40歳料理人をクビにした社長の
40歳料理人をクビにした社長の酷すぎる言い分 都内でも有数の飲食店激戦地で働いていた
東洋経済オンライン 藤田 和恵
2020/06/12 07:40
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
勤め先は「刺身が安くてうまい」と評判の店
「電車通勤の人はコロナ感染のリスクが高いから」
18年間働いた職場をクビになる理由としては、あまりに軽く感じた。ユウスケさん(仮名、40歳)の勤め先は都内の和食店。元妻の親の葬式に参列した日以外、1日も休まず厨房に立ったのに……。どうして俺が? ショックで言葉が出ないユウスケさんに対し、料理人でもある社長は「後は自分で仕事を探してくれないか」と言って追い打ちをかけた。
店がのれんを張っていたのは、都内でも有数の飲食店激戦地。刺身が安くてうまいと評判の店で、芸能人やスポーツ選手もよく訪れた。ユウスケさんは焼き物と揚げ物を担当。カウンター越しに常連客と話すのは楽しかったという。
「リーマンショックのときもほとんど影響はありませんでした。東日本大震災のときもボトルも皿も、1枚も割れなかったんです」
恐慌や天災を乗り切ってきた店だったが、今回ばかりは無事では済まなかった。新型コロナウイルスの感染拡大が続く3月半ばごろから客足が鈍り始め、週末の予約がキャンセルされるようになったという。
緊急事態宣言が出される直前の4月初め、店はいったんのれんを下ろした。1カ月後、休業中の給料を渡すからと、従業員全員が店に呼ばれたが、まさかその場でクビを伝えられるとは思わなかったと、ユウスケさんは振り返る。
ユウスケさんによると、店の従業員はアルバイトの女性が2人と、正社員の男性が3人の合わせて5人。このうちアルバイトの女性2人とユウスケさんの3人が解雇された。
「まずバイトの2人が社長から『辞めてほしい』と言われて。(このうちの)1人は独身で生活がかかっていたみたいで『今辞めても働くところなんてないのに……』と言って困っていました。『かわいそうだな』と思ったけど、この後自分までクビになるなんて……」
結局、正社員男性3人のうちクビになったのはユウスケさん1人。ユウスケさんだけが電車通勤をしているからというのが、その理由だった。
「なんだそれ?と思いました。感染リスクと言うなら、お客さんからのリスクのほうがよほど高いですよね」
ユウスケさんによると、店の売りの1つ「安くてうまい刺身」は社長の目利きによるところが大きかった。社長は穏やかな人柄で、職人気質にありがちな気難しいところはなかった。クビを言い渡すときも、心から申し訳なく思っているように見えたという。
20年近く世話になったという遠慮も働き、ユウスケさんはその場では何も言い返せなかった。しかし、どうしても納得ができず、翌日、電話で「解雇理由を書面にして送ってほしい」と頼んだ。
すると、数日後、何事もなかったかのように社長から「ランチをやろうと思うんだけど朝から来れる? それでも給料は半分以下しか出せないけど」というショートメールが送られてきたという。
ユウスケさんはこのショートメールの軽薄さにいちばん腹が立ったという。「クビにしておいてなんなんだ、冗談じゃねえよと思いました。『書面がほしい』と言われ、電車通勤だからというのがまともな理由になってないことに気がついたんでしょ」。
社会保険にいっさい加入させていなかった
解雇理由をめぐるいい加減さもさることながら、社長は従業員を雇用保険や健康保険、厚生年金などの社会保険にいっさい加入させていなかった。そして私が驚いたのは、18年間正社員として働きながら、ユウスケさん自身はもちろんほかの従業員たちからもこうした無保険状態に対し、不満や疑問の声が上がったことが一度としてなかったということだ。
ユウスケさんは自分を正社員だというが、雇用契約書を交わしていたわけではない。源泉徴収はされていたというから、雇用関係にはあったのだろう。毎月の給与は約30万円だったが、健康保険や都民税などは自分で払っていたので手取りは25万円ほど。9万円の家賃を支払うと、家計に余裕はなく、国民年金はほとんど払えていないという。
いくら関心がなかったとはいえ、いわゆるブラック企業や“名ばかり正社員”の問題は以前に比べると可視化される機会は増えた。私がそう指摘すると、ユウスケさんは「たしかにそうなんですけど……。でも、本当に居心地のいい職場で。どこかで自分とは関係ない話だと思っていました」と言う。
