」に発表した研究成果の論文が話題となっている。これはあくまでも米国での研究だが、日本ではどうなのか、そもそもただでさえ多忙な医師の仕事のパフォーマンスに対する影響や原因をどう考えるべきなのか、津川友介助教授に聞いた。(医療ジャーナリスト 木原洋美)
外科医の誕生日の手術は
死亡率が1.3%高い
「今回発見された内容は、欧米よりもむしろ日本への影響の方が大きい可能性もある」と語るのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の津川友介助教授だ。
津川氏は、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科の加藤弘陸特任助教(研究実施時は慶應義塾大学大学院経営管理研究科訪問研究員)、ハーバード大学のアヌパム・ジェナ准教授らとの共同研究によって米国のビッグデータを解析し、「外科医の誕生日に手術を受けた患者の死亡率が、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも高い」ことを明らかにした(研究成果は、「BMJ)」のクリスマス特集号にオンライン掲載されている)。
手術のパフォーマンスは常に最適ではなく、20~30%の患者が手術後に合併症を経験し、5~10%の患者が手術後に死亡すると報告されている。そして、合併症のうち40~60%が、死亡のうち20~40%が回避可能であったとの研究結果がある。
手術のパフォーマンスには、病院や医師に関するさまざまな要素が影響を及ぼすと考えられるが、これまで外科医が目の前の患者の治療に全集中できない勤務状況がパフォーマンスに与える影響に関しては、十分検証されていなかった。
スマホの着信音や医療機器のトラブル、手術内容とは必ずしも関係ない会話など、手術中の外科医の注意をそらすような物事は数多く存在するが、研究チームは、手術を早く終えようとするなどの影響が想定される「誕生日」に着目。
手術日を選びにくい緊急手術を対象に、2011~2014年に4万7489人の外科医によって行われた98万876件の緊急手術を分析した結果、自分の誕生日に手術を受けた患者は、年齢、性別、人種、併存疾患、予測死亡率などの点で、誕生日以外の日に手術を受けた患者とほとんど差がないことが明らかになった。その上で患者の死亡率を比較したところ、外科医の誕生日に手術を受けた患者の死亡率は、誕生日以外の日に手術を受けた患者の死亡率よりも1.3%増加していたという。
一般人としては、「どうか(緊急手術であったとしても)手術を受ける日が、執刀医の誕生日にあたりませんように」と祈りたくなるばかりだが、研究チームの目的はもちろん、我々をビビらせることではない。まして、米国は米国、日本は日本だと無視していいものでもない。
日本人として、この研究結果をどう受け止めるべきなのか、津川氏に詳しい話を聞いた。
医療の質を上げるためにも
重要なのは「働き方改革」
――正直なところ、人の生命がかかっている手術なのに、誕生日くらいのことでパフォーマンスが下がってしまうというのは信じがたい思いがします。アメリカ人にとって誕生日は、集中力がそがれてしまうほど、大切なものなのでしょうか。
人によると思いますが、アメリカ人と日本人で大きな差はないのではないかと思います。今回の研究は、意識的な差ではなく、無意識のレベルで誕生日のようなプライベートな事柄が仕事のパフォーマンスに影響を与えてしまっていることを示したものだと考えています。
過去の研究において、裁判官の判決が、1日のどの時間に行われたかによって変わってくる、もしくは外気温によって影響を受けるという報告があります。これらも裁判官は意思決定が変わっていることを自覚していない無意識の変化だと思われます。
今回の研究も同様に、外科医が自覚していない無意識のレベルで、病院外で起こっているプライベートなイベントが手術のパフォーマンスや術後管理に影響を与えてしまっている可能性があることを示唆しているのだと思います。
――「無意識の変化」の影響ですか。
そうです。外科医は長期間の医学教育とトレーニングを積んでいるプロフェッショナルですので、誕生日くらいでソワソワしたりすることはないと思います。
無意識のレベルで小さな変化を与えている可能性はあり、その小さな変化が外科手術のような複雑なタスクにおいては影響されてしまうのではないかと私は考えています。
医師の仕事のパフォーマンスを
低下させる要因
