「菅首相、反対する官僚は異動に」報道はデタラメ
JBプレス原 英史
2020/09/20 06:00
官僚人事を巡って、「安倍政権では官邸が霞が関人事を掌握して、官僚の忖度が蔓延」、「菅首相は“反対する官僚は異動”の方針」などの報道が続いている。前提知識を欠いたデタラメ記事が多い。
――とネットメディアで批判していたら、朝日新聞から取材があり、9月17日付朝刊で私のコメントを掲載してもらった。
<政策工房社長の原英史さんは・・・「(官僚が)反対するのであれば異動してもらう」との発言は少し気になるという。「必要な指摘をするのは官僚の職責。方針が決まる前の異論は大歓迎とのメッセージも出すべきだ」と注文をつけた。>
有難いことだが、紙面制約で、私が話したコメントのごく一部しか掲載されていない。そこで、取材で話した内容を補足し、フルバージョンでコメントを公開したい。
「政権の方針に従わない官僚の異動」は当然
まず、「政権の方針が決定した後、従わない官僚は異動してもらう」のは当然だ。役所に限らず、どんな組織でもそうだろう。
菅首相が総裁選中に発言したのは、この当たり前のことだ。当たり前のことがわざわざ論点になるのは、日本国政府では伝統的に、官僚が政権の方針に従わないことがよくあったからだ。
典型的には、省庁の「縦割り利権」を巡る対立だ。各省庁にはそれぞれの縄張りで、所管業界や族議員とともに長年築きあげてきた利権構造がある。端的にいえば国民一般の利益を犠牲にして(例えば過度な高価格など)、既得権者が利益を得る仕組みだから、時の政権が国民目線でこれに切り込もうとすることは古くから時々あった。
そうした局面では、官僚機構が業界・族議員とともに徹底抗戦するのが伝統的な構図だった。今も残る「岩盤規制」の利権構造はたいてい、そうした徹底抗戦によって守られてきた。
徹底抗戦を可能にしたのは、「政治は官僚人事に介入しない」という不文律だ。官僚の人事権は法律上は大臣にあるが、官僚たちの作った人事案をそのまま丸のみするのが伝統的な慣例だった。
不文律のもとで何が起きていたかというと、官僚たちは、大臣よりも、実質的な人事権のある官僚機構のボスをみて仕事をしがちになる。「政権の方針」より「省庁の論理」が優先されるわけだ。しかも、ボスは必ずしも現職の官僚トップではなく、OBたちが実権を握っていたりする。OBたちは所管の利権団体に天下りしているのだから、「縦割り利権」護持が至上命題になるのは当然だった。
「内閣人事局」創設に至る長い経過
「官僚主導から政治主導へ」というスローガンは、民主党政権発足の頃に大いにもてはやされ、今や忘れられかけている。これは元来、こうした構造の転換を目指すものだった。このままでは経済社会が立ち行かないとの危機感から90年代半ば以降に議論が高まり、濃淡の差はあったが、政党を超えて歴代政権で取り組まれた長期プロジェクトだった。
例えば橋本龍太郎内閣は中央省庁再編が有名だが、隠れた本命課題は「官邸強化」だった。「内閣人事局」構想の原型が議論され始めたのもこの頃だ。各省の縦割り人事の打破、政治が実質的に人事に関与する仕組みへの転換が必要と認識されるようになった。
「内閣人事局」構想は、言い換えれば、各省庁のガバナンス構造の改革だ。旧来の構造では、国民によって選ばれた政権(内閣)の方針が貫徹されない。だから古くからの「縦割り利権」に手をつけられない。これを「国民によるガバナンス」の効く構造(下図でいうと、上下の三角形をくっつけて矢印を上から下まで貫く)に改めようとするものだ。だが、それこそ各省庁がこぞって徹底抗戦する話だから、なかなか前には進まなかった。
これがようやく動いたのが2008年の「国家公務員制度改革基本法」だ。政権交代の可能性が高まる中で、「どんな政権でも機能する霞が関が必要」との意識が党派を超えて共有され、自民・公明・民主の3党合意で「内閣人事局」の創設が法律に定められた(付け加えておくと、政府・与党は当初は、内閣府の外局として「内閣人事庁」を提案した。
これに対し、官邸直結の「内閣人事局」を強く主張したのは当時の民主党だった)。ところが、決まったはずなのになかなか動かずに数年が経ち、2014年になってようやく「内閣人事局」の創設に至った。
詳細はこれ以上触れないが、規制改革と行政改革の絡み合う長い歴史は拙著『岩盤規制』で解説した。ご関心あればご覧いただけたら幸いだ。
ともかく、前世紀以来の経過を踏まえれば、「官僚の忖度をもたらした内閣人事局を廃止せよ!」などという言説は浅はかというほかない。平成30年間を飛び越え、昭和に戻ろうと言っているようなものだ。問題は「官僚の忖度」がどこに向くかであり、「縦割り利権のボスへの忖度」から「国民への忖度」に転換するために長年の取り組みがあったのだ。
