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2020-12

ファーウェイ創業者悲壮な

ファーウェイ創業者悲壮な「離別の辞」
ファーウェイ創業者が送った悲壮な「離別の辞」 分離売却の栄耀に「未練を捨て強くなれ」と檄
東洋経済オンライン財新 Biz&Tech
2020/12/02 20:00

 中国の通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)は、アメリカ政府の制裁で半導体の調達が困難となるなか、スマートフォンのサブブランド「栄耀(Honor)」の分離売却という苦渋の決断を迫られた(訳注:詳細については『ファーウェイ、低価格スマホ「栄耀」の売却発表』を参照)。

 それを正式発表した後、ファーウェイ社内では(分離後の栄耀に移籍する社員の)送別会が開かれ、創業者の任正非CEO(最高経営責任者)が悲壮な「離別の辞」を送った。その内容が11月26日に明らかになった。

 離別の辞の中で任氏は、独立後の栄耀がグローバル化を堅持し、ファーウェイの最強のライバルに成長してほしいと檄を飛ばした。

 「いったん“離婚”したならば未練をすっぱり断ち切り、ファーウェイを競争相手と見るべきだ。ファーウェイへの配慮はいらない。あなたたち(栄耀)の未来を考えなさい」
「自分が嫌いな相手からも学べ」

 任氏はまた、栄耀を分離する理由がスマホの部品サプライヤーと製品の販売代理会社を苦況から救うためであることを改めて強調した。アメリカの制裁でファーウェイのスマホの生産量が減少し、サプライヤーと販売代理会社は業績悪化や従業員の解雇などを余儀なくされているからだ。

 「彼らは何の過ちも犯していない。だからファーウェイが(彼らを救うために)一定の犠牲を払うべきなのだ。あなたたちが(ファーウェイを)去るのは彼らと苦楽を共にし、枯れた水路を再び流水で満たすためなのだ」

 さらに任氏は、「自分が嫌いな相手を含めて、先進的なあらゆる事柄を学ぶ姿勢を堅持せよ」と呼びかけ、栄耀がアメリカ、欧州、日本、台湾、韓国の企業との協力を今まで以上に強化するよう訴えた。

 なお、分離後の栄耀は深圳市政府系の投資会社と中国各地の販売代理会社が共同設立した新会社が買収して継承する。

 販売代理会社の幹部によれば、新会社は2000人の研究開発部隊を含む7000人規模になる見込みで、経営陣および管理職の多くがファーウェイからの移籍者だという。
(財新記者:何書静)
※原文の配信は11月26日

㊟米国の圧力がファーウェイをここまで追い詰めるとは想像していなかった。が、喜ばしいことではある。
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「死んだ方がまし」 習のポスターに



「死んだ方がまし」 習氏のポスターにインクかけた活動家、涙の訴え
AFPBB News
2020/12/02 23:59

【AFP=時事】中国の習近平(Xi Jinping)国家主席のポスターにインクをかける様子を配信した活動家の女性が先月30日、ツイッター(Twitter)に動画を投稿し、当局からの厳しい監視を受けており、「心が崩壊寸前」だと涙ながらに訴えた。

 習氏は2012年に最高指導者に就任して以来、自身を個人崇拝の中心に据え、活動家や反対勢力からの批判を厳しく抑え込んできた。

 活動家のドン・ヤオチョン(Dong Yaoqiong)さん(31)は2018年、上海中心部で習主席のポスターにインクをまき散らす様子をライブ配信した。動画の再生回数は、ツイッター上で数万回に上った。

 ドンさんは、以来初めて沈黙を破って新たな動画を投稿。収容されていた精神科病院を今年退院し、地方自治体での仕事に就かされていると明かした。

 涙ぐんだドンさんはこの動画の中で、移動や連絡をとれる人が当局に厳しく制限されていると述べ、「死んだ方がまし。この息が詰まる監視にはもう耐えられない。多分私の心は崩壊寸前」だと語った。

「自分自身の自由、仕事を選ぶ自由、友達を選ぶ自由のために頑張りたいのに。今は一切自由がなく、全て制限されている」と訴えたドンさんは「ただ聞きたい、私のしたことの何が悪かったのか? 私は罪を犯したのか?」と問い掛けた。

 ドンさんと定期的に連絡を取っている活動家によると、動画を公開した翌日の朝に当局者らがドンさんの元を訪れ、後にこの動画は削除されたという。AFPはドンさんにコメントを求めたが、回答は得られていない。
【翻訳編集】AFPBB News

㊟こんな国に生まれて、、、でも、内臓摘出されないだけましかも。

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伊藤さん、二階派また逮捕ですよ


伊藤さん、二階派また逮捕ですよ
二階派で3人目の逮捕者?吉川元農水相の疑惑のきっかけは河井夫妻事件
週刊朝日2020/12/02 18:51

自民党の吉川貴盛元農水相(70)=北海道2区=が、養鶏会社「アキタフーズ」(広島県福山市)の元代表から数回にわたって、計500万円を受け取った疑いがあることが、東京地検特捜部の捜査でわかった。

 疑惑が浮上したきっかけは、昨年7月に公職選挙法違反(買収)で逮捕された元法相で衆院議員の河井克行被告と妻で参院議員の河井案里被告の事件。河井夫妻の後援者だったアキタフーズに東京地検特捜部が家宅捜索に入り、押収した資料から端緒を掴んだという。

 元代表は長く日本養鶏協会の役員を務め、業界の“ドン”の一人という。日本養鶏協会の幹部が証言する。

「とりわけ政治家と太いパイプを持ち、業界に強い影響力がある。そのため、元代表の周辺では、常に政治とカネのウワサがあった」

 吉川議員は2018年10月から2019年9月まで農水相を務めた。その間、3回にわたり計5百万円を受け取ったという。アキタフーズの関係者によれば、元代表は河井克行被告の紹介で、吉川氏と知り合ったという。

 近年、家畜を快適な環境下で飼養することにより、そのストレスや疾病を減らす「アニマルウェルフェア」が国際的に打ち出されている。

ニワトリをケージで飼育する日本の方法が、国際的に批判を浴びていた。

 今年3月、農水省は「アニマルウェルフェアに配慮した家畜の飼養管理の基本的な考え方について」を発表。

「アニマルウフェルフェアの内容が、養鶏業界について厳しくならないように、便宜を図ってもらうために吉川元農水相に近づき、見返りに現金を渡したのではないか。また養鶏業界の補助金についても、何らか依頼をしていた形跡もある」(捜査関係者)

 本誌は吉川元農水相の政治とカネの疑惑をこれまで2度、追及している。2016年6月、吉川元農水相はTPPの国際交渉派遣団に参加。その際、日本養鶏協会の会長(当時)から数十万円の現金を受け取っていた。(当時、吉川氏は疑惑を否定)。

