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2020-08

残業続きで覚醒剤?!

残業続きで覚醒剤?!
オリコン編集長、議員秘書時代、早朝から深夜まで、、、
覚せい剤逮捕の元経産省キャリア官僚公判で明らかになった異常な残業時間「仕事に行くために覚せい剤を打った」
ウェジー


 今年4月に覚せい剤取締法違反(密輸、使用)の罪などで逮捕、のちに起訴された経済産業省の元課長補佐、西田哲也被告(28)に対して、東京地裁は9月10日、懲役3年、執行猶予5年(保護観察付き・求刑懲役3年6月)の判決を言い渡した。

 西田被告は今年4月、覚醒剤約20グラムが入っている国際スピード郵便1個を米国から取り寄せ自宅で受け取ろうとしたほか、東京都内の自宅で覚醒剤を使用したという。逮捕直後の経産省への家宅捜索では注射器が押収されており、西田被告が勤務中に覚せい剤を使用していたこともわかっているが、こちらは起訴されていない。

 判決で三浦隆昭裁判長は、西田被告が覚せい剤を入手し使用したことについては「単なる快楽目的とは異なる」として執行猶予判決が相当だとした。「仕事の影響でうつ病を発症し、治療を受けるなかで、強い効き目を求め覚醒剤に手を出した」という西田被告の供述を踏まえての判断となる。


「仕事に行くために覚せい剤を使った」

 8月に開かれた公判で、逮捕前の壮絶な勤務状況が、西田被告や彼の父親から語られていた。

 東京大学を卒業し2013年に経済産業省へ入省したのち、資源エネルギー庁へ配属された西田被告だったが、ここでの業務が彼の社会人人生を狂わせる。

 「残業が多かった。終電で帰れたら早いほう。ときにタクシーで帰宅していた」と、情状証人として出廷した父親は語る。そのうち、うつ病を発症した西田被告に対し父親は「実家に帰ってきてしっかり療養したら、と何回も言いました」というが、西田被告はそれを固辞した。

 逮捕について父親は「兄から電話がかかって知った。ネットニュースに哲也が出てると。そのあとNHKニュースでも観て……。大変驚いて信じられない、夢を見ている感じ」と、寝耳に水だったと語った。

 「いまは薬物依存治療のため、週に5日、クリニックに通っています。体調には異常なく、なかなか笑顔は出ませんが、普通通りに生活できており、眠れないなどはなく、毎朝起きて、クリニックに通っています」

 西田被告はまず薬物依存についての治療を行っており、それを両親が見守り支えていることも明かした。父親の尋問後、西田被告も、うつ病に至った背景、そこから覚せい剤に手を出した経緯を次のように語っている。

 「数年前からうつ病になり、症状が年々悪化し、通勤が困難になりました。しかし、どうしても仕事に行きたい。ひどい抑鬱状態を改善して仕事に行くために覚せい剤を使うようになりました」

月に300時間の残業

 資源エネルギー庁から経済産業省の製造産業局自動車課に配置換えとなった2015年、西田被告はうつ病を発症した。それには資源エネルギー庁時代の激務が影響していたようだ。

 「当時は残業がかなり多く、月に150……多いときは月に300時間。帰れない日もありました。1週間泊まり込みも……。緊張感と責任でなんとか耐えていましたが、通勤時に車が走っているのを見て、轢かれたらどれだけ楽かと考えたこともあります。自動車課に移ってからの残業は月100時間程度でした」

 自動車課でも残業時間は多いが、資源エネルギー庁での尋常ではない残業時間の多さが、西田被告の精神を追い詰めたのか。

 「当時の医師から、過労の状況は、当時、緊張感があって耐えられたが、移動で時間的余裕ができて、それまでのストレスがかかったのではないかと言われました」

 うつ病が悪化する中、西田被告は数カ月単位の休みを3回取得したが、病状は改善しなかった。薬の量は増えてゆく。 

 「正直、悪くなる一方で、今に至るまで通院しています。抗うつ剤や眠剤など……中には強い薬もありました。より効果が強いものを求めるようになり、ベタナミンが処方されるようになりました」

 それでも完全には回復しない。その次に西田被告が目をつけたものがリタリンだった。うつ病ではリタリンは処方されないため、これをネットで購入するようになる。

 そんな生活を送る中、上司から「今度休みを取るときは休職扱いにして、その後は配置換えにしよう」という提案をされた。この提案が、強い薬に手を出し回復を焦っていた西田被告を、さらに焦らせたようだ。