安倍政権の官僚人事で欠けていたもの
安倍政権の官僚人事に反省点がないかといえば、そんなことはない。大問題は、内閣人事局が客観的な人事評価をサボってきたことだ。
2008年基本法の設計では、内閣人事局は、客観的な能力・実績の評価で幹部の適格性を審査することになっていた。そして、適格性審査を通過した候補者の中から、官邸と大臣が人事権を行使する制度設計だった。
その際、人事評価の基準もポイントだ。各省の縦割り人事評価では、「縦割り利権を守れば高評価」といったことも起きがちだ。内閣人事局のもとで、国民本位の評価基準を確立すべきことも基本法に定められていた。
ところが、内閣人事局の発足以来、こうした役割は全く果たされていない。人事評価は各省庁任せで、各省庁の評価結果の把握すらなされていない状況だ(2020年5月12日参議院財政金融委員会での質疑より)。
結果として、「国民本位の客観評価」は空洞のまま、政治が人事権を行使できる、いびつな状態が生まれていた。これが、安倍政権での縦割り利権打破が不十分に終わった要因であり、また、中途半端な官僚たちが「官邸の歓心さえ買えば出世できる」と間違った忖度に走る要因にもなった。
野党議員たちは、こうした「内閣人事局の機能不全」こそを追及したらよい。ところが、「内閣人事局による官僚支配」云々と的外れな批判ばかりしているので、お話にならない。
政府・与党内の対立を表にさらして決着をつけよ
ここまで述べたうえで、ようやく冒頭に戻って、「必要な指摘をするのは官僚の職責。方針が決まる前の異論は大歓迎とのメッセージも出すべき」だ。方針決定前は、大いに議論がなされるべきだ。大臣の提案に対しても官僚は問題点を指摘し、そのうえで方針決定がなされなければならない。方針決定後には従うとの大前提が守られる限り、「異論を唱えたら左遷」などあってはならない。
菅首相もそんなつもりはないと思う。ただ、「反対したら異動」ばかりが流布されて誤解を招きかねないので、改めて明確にしておいたほうがよい。
マスコミでは関連して、前川喜平氏と平嶋彰英氏の発言が取り上げられている。
参考:https://mainichi.jp/articles/20200829/k00/00m/010/161000c
参考:https://digital.asahi.com/articles/ASN9C3HB9N97UPQJ009.html
どちらも「政権と戦った闘士」のような扱いだが、私からみると次元が違う。前川氏は、
「(現職の事務次官などだった当時に、)各省庁の知識や経験、専門性はないがしろにされ、『これは変じゃないか』と思うようなものを無理やりやらされることはしょっちゅうだった」と述べている。面従腹背のつもりだったのかもしれないが、ともかく異論を唱えなかったわけだ。あとから「おかしかった」という資格はない。
これに対し、平嶋氏は現職時に異論を唱えているのだから、前川氏とは違う。ただ、異論の内容が的確だったかは別問題だ。こうした議論では往々にして、双方が「自らが正義」と思っていることがある。決着は最終的には、双方の主張を広く国民にさらし、国民の評価に委ねるしかない。政権が的確な政策を断行したなら、国民に評価される。理にかなわないことを押し通したなら、厳しい審判を受ける。
こうした検証を可能にするため、政府・与党内での意見対立はできるだけ表にさらし、公式会議でガチンコで議論して決着をつけ、議事録を公開すべきだ。安倍政権では、首相の出席する公式会議でのガチンコ討論を避ける傾向があった。小泉政権での経済財政諮問会議などとは大きく違った。そのために、あとから「無理やり押しつけられた」などと刺されやすくなっている面も否めない。
菅政権が今後、規制改革の難題に取り組むうえでは、政府・与党内での意見対立は避けられない。これを表にさらして決着をつける仕組みを確立できるかどうか、初動段階での試金石だ。
安倍政権で積み残された今後の諸課題は多い。高橋洋一氏との共著『国家の怠慢』で論じているので、ご関心あればご覧いただけたら幸いだ。
㊟官僚には常に厳しい目を向けていないとダメ。外務省官僚がアホの坂田、鈴木宗男と組んで田中真紀子外相を潰そうと躍起だった時、私は真紀子を徹底擁護した。そんなある朝、犬の散歩に出たら携帯が呼ぶ。。
「ハイ」
「川島ですが…
「どちらの川島さん?」
「田中真紀子をいつまで擁護するんですか?」
ピンと来たから、
「とことんまで応援するよ。それより、これ以上真紀子潰しをやるなら東南アジア大使夫人が外交機密費で宝石を買い入れているのを実名でバラすぞ」
と脅した日から、真紀子攻撃はピタッと止んだね。
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