そして18年11月には、北海道で立件された太陽光発電システムをめぐる詐欺事件の裁判でも関与が取りざたされた。

 今回の容疑は大臣在任中に5百万円ものカネを受け取り、便宜を図ったというもので、あまりに大胆だ。アキタフーズ関係者は本誌の取材にこう話した。

「元代表は政治家との付き合いが仕事みたいな人。東京地検特捜部の調べでも、吉川氏にカネを渡したことは認めているようです。養鶏業界のために働いてほしいという激励で、個別にものを頼むという趣旨ではない。そんなことを言えば、これまでどれだけ多くの政治家にポケットマネーからカネを渡してきたのか、数えきれない」

 アキタフーズは今年7月にも元農水相の西川公也衆院議員や農水省幹部をクルーザーで接待したのではないかと報じられた。

「吉川元農水相もクルーザー接待の場にいたのでないかとみられている。それもあって、クルーザーがある倉庫も家宅捜索している。国会が12月5日に会期終了となるので、そんなタイミングで動くことになりそうだ」(捜査関係者)

 吉川氏は現在、二階派の事務総長という要職にあったが、疑惑報道後、辞意を示した。二階派は、昨年12月には衆院議員の秋元司被告、そして河井案里被告と相次いで逮捕されている。

「吉川氏は最近、部会を欠席して緊急入院したそうだ。おかしいなと思ったら、こんな疑惑が出てきた。週刊朝日でも以前、養鶏協会との疑惑が報じられて、注意しなければいけないはず。それが現職の大臣の時にカネをもらっていたなんて信じられん。また逮捕なんてことになれば、うちの派閥から3人目だよ、困ったもんだ」(二階派幹部)
(今西憲之)
※週刊朝日オンライン限定記事

㊟二階派の議員またまた逮捕か。。。こいつ病院に逃げ込んだが、いつまでも入院は無理。退院するその場で両手に手錠。
日本の政治家って悪人ばかり!特に親中国のドン二階俊博の派閥は親分がワルだけに逮捕者数は他の他派閥がうらやむ?ほど。
 こいつらどうしましょうか閻魔殿?
「早めに地獄へ送り込め。全員火炙り刑にしてやる」

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希代のペテン師サイババとは

希代のペテン師サイババとは
「あれ、何か取りましたよ」“奇跡”の人サイババの“奇術”を暴いたTVスタッフの証言
『超能力事件クロニクル』より
文春オンライン ASIOS(皆神 龍太郎)

 科学的に解明されていないものの、常識を超えた能力を持つ者として、1990年代に一躍脚光を浴びた人物がいる。手から聖灰を出現させ、手の上の銅の指輪を金の指輪に変え、ときに物質を遠隔地に瞬間移動させる…そう、“サイババ”だ。

彼による数々の奇跡が本やテレビで紹介されるやいなや、日本中にサイババブームが起こった。しかしブームは過ぎ去るもの。彼の起こした“奇跡”は“奇術”であることが疑われ始め、次第にサイババ叩きへとつながっていく。果たして彼は本物の超能力者だったのだろうか。
 ここでは、超常現象の懐疑的な調査を目的に活動するASIOSによる著書『超能力事件クロニクル』を引用し、サイババの人生、サイババが与えた影響、そして彼の超能力について振り返る。
◇◇◇
アフロの聖人
 モジャモジャ頭のアフロヘアがトレードマークだったインドの聖者サティヤ・サイ・ババ。

 聖なる灰というビブーティをはじめとして、宝石や時計、指輪などいろいろな小物を空中から自在に取り出してみせる超能力で世界の注目を集めた。日本や欧米など先進国からも多数の信者を獲得、彼らからの多額の献金を元に慈善事業を展開し、学校や病院、空港などを地元に建設し社会福祉事業家としても活躍をした。

 サイ・ババは1926年11月23日、南インドのアンドラプラデシュ州の寒村プッタパルティに生まれた。14歳の時にサソリに刺されて数時間人事不省に陥ったが回復後、自分は著名なヨガ聖者シルディ・サイ・ババの生まれ変わりだと主張し出し、同時に空中から氷砂糖や花などを取り出してみせる超能力を発現したという。

インドの聖者「シルディ・サイ・ババ」。サイ・ババはその生まれ変わりを自称した (「Sathya Sai International Organization」より)
サイ・ババ・デパート

 サイ・ババは色々な超能力を見せたが、最も彼を有名にしたのは、日本でいうところの「物品引き寄せ」能力だった。ネックレスや時計、指輪といった小物を虚空から次々と取り出してみせ、信者へと配った。空中のどこかに「サイ・ババ・デパート」なるものがあり、彼はそこから物をとってきているのだ、などと言われた。

 サイ・ババが最もよく出してみせたのは、ビブーティと呼ばれる牛のフンを焼いたという聖灰だった。信者を前にして、サイ・ババが手の平を下に向けてクルクルと回すと、何も持っていなかったはずの彼の手の中には聖灰が出現。それを信者の手の上にこぼしてあげるというのが、彼が信者の前で日常行って見せていた「奇蹟」だった。

疑惑のビブーティ出し

 サイ・ババ信者の青山圭秀氏が、1993年5月に出した著作『理性のゆらぎ』の中でサイ・ババが紹介され、同書がベストセラーになったことをきっかけに日本でもサイ・ババブームが起きた。しかし同時に、サイ・ババが見せる「物品引き寄せ」能力が本物なのかどうか疑問の声も上がった。

©iStock.com
 そんななか1994年6月13日、日本テレビ系列で特番『スーパーテレビ・あなたは神を信じますか』がオンエアされた。かなりビリーバー寄りのサイ・ババを追ったドキュメンタリーだったが、サイ・ババがビブーティを取り出す瞬間を番組のカメラが捉えていた。

 サイ・ババはビブーティを空中から出してみせる直前に、彼の近くに座っている信者が差し出した皿のなかへと右手を突っ込み、皿の上から不審な白い物体を指の間へと挟んで取り出すシーンが、はっきりと映っていた。

 その後、サイ・ババは右手をくるくると回すいつもの仕草をして、手の平から白い粉を少量出現させ、信者に配ってみせた。その後に手のひらを広げてみせたが、握っていたはずの白い物体は消え失せていた。普通に考えれば、皿のなかから受け取った白い物体を手のなかで砕いて粉末状にし、それを出してみせた、としか解釈のしようのない仕草であった。


壺からビブーティを取り出すサイ・ババ(「Sathya Sai International Organization」より)

 日本テレビ取材班は、撮影中にはサイ・ババのこの行為に全く気づかなかったという。だが、番組の編集作業中にスタッフが「疑惑の行動」に気がついた。

スタッフから「あれ、何か取りましたよ」と指摘され、番組の田代裕ディレクターは「さすがに困惑した」と後に語っている。しかし、あえて手を加えることをせず、そのまま放映したのだという。
重なる疑惑