結局、ユウスケさんは個人加入できる飲食店ユニオン(東京)に相談。ここで初めて無保険状態が違法であることに加え、毎月30時間ほどの残業代が未払いだったことや、雇用保険は2年間さかのぼって加入することができることなどを知った。現在は同ユニオンを通し、未払い残業代や退職金の支払いを求めて話し合いをしているという。
今思うと、社長は店舗のほかに自社ビルも所有。車は最新のクラウンに乗っていたという。
「(高級車に乗っていたのは)節税のためもあったかもしれませんが、従業員を数カ月食わせていくだけのお金は持っていたはず。売り上げが落ちてきたとき、よく『困った』『もうダメだ』と言っていたけど、いきなり解雇された僕らほどには困っていなかったと思います」とユウスケさんは言う。
労働者も自らの権利についてある程度は知っておくべきだと、私は思う。ただそれ以上に思うのは、経営者のろくでもなさである。
コロナウイルスの感染拡大が続く中、私は解雇や雇い止め、休業手当が出ないといった問題に直面した人々に何人も出会った。「明日から来なくていい」といった乱暴な物言いや、「休業中は有給休暇を消化して」「休業中の店のスタッフには有休は与えない」など違法な説明をされたという事例も数多く耳にした。
最近の経営者は労働関連の法律を知らないのだろうか。即日解雇は論外として。労働基準法は会社の都合で働き手を休ませた場合、平均賃金の6割以上を休業手当として支払うことを会社に義務付けている。なかには「休業はコロナによる不可抗力」と強弁する経営者や雇用主もいるが、今回の休業要請はあくまでも「要請」であり、強制力はない。法的には休業は「会社の都合」とみなすべきだ。
それでは会社がもたないといわれるかもしれないが、そんなことはない。雇用調整助成金を利用すればいい。雇用調整助成金は、休業手当の費用を会社に助成する制度である。支給までの資金繰りが厳しい、書類をそろえるのが大変といった声もあるが、感染拡大が続く中、支給要件や手続きはずいぶんと緩和・簡素化されたはずだ。
厚生労働省も「制度を活用して雇用を維持するよう努力するべきだ」との旨の見解を示している。
働き手にとっては「コロナが一段落したら、また雇うから」などというお気楽な言い訳はなんの慰めにもならない。コロナ禍における社会不安を最小限に抑えるという意味でも、会社にはできるだけ雇用を維持するという社会的な役割がある。解雇はNGだなどというつもりはない。ただ目の前にある支援・助成制度を活用する努力もしない無責任な経営者や雇用主に、そもそも会社を起こす資格などない。
「すっかりきれいな手になっちゃいました」
話をユウスケさんに戻そう。
東京都内で飲食店を経営する両親のもとで育ったユウスケさんは地元の高校を卒業後、ずっと飲食業界で働いてきた。ただ、今後しばらくは飲食店では働きたくないという。長年、まじめに働いてきた職場を追われたショックはそれだけ大きかった。
「まずは失業保険で一息ついて。その後は配送ドライバーをやってお金を貯めます。小さくてもいいので、いつか自分の店を持ちたいんです。そのときは、人を雇う側になるので雇用のことも、保険のこともちゃんと勉強しますよ」
話を聞いたファミリーレストランを出て、駅に続くコンコースを歩いていたとき、両手を握っては開くという動作を繰り返していたユウスケさんがふいに「手がすっかりぼけちゃって」と言った。この2カ月間、仕事をしていないのですっかり手がなまってしまったのだという。
「料理人の手はグローブみたいなんです。モミジみたいになるんです。布巾を絞ったり、包丁を握って大きな魚をさばいたり、重い鍋を持ったりするから。僕のはまだまだだけど……。電車の中なんかでは、料理人の手だなって、わかる人いますよ」
つねに指をうごかしたり、物を握ったりするので、料理人と言われる人の手のひらはグローブのように分厚くなり、指はモミジのように付け根にかけて太くなるのだと、ユウスケさんが誇らしげに教えてくれた。
解雇される前は、自分の手はもっとがさついていて、手の甲や腕には油跳ねによるやけどの跡が、指先付近には串に鶏肉を刺すときにできる“串ダコ”が、もっとはっきりわかったのに、という。
ユウスケさんは手のひらをかざすと、少し寂しそうにこう言った。「すっかりきれいな手になっちゃいました」。
本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
㊟読んでいて身につまされる。。。私に力があれば、、、天よ、我に力を、我に金を。。。
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