 「私としては当時の自動車課で働きたいと思っていましたが追い詰められて、なんとか仕事に行かないといけない、と……。自動車課で働くか、休んで異動するか、その二択を迫られていた、藁にもすがる思いで手を出した」

 こうして今年2月、覚せい剤に手を出してしまった。使用頻度も高く、1日2回の頻度で毎日使用。経済産業省のトイレや会議室でも注射器を用い、自己の体内に摂取していた。

 「朝起きて、出勤前に注射で打っていました。起きたらまず打つ……。覚せい剤を使った時の抗うつ状況改善……言っちゃ悪いけど、これをやれば一番よくなると思い、打っていました」

 うつ病の悪化を食い止め、休職を避けたいとの思いから手を出した覚せい剤だった。それは何よりも、仕事にやりがいを感じ、仕事を続けていきたいと強く思っていたからだろう。

 だが、働き方改革などを推し進める中、国家公務員がこれほどの激務にさらされている状況に矛盾を感じざるを得ない。少なくとも西田被告にとっては、違法薬物に手を出さなければ仕事を続けられない、と追い詰められるほど、過酷な就労状況だった。彼以外にも、こうした環境で働き続けている者がいるのではないかという疑いも湧く。

 西田被告の公判が報じられることで、彼が置かれていた過酷な状況が広く知られることとなった。今回の件で経済産業省は5月31日付で、西田被告を懲戒免職処分としたが、これで一件落着ではなく、改めてその職場環境を見直す機会ではないだろうか。

㊟最高学府を卒て、、、涙。確かに霞が関の役人たちは夜遅くまで仕事をしている。バカな議員が彼らの仕事を増やしているのもある。

 しかし、西田被告以外の役人もまったく同じ仕事量だろ?それなのに彼だけ覚醒剤。。。私の「オリコン」時代もむちゃくちゃでござりましたよ。音楽のオの字も知らない小池聰行がオーナーですから、あちこちのレコード会社回り(新曲試聴版受け取りと取材)、帰社して数十枚の試聴版を聴き、知った歌手ならB面も。

 聞き終え、「売れる曲、売れない曲」に選別し、原稿を書き始める。書き上げた原稿を3人のタイピストに渡し、印刷の準備。タイピストが打ち上げた原稿を校正し、再度タイピストに。また直した原稿を査収チェック。
 これを終えると、先週のレコード店の売り上げベストテン調査だ。これも困ってしまうのは全店私が開拓した店だけにオリコン社員でも私以外だと嫌がる店主が多い為、私がやらざるをえない。もちろん、私だから店頭に来る客の動向が訊きやすい、、、これに数時間か掛かる。
 そして集まった数十店のベストテンを集計。これは他の社員に。最終チェックは私。その間、印刷機に準備。

指サックをハメ、私が書き上げた「売れる曲、売れない曲」印刷。輪転機を回す。刷り上がったのを束ね、並べて製本。ホチキス止め。そして東京駅の中央郵便局まで浜松町から山の手線で。。。

100冊近いから重い重い。一度、社長の姿が見えないので社長の車で郵便局へ行った。帰ったら、「君は私の車を無断で使った」と激怒された。「あなた自分で運んでみなさいよ」と言いたかったが我慢、我慢。

 これは社内のこと、この後、「どうしても渡邉正次郎に立ち会って欲しい」とレコード会社からレコーディング立ち合い要請が殺到していたから大変。小池には要請なし。レコーディングは時間が掛かる。売れっ子歌手の場合は,夜中の11時、12時からが多い。帰る時は朝。

 特にソニーレコードの酒井政俊ディレクターからの要請はしつこいしつこい。人の都合など考えない性格。一番時間を食ったのはジャニッタレのフォーリーブスってガキ4人のレコーディングだ。スタジオにがちゃがちゃ大騒ぎしながら飛びこんでくるが、金魚鉢に入っても大騒ぎしている。

 最初の時、子どもが五人飛び込んで来た。「アレ、フォーリーブスって四人じゃないの?」と酒井に。

酒井、私の声が大きいので、慌てて小さい声で「一番後ろの人は作曲家の鈴木邦彦さんよ」だと。これが尺が子供と同じで顔も子どもなんだもの間違うよ。

 音を流す。この四人、何十回やっても合わない。歌は下手。本当に下手。「何回やってもダメなんだから止めたら?」と言いそうになる。が、我慢我慢。『オリコン』の売り上げに響くから。。。

 漸く終わり、スタジオを出ると朝日が射している。「食事を」と言われたが断る。これから自宅へ帰って着替えて出社しなければ。こんな日々を数年間も続けた。残業代、時間外手当なんてなかったし、あっても小池聰行じゃへ理屈付けて支給しないのは分っている。