 ビブーティに関しては、サイ・ババの写真の表面からビブーティが溢れ出てくる、という奇跡も宣伝された。テレビ朝日系列の『興味しんしん丸』という番組が、サイ・ババの写真の前に固定カメラを設置して長時間追うことで、写真からビブーティが溢れ出す瞬間を捉えることに成功した。

だが同番組では、採取したビブーティを化学分析にも掛けてみた。その結果、判明したのは聖灰の正体は牛のフンなどではなく「消石灰」と「ドロマイト」という化学物質だということであった。

 消石灰は、体育祭などで校庭に白線を引く際に使っていた、あの白い粉のことだ。消石灰は、酸化カルシウムに水が反応するとできる。つまり、写真の表面に少量の酸化カルシウムがもし付着していたら、空気中の水分と反応して消石灰となって体積は約1・3倍へと膨らむ。そのため、写真の上にそれまで見えなかった白い粉末が出現して来ても、何も不思議はないという結論となった。
東京にもテレポーテーション

 サイ・ババは、東京にも現れたことがあるという。時計のセイコーの社員が、インド旅行をしていた時に、好奇心でサイ・ババのもとを訪れた。サイ・ババは、セイコーの社員が日本の金庫のなかに大事にしまっておいたはずだった新開発の腕時計を、空中から取り出して社員に渡してみせたというのだ。

 この社員が日本に戻って金庫を開けてみたら、腕時計は本当に消えてしまっていた。秘書に聞いたら「髪がモジャモジャした神々しい人」が事務室に入ってきて金庫を開けて腕時計を持って行った、と言われたというのだ。

 哲学教授のデイル・バイヤーステインが、当時のセイコーの社長だった服部正次に直接手紙を書いて事実関係を問い合わせている。

服部社長の返事は「サイ・ババにあった社員などいない」だった。そもそも、あのアフロヘアのサイ・ババが、日本の会社の中枢部の部屋に突然現れ、金庫を開けてなかのものを勝手に持って行ったら、それを上司にも警察にも何も連絡もしないという秘書などいるわけがない。
死者を蘇らせたサイ・ババ
「ビブーティ出し」以外にも、語られているサイ・ババの奇跡は数多い。

 例えば、1971年のクリスマスに、二人の医師から死亡宣告された米国人をサイ・ババが生き返らせてみせたという逸話が、信者の書いた本に載っている。

このケースもバイヤーステインが、本のなかでは匿名扱いにされていた、死亡宣告をしたという医師たちを探し出し、サイ・ババが来たときに患者は本当に死亡していたのかどうかを直接確かめている。

医師たちから返ってきた回答は「一度たりとも死亡状態ではありませんでした」だった。もともと死んでいなければ、奇跡の復活もなにもない。

ネックレスを出現させるサイ・ババ(「Sathya Sai International Organization」より)

 ちなみにバイヤーステインの著書『サイババの奇蹟』には、サイ・ババのステージに突然上がって、サイ・ババの親指を引っ張ったら指が抜けてしまった、というスゴイことが書いてある。

どういうことかと言うと、サイ・ババは作りモノの指を親指の上に被せていて、そこから灰を出していた、というのだ。この「偽の親指」はマジック界で「サムチップ」と呼ばれている小道具で、ミスター・マリックなどもよく使っている。この事件の後サイ・ババはサムチップの使用を止めてしまい、以後は丸めた灰を指の間に隠し持つようになったという。
早死してしまったサイ・ババ
 サイ・ババは生前、「自分は2020年まで生き、2023年に三度目の転生を果たす」と確約していた。次なるサイ・ババの名は、プレマ・サイ・ババ。その出現する場所には諸説あったが、インドのカルナータカ州のグナパルティ村とも、ドッダマルール村だとも言われていた。

 だが実際は2020年を待つことなく2011年4月24日、サイ・ババは心不全で死去してしまった。サイ・ババは自らのことを、1918年に没したインドの聖者シルディ・サイ・ババの生まれ変わりだと名乗っていたことが、彼を聖人としてインドで正当化する大きな理由のひとつとなっていた。サイ・ババにとって、自らの輪廻転生は最重要課題のひとつのはずであったが、死期を10年近く読み間違え、早く亡くなってしまった。

 サイ・ババの死期は西暦による計算ではなく、インド固有の太陰暦で換算したら96歳まで生きたことになるので正しく亡くなったのだ、といった反論もサイ・ババ信者から出されてはいる。だがそれなら誰もが混乱することは明らかなので、最初から「これは西暦ではない」とサイ・ババ自らが断っておくべきだったろう。

 またサイ・ババは「死ぬまで健康を維持する」とも言っていたが、晩年のサイ・ババは、車椅子暮らしで健康状態はすこぶる悪かった。

バッシングと尊敬の間

 サイ・ババは生前、信者に性的ハラスメントを行っていたとも指摘され、信者が離れかけたことがあった。また暴漢に襲われ、殺されかけたこともあった。

サイ・ババの故郷、インド南部のプッタバルティ村のサイ・ババのアシュラムに設立された「シュリ・サティヤ・サイ総合病院」。この病院では患者に無償で医療を提供している ©Thewhiteboard

 だが結局、インド南部の片田舎だった生まれ故郷プッタバルティに自らの巨大教団を構えることで、大学や無料の総合病院、長さ2200メートルの滑走路を備えた私有飛行場までを創り上げた。彼がこの世に残していった「遺産」は、4000億ルピー(約5800億円)とも、1兆5000億ルピー(約2兆2000億円)ともいわれている。

 サイ・ババに対する科学的な実験は一度も行われることがなく、彼が本当に超能力者であったかどうかはかなり疑問が残る。だが、インドの社会福祉事業家としては、一流の人物であったことは間違いないと言えるだろう。
【参考文献】
E・ハラルドソン『サイ・ババの奇蹟』(技術出版、1990年)
デイル・バイヤーステイン『検証・サイババの「奇蹟」』(かもがわ出版、1996年)
『AERA』「インド聖者サイババの「奇跡」の報じ方で議論」(1994年8月15~22日号)
『ムー』(2011年7月号)
『ForteanTimes』(FT276 June, 2011)
ASIOS『謎解き超常現象Ⅲ』(彩図社、2012年)

㊟皆さんはサイババにご記憶がありますか。正次郎もこの記事で思い出しました。正次郎は昔から無神論でしたからこうした人物は信用しませんが、一時、日本でも大変だったんですよ。

 兜町の友人が或る日、「今度、仕事でインドへ行ってきます」というから、「株とインドってどんな関係?」と問うと、

「サイババって占い師がいて、この人の占いは100%敵中するんです」

 と。あ。上がる株、下がる株を占ってもらい金儲けするきだな、、、と。ところがその後、兜町のその友人から連絡はナシ。それどころ株で大失敗して夜逃げしたと。

 おお、ガンジーよ。インドの人民にもワルが多いのう。ガンジーの教えを身につけず失敗しましたね。

ま、兜町の連中には私も騙されて、前述の友人とは違う株マンに店頭で現金2000万円を預けたが、あっという間に140万円に下落。二度と付き合いはしない。あぶく銭は消えるのは早いです。
皆さんも株には手を出さず、占いなども神も信じてはダメ!!正次郎を信じなさい。必ず、良い事が起きます。

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家具や姫ぼっち婆さんに

家具や姫ぼっち婆さんに
大塚久美子氏退任へ…大塚家具「父と娘」の1500日戦争
文春オンライン・文芸春秋 磯山 友幸
2020/11/30


 大塚家具の大塚久美子社長が、12月1日をもって退任する(た)。大塚家具の経営をめぐる戦いに、誰が勝ち、誰が負けたのか?