――仕事のパフォーマンスを低下させる要因は、ほかにどういうものがあるでしょう。
アメリカ人でも日本人でも同じですが、ストレス、寝不足、過労などはパフォーマンスに影響を与えていると思います。今回の研究は、働き方改革の問題であると考えています。つまり、誕生日という全ての医師が経験するイベントを利用することで、仕事以外のイベントが外科医のパフォーマンス、しいては患者の健康にどのような影響を与えるのかを評価した研究になります。
今回の研究結果が意味することは、医師の労働環境を整備すること(=働き方改革)は、医師の過労やバーンアウトを減らすというだけでなく、患者が質の高い医療を受けるという観点からも重要であるということだと思います。
――最近はコロナ禍でまったく耳にしなくなりましたが、1年ほど前までは「働き方改革」の推進がどの職場でも課題になっており、中でも医療は改革が最も遅れている分野だと問題になっていました。
個人の誕生日を公言して休みを取ることが許されているアメリカと比べて(実際にツイッターでも、アメリカの外科医で誕生日は毎年休んでいるという人が多数コメントしていました)、日本では誕生日に休みを取得したり早めに帰宅したりすることは稀(まれ)だと思います。
自分が誕生日で家族が家で待っているので早く帰りたいということを言い出せない日本の方が、誕生日を重要視する人が休みの取得を公言して早めに帰宅することが許容されている欧米よりも、場合によっては今回の研究で認められた影響は大きいと思います。
重要なのは
労働環境の整備
――これだけ有意な数字を示されると、患者の安全のためには「誕生日は手術禁止」をルール化すべきだと言い出す人が出てくるような気がします。
今回の研究は「誕生日」の研究ではなく、医師の労働環境や注意力の変化を評価した研究になります。誕生日かどうかは実はあまり重要ではなく、重要なのは外科医にいかに手術に集中できる労働環境を整備するかです。
なぜ誕生日が外科医のパフォーマンスに影響を与えているのかのメカニズムを理解する必要があります。誕生日に関連した雑談などが原因であれば、手術室を静かな環境にするためのルールなどが必要になります。
誕生日の夕方の手術を急いでしまうことが原因であれば、誕生日だけでなく早く帰宅する必要性がある医師に夕方の緊急手術を担当させないような複数の外科医によるチーム医療の設立が必要になると思います。
誕生日だと術後に患者に変化があっても病院に執刀医が戻ってくる確率が低くなっているのであれば、チーム医療によって他の医師が代わりに術後管理を担当するというシステムも有効でしょう。
◇
取材の最後に津川氏は、
「この研究は、外科医が目の前の手術に集中できるような環境整備(働き方改革)をすることが、最終的に患者にとって大きなメリットがあることを意味する研究です」と強調した。
今、外科医に限らず世界中の医療従事者が、新型コロナ対策で疲弊している。中には、バーンアウトしてしまったり、心ない差別に傷つけられている人も少なくないと聞く。せめて社会は、人の命を託された人たちが、心おきなく集中できる環境を提供するために、全力を注ぐべきなのではないだろうか。
◎津川友介(つがわ・ゆうすけ)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)内科・医療政策管理学 助教授。東北大学医学部卒業後、ハーバード大学で博士号取得。聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード大学勤務を経て現職。著書に『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』(医学書院)、『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)、共著に『「原因と結果」の経済学』、『世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療』(ともにダイヤモンド社)がある。
㊟この記事を読んで怖いことを思い出した。私の教え子が六本木3丁目でホステスもいないスナックをオープンさせた。勿論、お祝いを手に顔を。。。
数か月後、客が私一人のとき、教え子が、
「○○医大の外科医たちが手術を終えた後来るんだけど、、、凄い疲れるらしくやけっぱちの飲み方なんですよ。見てて怖いと…」
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