 議員の秘書時代はもっとひどかったですよ。ひどいなんでものじゃないです。秘書ですから親父さま(議員)の都合で動かされます。自己中心の権化が議員ですから、その日、その場の気分で振り回されます。同時に選挙区の票(人)に振り回されるのです。これがまた自分勝手、議員なら何でも出来るとばかりに次々と頼んできます。

交通違反のもみ消し、冠婚葬祭、入学、町の祭りの御神酒配り、忘年会新年会など500から600カ所、、、全区の敬老会、青年部総会、全区の春秋の町会のバス旅行の早朝見送り等々、列記するのも嫌になります。毎日睡眠時間は2,3時間。。。よくぞ務まったものです。残業代、早朝出勤手当なんぞありません。いや、残業とか早出とかいう意識はまったくなかった。ですから“覚醒剤に手を出そう”、、、などと考える時間もなかったですよ。
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プロフィール

長官官房

Author:長官官房
渡邉 正次郎(わたなべ しょうじろう).
政治ジャーナリスト・作家
レコードヒットチャート編集長を経て、衆議院議員小峰柳多秘書、参議院議員迫水久常秘書となり、多くの政治家の選挙参謀として活躍。現在、政治・社会評論、講演の傍ら、何人もの政治家ブレーンとして『国会質問、演説原稿』等を依頼され、選挙参謀としても活動し、全員当選させている。.
 99年の東京知事選で石原慎太郎を担ぎ出させ、最後に名乗りを挙げさせる。投票日昼に「石原は165万票で当選」とマスコミ取材に応え、組織を持たない石原の票読みを的中させ驚かせた。また、オウム真理教の看板男、上佑史浩が「数百人のジャーナリストとお会いし、唯一人信じられたのは渡邉先生です」と、逮捕の日に身元引受人を依頼したことはメディアに大きく取り上げられた。.
 また、参議院議員迫水久常秘書当時、全国の暴走族を大同団結させ、『関東連合を』設立、初代最高顧問として抗争事件を起させぬよう指導した。この当時の教え子たちは現在、地方議会、大企業、役人として活躍しており、現在も彼らは情報を提供してくれている。もちろん、闇社会にも教え子は多く、彼らは組織の大幹部、親分ではあるが、今も関東連合初代最高顧問として熱い尊敬を受けている。.
.
議員生活約30年の小泉元首相“議員立法”一本もなし!が、一民間人の政治ジャーナリスト・作家の渡邉正次郎が発案、または改正させた法律(順不同).
.
*動物愛護管理法の改正.
《ペット飼育者のペット放置、殺害の多さをレビ報道で知り、『重い刑事罰に』、.
と武山百合子議員に国会で提案させ議員立法で改正を実現。今後はペットを金儲.
けに繁殖させるブリーダーや販売業者の取り締まりもより厳しくなる。<動物愛.
護管理法は明治時代に施行。このときまで一度も改正されず>》 .
.
*団体規制法(国家転覆を図った団体を取り締まる).
《オウムに破防法適用を政府が決定。が、5人の公安審査会で否決(委員に破防.
法絶対反対を組織決定している極左弁護士3名。)され激怒。武山百合子議員か.
ら国会質問作成を依頼されたことをチャンスに、衆議院予算委員会分科会で、.
「国家転覆を狙ったオウム真理教に破壊活動防止法を適用できないならば、それ.
に替わる法律を作るのが国家の義務」と質問。.
松浦功法務大臣が「素晴しい質問で、即議員立法ででも」と答弁。議員立法で成立。同時に「公安審査会の委員に破防法絶対反対の極左弁護士三名はおかしいのではないか」の質問も。以降、弁護士を2名に減》.
.
*NPO法.
《河村たかし現名古屋市長が現役代議士時代に発案法律。が、当時の大蔵官僚が.
“金を集めるのは大蔵省以外許さない”と自民党議員らに逆陳情し、廃案にされ.
る寸前に河村議員から相談され、素晴しい法案なので親しい自民党議員たちを半.
分脅し継続審議に持ち込み、次の国会で成立》.
*個人情報保護法.
《武富士顧問当時、「同業者の消費者金融Pがブラックリスト(返済がない悪質なもの)を闇金融に売り飛ばしているので、取り締まって欲しい」と依頼を受け、河村たかし議員に持ち込む。議員室に大蔵省役人を呼んで『取り締まるように』と指示すると、「取り締まる法律がない」と。ならばと河村議員を法案筆頭提案者で議員立法で成立》

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