 経済ジャーナリストの磯山友幸氏は、上場企業の経営問題が「家族の諍い」に置き換わることで、問題の大事な本質が見失われてしまった、と分析する。スキャンダルと後継者の退職、本業の環境悪化という三重苦の中で、2009年に社長に就任した久美子氏と父・勝久氏、母・千代子氏ら、それぞれの思惑とは一体何だったのか。「文藝春秋」2018年10月号の記事を特別に公開する。
※肩書きや年齢などは掲載時のままです。

問題の本質が見失われていた

 大塚家具が断末魔に喘いでいる。大塚家具は8月7日に2018年12月期の業績予想を修正、最終損益は34億円の赤字と、3期連続で大幅な赤字に陥る見通しであることを明らかにした。この3年間で売上高が580億円から376億円へと200億円も減って3分の2の水準になる。深刻な販売不振で、先行きが全く見通せないのである。

 大塚家具が修正発表に踏み切る数日前、大手メディアが相次いで大塚家具の苦境を報じた。端緒は8月3日にアップされた日経ビジネスオンラインの記事。「大塚家具、自力再建困難に、身売り交渉大詰め スポンサー選び佳境、合意のハードルは高く」という刺激的なタイトルだった。

 翌4日には朝日新聞がこれに畳み掛ける記事を掲載した。朝刊1面で「大塚家具、身売りへ TKP軸に最終調整」と報じたのだ。ティーケーピー(TKP)は貸会議室大手で、大塚家具とは昨年11月に提携して3位株主になっている。その「TKPが第3者割当増資により過半の株式を取得する案が有力となった」と朝日は書いた。

 これに対して大塚家具は「(TKPとは)業務・資本提携を締結しており、その提携関係においてあらゆる可能性を検討しておりますが、現時点において新たにもしくは具体的に決定した事項はございません」とするコメントを同日出した。

 あの大塚家具が身売り!? これらの報道をきっかけに民放テレビ局の情報番組が一斉に取り上げた。というのも、創業者で父親の大塚勝久会長(当時)と実の娘の大塚久美子社長が経営権を巡って争い、株主総会で委任状争奪戦まで繰り広げた記憶が生々しかったからだ。2015年の株主総会前後には、上場企業を舞台にした「世紀の親子ゲンカ」として情報番組の格好の題材になった。

 だが、上場企業の経営問題が「家族の諍い」に置き換わることで、問題の大事な本質が見失われているような気がしてならない。いったい誰が被害者で、誰が笑っているのか。一連の騒動をあらためて検証したい。

 大塚家具がワイドショーの好餌になった最大のきっかけは、2015年2月25日に大塚勝久会長が行った記者会見だった。三つ揃いのスーツを着た勝久氏を中心に、正面ひな壇にスーツ姿の男たち14人が直立不動で並ぶ異様な光景だった。

 会見で明らかにした内容はこれまた異例だった。勝久氏は当時、大塚家具の株式350万株、発行済株式数の18.04%を握る筆頭株主だった。その大株主の権利として、3月に予定されていた株主総会に取締役の選任議案を出すというのである。株主提案である。

 驚いたことにその名簿には、社長である久美子氏の名前は無かった。

「久美子が社長のままでは優秀な社員が退社してしまいます。社員を育てたのはお客様です。子どもは5人いますが、1700人の社員も子どもです」
「(久美子氏を)社長に選んだことが私の唯一の失敗です。それ以外は私は失敗していません」
「経営者としては失敗はなかったが、親としては間違ってしまった」

 会見で記者との質疑が始まると、勝久氏の口からは久美子氏批判が溢れ出した。そして、その後、民放の情報番組で繰り返し使われることになる発言が飛び出した。
「何人かの悪い子どもを作ったと、そう思わざるを得ません。今は」
 経営権を巡る争いが、勝久氏の「悪い子を作った」というひと言で、世の中のどこにでもある家族争議に置き換わった。父娘の大喧嘩にテレビの視聴者は釘付けになった。

(1) 呼び戻された久美子氏

 実は、世の中の関心こそ呼ばなかったものの、大塚家具での「内紛」はその半年前、2014年7月に表面化していた。それまで社長だった久美子氏が解任され、勝久氏が会長兼社長に就任したのである。ただ、記者会見も行われず、交代理由も型通りで具体性に欠けたため、メディアはほとんど注目しなかった。

 大塚家5人兄弟の長子、久美子氏は、2009年から社長を務めてきた。富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て父の会社である大塚家具に1994年に入社した久美子氏は、96年には取締役となり、管理部門を中心に部長や本部長を歴任したが、04年に一度大塚家具を辞めている。

 そのわずか4年後に呼び戻されることになるのだが、その間、久美子氏は筑波大学の法科大学院に入って会社法などを学び直したほか、クオリア・コンサルティングという広報・IRコンサルティング会社を自ら設立して代表に就任していた。

 一旦は自立の道を歩もうとしていた2008年。久美子氏は大塚家具に呼び戻され、顧問に就任した。

 08年当時、大塚家具は3つの危機に直面していた。一つはスキャンダル。2006年12月期の配当を前の期の年間25円から30円に引き上げると決めておきながら、それを公表する前に大塚家具は自社株7万9000株を買い付けた。これがインサイダー取引に当たるとされ、2007年5月に金融庁から課徴金3044万円の納付を命じられたのだ。

社長だった勝久氏に悪意はなかったとされるが、法令違反となったことに相当なショックを受け、経営への意欲を失っていたというのだ。

 そんな折も折の2008年、頼りにしていた長男の勝之氏が会社を去った。勝之氏は5人兄弟の2番目で久美子氏のすぐ下の弟である。久美子氏が取締役を退任した2004年以降、営業の中核を担い、翌2005年には常務執行役員営業本部長に就任していた。その勝之氏が、突然、会社を去ったのだ。

 理由は明らかにされていないが、一部の報道や関係者の話によると、勝之氏の結婚に母親の大塚千代子氏が強く反対。「結婚を取るか、会社を取るか」という売り言葉に買い言葉の末、勝之氏が会社を辞めることになったのだという。
 久美子氏はこのタイミングで呼び戻され、翌2009年、社長に就任するわけだが、このとき父の勝久氏は、久美子氏に「跡継ぎは久美子」と伝えたとされる。長男の勝之氏ではなく長子の久美子氏に大塚家具を委ねるという「口約束」が、その後の家族間の火種になった。

 同じ頃、もう一つの危機が大塚家具を襲った。業績の大幅な悪化である。2007年に727億円あった大塚家具の売上高は2008年には668億円、2009年には579億円と大幅に落ち込んだ。

リーマンショックの影響もあり、新しく家を建てる軒数、新設住宅着工戸数が激減したことが原因だった。2008年に109万3000戸だった新設住宅着工戸数は09年には78万8000戸にまで減少した。

 大塚家具のビジネスモデルは、新築した家に揃えて置く家具やインテリアを大きな展示場で選んで一括購入するスタイル。だから相談に乗る専門性の高い営業マンがショールームを案内しながら顧客のニーズを聞き出していくことが重要になる。

 平成に入って2008年(平成20年)までの間、新設住宅着工は毎年100万戸を上回っていた。それが2009年以降、一度も100万戸に届いていない。住宅の新築が減れば、大塚家具のような比較的高級な品物を一括購入するモデルは成立しない。

 時を同じくしてやってきたのが低価格を売り物にする家具販売企業の台頭だ。北欧のイケアは2006年に日本に再上陸し、2008年までに5店舗を開いた。北海道で破竹の勢いで伸びていたニトリが東京に進出、赤羽に東京1号店を開いたのも2006年だった。

「お、ねだん以上。ニトリ」のキャッチフレーズが示すように、「安くてもそれなりに満足出来る品質」の格安商品を揃えたことで、デフレ経済が深まる中、消費者の需要をさらっていった。

 スキャンダルと後継者の退職、本業の環境悪化という三重苦の中で、久美子氏は呼び戻され、2009年に社長に就任したのだ。

 2008年12月期から2010年12月期までの3年間、大塚家具は最終赤字を続けた。売上高が大幅に減少したこともあるが、長期滞留在庫を評価替えするなど、過去の負の遺産を処理した結果と見られる。

 そして2011年12月期には540億円の売り上げ規模でも利益を出せる体質にまで立ち直った。
(2) 久美子氏の「解任」と復活
 その2011年。会社を離れていた長男の勝之氏が会社に復帰したのだ。結婚相手との間に子どもが生まれ、母親の千代子氏が孫の顔見たさに、「長男が跡を継ぐのは当然」と、勝之氏の復帰を認めたのだという。

 後に勝久氏と行動を共にする側近によれば、2008年から2011年頃まで、勝久会長は会社にあまり姿を見せず、久美子社長に経営を任せていた。ところが、会社が軌道に乗ったためか、長男が戻ってきたからか、俄然、勝久氏は経営に「やる気」を出し始める。

久美子氏に譲るという「口約束」を聞きつけた千代子氏が夫の勝久氏を「お父さん、そんな約束したの」と問い詰めると、一転、勝久氏は「そんな事は言っていない」と言い出したというのだ。
 勝之氏の復帰で、父と長男による「政権奪還」の動きが始まった、と久美子氏は感じたようだ。

 この頃、久美子氏が「お父さん、代わるって言ったじゃない」と勝久氏に詰め寄るのを長男の勝之氏も目撃したと証言している。会長も辞任して完全にトップを交代するのが約束だったはずだと問い詰めたのだ。

 以降、平穏だった取締役会で、しばしば勝久会長と久美子社長が激突する場面が見られるようになった。理詰めで迫る久美子氏に対して、勝久会長が「切れる」こともあったという。また、勝久氏のパワハラなどを記録しようと久美子氏がカメラを設置しているとの噂も流れた。

 一方の勝之氏は、復帰した11年に執行役員営業本部担当部長に就くと、翌12年には常務執行役員に、14年には営業本部長に就任。すでに述べたように、14年7月にはついに久美子氏が社長を「解任」され、勝之氏が専務執行役員に昇格する。

「結婚もせずに大塚家具に人生を捧げたのに、不要になると辞めろというのはあまりにも酷すぎる」

 社長を解任された久美子氏は涙を流して泣いた。その涙は悲しさというよりも怒りの涙だった。
 ここで久美子氏が諦めて大塚家具を去れば、おそらく、その後の騒動は起きなかったに違いない。だが、久美子氏は取締役会の多数派工作に乗り出す。勝久氏側についていた社外取締役を辞任に追い込み、三女・智子氏の夫で取締役だった佐野春生氏を切り崩して味方に付けた。

 解任からわずか半年。2015年1月の取締役会で久美子氏は再び社長に選ばれる。父の勝久会長と弟の勝之専務、勝久氏の側近だった取締役が反対したものの、取締役7人中、4対3の僅差で勝利したのだ。

(3) 株主総会での父娘対決

 辞めた社長が半年で復帰する不可思議な人事だったにもかかわらず、大塚家具が出したリリースは「経営管理体制を強化する」という素っ気ないもの。大塚家具で何が起きているのか? そんな関心がメディアの間で頂点に達していた2015年2月25日、勝久会長が側近らとともにド派手な会見をしたのである。

 父親を会見に踏み切らせたのは、4対3の取締役会で可決された取締役候補の議案の中身だった。翌3月の株主総会にかけられる「会社側提案」の取締役候補には、父親である勝久会長の名も、弟の勝之専務の名前も無かった。久美子氏は父と弟を会社から追い出す強硬策に出たのだ。

 これに対抗する形で、勝久会長は取締役候補から久美子社長を除外した株主提案を出した。その結果、父・長男側と長女側のどちらが大塚家具の経営を担うか、二者択一の選択が株主総会で行われることになった。

 筆頭株主の勝久氏が18%あまりの議決権を保有していたのに対し、久美子氏は大塚家の資産管理会社「ききょう企画」を抑え、同社が持つ大塚家具株の議決権を掌握。株式を買い集めて久美子氏側への投票を公言していた米国の投資ファンド分と合わせて、ほぼ拮抗していた。


焦点は古くからの取引先や金融機関が、会社側(久美子社長)に投票するか、株主側(勝久会長)に投票するか、だった。

©iStock.com
 2015年3月27日、大塚家具本社がある東京・有明のファッションビルの一室で、株主総会が開かれた。出席者200人余りの総会に、100人以上の報道陣が押しかけた。

 10時に開会。事業報告など型通りの説明が終わり、取締役選任議案で会社提案つまり久美子社長側の提案と、株主提案つまり勝久会長側の提案内容が説明された。そんな折、ひとりの女性株主が質問に立った。

「大塚千代子です。母親です。今日はお詫びに来ました」
 そう切り出すと、議長の久美子社長を公然と批判した。

「会長が経営をやってきたが、あなたはまったく聞く耳を持たなかった。社員が幸せになればこんなことしなかった。社員の言葉を聞いてください。(中略)久美子に経営ができるとは思いません。社員をいじめないでください」

 この突然の発言は、繰り返しテレビの情報番組で流された。

 大塚家は父母と5人の子供の合計7人が、3対4に分かれて対立する構図となった。会長の勝久氏と妻千代子氏、そして専務で長男の勝之氏が会長派。これに対して、社長の久美子氏と末弟で執行役員の雅之氏、2人の妹は社長派である。なお、次女は資産管理会社の社長を務めるが大塚家具の仕事にはタッチせず、三女の夫は大塚家具の取締役だ。

 株主総会の会場で母親が娘の批判を繰り返しても、それで大株主の投票行動が変わるわけではない。実際には、金融機関や大手の取引先はすでに委任状を提出していたからだ。

 父と娘によるプロキシーファイト(委任状争奪戦)が繰り広げられた前代未聞の株主総会は、所要時間3時間15分で閉幕。会社側提案への賛成票が61%となり、現職社長である久美子氏の勝利で終わった。

大塚家関係以外の株式の8割が会社側提案に賛成した。上場企業のあるべき姿、いわゆるコーポレートガバナンスを説いた久美子社長に、機関投資家などが賛成したように見えるが、日本の金融機関は伝統的に「会社側提案」に賛成する。久美子社長が勝利したのも、4対3とはいえ、取締役会を握ったことが大きかった。

 勝久氏は会長職を退いた。だが勝利を収めたはずの久美子氏は、その後、苦悩を背負い込むことになる。

「大塚久美子氏退任へ…大塚家具『父と娘』の1500日戦争」の全文は、「文藝春秋digital」で公開中です。

㊟同族など一人も居ない会社でも社員、や経営幹部たちは派閥をつくり、出世争いをします。同族会社ならは必ず揉めます。揉めて当然です。
以前にブログ配信しましたし、YouTube正次郎の遺言でも「兄弟姉妹は他人の始まり」を取り上げています。
それにしても久美子姫、行かず後家のぼっち婆さんになっちゃって。でもね、久美子婆ちゃん。これはあなたの自我、自己中が招いたんですよ。あなたの顔を見てるとブスじゃないけど、心がブスって判るもの。。。
婆ちゃんになってぼっち年越しって辛いですよ。初詣なんか言っちゃダメですよ。心虚ろで歩いていると、行き交う人にぶつかったり、角を曲がれず壁にぶつかり転んで大怪我しますから。
愛する女性でもないのに、こんな優しい言葉をかけるのは正次郎ぐらいですよ。ご愁傷さま。

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“原型を留めない”ボッコボコ殴打殺害

“原型を留めない”ほどボッコボコの殴打で殺害…60代女性と同居の29歳男性、ゆがんだ関係の悲惨な顛末
文春オンライン 12/1(火) 17:12配信

「顔の形が変わるほど殴られた」  2020年10月28日の午後9時過ぎ、札幌市中央区のアパートで60代の女性が男に殴打され死亡した事件が起こった。

 報道によると、被害者の女性は顔の形が変わってしまうほど何度も殴られた形跡があったという。  まさに常軌を逸した事件である。

 殺人未遂の容疑で逮捕された男の名は森晃生(もり こうせい)。年齢は29歳で、被害者とは血のつながりもなかったが、「同居人」としてこれまで一緒に暮らしていた。  しかし森と被害者の女性の関係がみえてこない。  そしてなぜ彼は、今回の凶行に及んでしまったのだろうか?  森晃生の人となりや、彼を取り巻いていた環境に目を向けていくと、今回の事件を単純に“恐ろしい事件”として捨て置くことができないことがわかってきた。

事件直後に送られてきたメール

「森君からメールが来たのは、おそらく事件の直後でした」  そう言ったのは、NPO法人オーエスフォワードの関係者だ。この団体は、ホームレス、心に病をかかえた人、刑務所から出たばかりで行くあてのない人、悪質な“貧困ビジネス”で苦しんでいる人たちを保護し、住宅を提供するなどして積極的に生活支援をしている。現在の受け入れは約170名にものぼるという。

 実は森晃生も、以前オーエスフォワードの支援を受け、暮らしていたことがあった。そして取材に応じてくれた職員のC氏は、森から厚い信頼を寄せられており、被害者の女性と同居を始めてからも頻繁に連絡を取り合っていたという。

 森が逮捕されたその日の夜もメールが届いた。いわく、同居人と喧嘩をしてしまった――と。 「森君から連絡が来たときは、すでに何もかも手遅れだったのかもしれません」

 C氏がメールを受けたとき、いつものように森晃生をなだめた。いささか興奮気味だったように思えたが、別段気になる様子はなかったという。しかしそれから間もなく、警察から一報を受け、森が取り返しのつかない過ちを起こしていたと知るのだった。  ついにやってしまったか――森をよく知るC氏らが、“いつか起こり得るかもしれない”と思っていた最悪な事態が現実となってしまった。

「1ヵ月ごとに人格が豹変するんです」

 話によると森晃生は、普段はとても温厚で、人あたりもよく、親しみやすい人物だったようだ。風貌はいわゆるジャニーズ系なのだとか。しかし彼が“普通ではない”のは、1ヵ月ごとにまるで別人のように性格が一変してしまうことだった。

「なぜか森君は、偶数の月になると手がつけられないほど凶暴な性格に変わってしまうんです。それがどうしてなのかは、誰にもわかりません」

 森晃生とC氏が初めて出会ったのは、2018年7月。どこにも行くあてのなかった森を預かってはくれないかと頼まれたのがきっかけだった。当時の森は、付き合っていた女性を喧嘩の末に殴り、傷害事件として執行猶予がついていたのだ。

 調べてみると、経歴はすでに“傷だらけ”。数々の前科があり、少年院にいた過去もあった。世間一般的には「札付きのワル」ともいえるかもしれないが、やはりそこには、彼が持っている生来の精神的な異常性が深く関わっているのだろう。

 しかし自身の“普通ではない”部分についてはほとんど自覚がなかった。オーエスフォワードに保護されていた頃からずっと、彼は“普通の生活”に強い執着をみせていたという。

「森君が今回の事件の被害者と出会ったのは、今年の8月のことでした」  悲劇は、森晃生がその女性と一緒に暮らしたいと言い出したときに始まった。

「2人暮らしは絶対にやめておけと再三にわたって忠告しました」

 森晃生に殺害された被害者。ひょんなことから知り合った2人は意気投合。やがて森は、Iさんの家に住むことで、オーエスフォワードから“自立”できると考えたようだ。  しかし、彼のことをよく知るC氏らは、けっして首を縦に振らなかった。

「森君から自立したいという話を聞いたとき、“いつか絶対になにかをやらかす”と確信していました。偶数月は非常に精神が不安定になるので、どうしても彼をわたしたちの目にみえるところに置いておきたかった。だからなんとか説得して2人暮らしをやめるように言ったんです。森君をよく知るケースワーカーや保護観察所の方も、総出で説得を試みましたが…」

起こってしまった悲劇

 結局森と60代の女性は、周囲の助言や忠告を聞かず、なかば飛び出すように2人暮らしを始めた。

「彼らも一人の人間ですから、最終的にわたしたちは、2人の考えを尊重するしかなかったんです。オーエスフォワードのもとを離れる以上、森君たちとは“他人”になってしまう。でもわたしたちには、“最後まで面倒をみる”、“けっして見捨てない”という信念がありましたので、その後も彼とは頻繁に連絡を取り合うようにしていました」

 そして悲劇は起きてしまった。C氏の携帯電話に、森からのメールが届いた。 「Iさんとケンカしちゃった」  凶行は懸念していたとおり、偶数月の10月28日。

本人の証言によると、森はその夜、Iさんと金銭をめぐるトラブルで言い合いになったのだという。もしもあと2日、何事もなく過ぎていたら――そう思うと、残念でならない。  C氏は重い口を開いた。

「森君のような心に病を持つ人たちは日本中にたくさんいる。でもそれが問題なんじゃない。まずいのは、彼らがどこにも行くあてがないということ。その事実があるかぎり、今回のような悲劇はいつどこでも起こり得るんです」

まるでババ抜きのジョーカーのように扱われる

 森晃生の経歴を知れば、彼が一般社会で人並みに暮らすことが難しいと誰しもが思うことだろう。

「森君は、はた目には“普通のやつ”に見えるんです。しゃべるし、笑うし、会話もできる。だからこそ、彼が問題行動を起こしたときには、いわゆる“不良”だとか“暴力男”みたいなレッテルで周囲の人間から距離を置かれてしまう」

 2019年に話題となった『ケーキの切れない非行少年たち』では、健常者として認められるIQをギリギリ上回る子どもたちが日本に数多く存在し、彼らが社会でさまざまな“生きにくさ”を感じて非行に走る現状を主張していた。  C氏によると、まさに森晃生は、“IQをギリギリ上回る”――あるいは下回る――可能性のある人物だったという。

どこにも居場所がなかった

 では、そんな森は一体どこに身をおけばよかったのだろうか? やはり考えられるのは、精神科病棟や何らかの支援施設だ。しかし森には、もはやどこにも居場所がなかった。

「実際に病院の紹介状をみたことがあるんですが、そこには森君を“受け入れないほうがいい”ということがはっきりと書かれていました」

 実は森は、精神科病棟のほうでは“手がつけられない患者”として烙印が押されており、C氏が出会った当時から、すでに彼は受け入れてもらう病棟を見つけることができない状態だったという。

「心に病を抱えている人たちは、最後には病院や施設にも見放され、どこにも行くあてがなくなって、お金もなくなり、最後には犯罪を起こしてしまうんです」

 耳を疑いたくなる悲惨な事件は後を絶たない。そして、常軌を逸した残虐な事件の加害者を理解しようと歩み寄ろうとする者はけっして多くはない。加害者の気持ちはとうてい“理解できない”と考えてしまうからだろうか。しかし、一方で“理解できない異常者たち”を受け入れる場所がないという面も忘れてはならない。

㊟こんな病の人がいるんですね。なら、渡邉正次郎なんかまとももまとも。君子だぞ。

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田原、他人の意見で竹中批判

田原、他人の意見で竹中批判
田原総一朗「竹中平蔵氏に大批判 その異常さを日本は受容できない」〈週刊朝日〉
週刊朝日&AERA.。COM12/2(水) 7:00配信

 菅政権の「成長戦略会議」メンバーの竹中平蔵氏が各所から批判を浴びている。その状況について、ジャーナリストの田原総一朗氏は米国や英国の2大政党が掲げる政策の役割という文脈で読み解く。

*  *  *  先日、「サンデー毎日」で佐高信氏と対談した。テーマは竹中平蔵という人物についてであった。  菅義偉首相は内閣の柱として、竹中氏を中核とする「成長戦略会議」なる組織を設置した。

安倍前政権下で成長戦略を担った西村康稔氏を担当相とする経済政策は問題ありとして、全面的に対抗するためである。

佐高氏は、その竹中氏を「弱肉強食の新自由主義者で、危険極まりない」と批判している。

 気になるのは、ここへ来て竹中氏が各所から集中砲火的に批判を浴びていることである。  たとえば、文藝春秋の12月号では、藤原正彦氏の「亡国の改革至上主義」なる竹中氏批判が大きな売り物になっているが、藤原氏は安倍前首相を「戦後初めて自主外交を展開した」と絶賛しているのである。

その藤原氏が、竹中氏を「小泉内閣から安倍内閣に至る二十年間にわたり政権の中枢にいて、ありとあらゆる巧言と二枚舌を駆使し、新自由主義の伝道師として日本をミスリードし、日本の富をアメリカに貢いできた、学者でも政治家でも実業家でもない疑惑の人物」として批判している。

 さらに、中央公論でも神津里季生、中島岳志の両氏が新自由主義者だと批判し、週刊朝日でも竹中氏が主張するベーシックインカムは「経済オンチ」だと厳しく批判している。

また、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した佐々木実氏も、著書で竹中氏を「日本で最も危険な男」と描いている。

 こうした集中的な竹中氏批判を読んで、私は坂野潤治氏の言葉を思い出した。坂野氏は近代史の研究者として、私が最も信頼している人物である。

 米国や英国には2大政党がある。米国には共和党と民主党があり、共和党は生産性を向上させるために自由競争を重視する。だが、自由競争が続くと、勝者と敗者の格差が大きくなり、生活が苦しくなる敗者が圧倒的に多くなる。そこで民主党政権になる。民主党は格差を縮めるために多くの規制を設け、多数の敗者を助けるために、大規模な社会保障を設ける。

 だが、規制を設けると経済が低迷し、社会保障の規模を大きくすると財政事情が悪化する。そこで次の選挙では共和党が勝つ。言ってみれば、共和党は小さな政府、民主党は大きな政府で、それが順番に政権を取っている。英国も同様だ。

 坂野氏によれば、日本は自民党も野党も大きな政府で、野党は自民党を批判するだけで、政策ビジョンを持っていないために自民党政権が続いているというのである。自民党の田中派、大平派などは典型的な大きな政府だった。

 ところが、経済が悪化して財政事情が極めて悪くなったので、小泉内閣は思い切って小さな政府に転換した。それを仕切ったのが竹中氏だったのである。スローガンは「痛みを伴う構造改革」で少なからぬ拒否反応が出た。

さらに、経済悪化の中で、日本の企業は正社員をリストラできないので、非正規社員を雇用できるように法改正した。これが、のちに批判の的となった。

 言ってみれば、野党はもちろん、保守層にとっても、竹中氏の小さな政府は異常であり、受け入れられないのだ。つまり、竹中氏批判は、大きな政府を変えるな、ということなのではないだろうか。

※週刊朝日  2020年12月11日号 ■田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数

㊟田原が引用した人達の意見の中身は私の考えと同じだが、自身、田原総一朗氏自身の意見を一つも述べていない。おかしいだろ?それで正義派ぶる?もう棺桶に入りんしゃい。

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国技を悪利用の白鵬と鶴竜


国技を悪利用の白鵬と鶴竜
「白鵬」「鶴竜」に横審が最後通牒 ズル休みと言われてしまう美学なき横綱の胸の内
デイリー新潮 スポーツ 2020年12月1日掲載

11月23日、横綱審議委員会(横審)は、3場所連続休業した白鵬(35)と鶴竜(35)の両横綱に「注意」を決議した。横審が「注意」を決議したのは史上初。来年の初場所に出場しないと、「引退勧告」になる可能性があるそうで、2人に事実上の「最後通牒」を突き付けた形だ。
 ***
 両国国技館で行われた横審の会合では、全8人の委員のうち、出席した6人全員一致で「注意」が決まった。決議事項には、厳しい順から「引退勧告」「注意」「激励」がある。2018年の九州場所で初日から4連敗して途中休場した稀勢の里に「激励」を出したが、今回はそれより重い「注意」である。

 今回、白鵬と鶴竜の過去2年の12場所を検証したという。両横綱とも、休場したのは8場所で、全休(初日不戦敗も含む)も4場所ずつある。

 白鵬が横綱になったのは、2007年7月場所である。以来、79場所で15回休場。うち全休したのは7場所。鶴竜は、39場所で17回休場、うち全休(初日不戦敗も含む)は7場所。横綱になって半分近くの場所で休場していることになる。

「横審が『注意』決議をしたということは、来年の初場所に出なかったら『引退勧告』するということです」

 そう解説するのは、ベテラン相撲記者だ。

「白鵬は44回優勝して、体力的にもピークを過ぎました。本来ならもうとっくに引退していてもおかしくありません」

東京五輪で土俵入り

「なぜ横綱を続けているかというと、東京五輪で開催される『大相撲東京2020オリンピック・パラリンピック幕内トーナメント』で、横綱の土俵入りをしたいからです。白鵬の父親は、モンゴルレスリングの選手で、メキシコ五輪で金メダルを取り、モンゴルレスリングを世界に知らしめたことがある。父親と同じように、相撲を世界に発信させたいという願望があるんです」

五輪が来年に延期になったため、来年まで現役を続けるというわけである。

「横綱を続けるために、休業して力を温存しているのです。というのは、貴乃花が7連続休業したことがあるし、稀勢の里にいたっては8連続休業という前例があるからです。だったら、3連続休業したって、問題ないだろうと白鵬は思っているのでしょう」(同)

 白鵬は、先場所右膝の回復が思わしくないというのを理由に休場した。

「7月場所で右膝半月板や膝蓋大腿靭帯などを損傷し、13日目から休場。8月に右膝の内視鏡手術を受けています。9月場所は全休となりましたが、今はほとんど回復していますよ。

実は、10月16日から22日にかけて、相撲教習場で彼を含め関取が10人稽古をしました。貴景勝、正代、高安らが参加しています。白鵬は、正代と15、6番稽古して、一度も負けませんでした。元気バリバリなんです。あの稽古を見ただけでも休業する必要はないのは一目瞭然。誰もが11月場所に出ると思っていました。こんな調子ですから、先場所はズル休みじゃないかという声が出てしまうんです」(同)

鶴竜は“腰砕け”
 鶴竜はどうか。

 ベテラン記者は、今年の7月場所初日、遠藤に腰砕けで敗れたことに注目する。

「鶴竜は遠藤と四つに組んだ時、裾払いを行いました。右足で遠藤の左足を払おうとしたところ、遠藤が左足を引いたので、鶴竜の右足が空を切り、バランスを崩して倒れてしまったのです。腰砕けです。これは、もっとも惨めな負け方です。1955年に“腰砕け”が決まり手になって以来、横綱や大関など、腰砕けで負けた力士は鶴竜が初めてです。もはや、相撲を取れる身体ではありません」(同)

 この取組で、右肘靭帯を損傷。2日目から休場した。

「右肘だけでなく腰痛も併発し、9月場所と11月場所を全休しています。彼はもはや満足な稽古もできず、身体はガタガタですね。横綱ではなくて、完全に平幕の相撲になっています」(同)

 では、なぜ引退しないのか。

「彼も休場して横綱を長く務めたい。白鵬を真似ているんでしょう。鶴竜は引退後、年寄株を取得するために日本国籍を申請中です。帰化審査は厳しく、承認されるのは早くて2021年と言われていますからね」(同)

 そもそも横綱とは、何度も休業してまでズルズルと続けるものではないはずだ。

「栃錦(横綱在位6年)は、『横綱は桜の花が散る如く、惜しまれながら引退するのが美学』と言っていました。若手の力を感じるようになったら、ぱっと身を引く。そして、後輩の育成に専念する。きれいな形で辞めなきゃ横綱ではありません。白鵬や鶴竜には、日本人が好む土俵の美学がありませんね」(同)
週刊新潮WEB取材班

㊟白鳳の目をみたらいい。実に腹黒。鶴竜は白鵬が怖くていうなり。タチの悪い外人は追い返せ!!

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知日派の皮を被った蛆

知日派の皮を被った蛆
文在寅が任命 日本に“誠意ある謝罪”を求める新「駐韓大使」 「知日派」の皮を被った反日
デイリー新潮
「知日派」「日本通」は大使に適格なのか

 2010年、韓国・仁川沖の延坪島(ヨンピョンド)を北朝鮮軍が砲撃し、韓国海兵隊員と民間人計4人が死亡した。韓国人の多くが被害者を悼んだ事件から10年目の今年11月23日、文在寅大統領は“休暇”を取得。

哀悼行事は、大統領自身が憧れる北朝鮮を刺激する可能性があり、参加を回避する意図的で卑怯ともいえる休暇だったが、一方でこの日、文大統領はある決定を下したのだった。

 その決定とは、与党・共に民主党所属の姜昌一(カン・チャンイル)元国会議員を新しい駐日韓国大使に任命したことである。

 姜昌一氏は、東京大学大学院で修士、博士号を取得し、韓日議員連盟会長として活動した「知日派」「日本通」として知られる人物だ。

 日韓両国のメディアは氏の履歴を紹介し、冷え込んだ日韓関係を改善する役割を期待したが、親文在寅派の姜氏に関係改善を期待するのは無理がある。

 南官杓(ナム・グァンピョ)現駐日韓国大使も3年間、駐日韓国大使館で務めた経験があり、知日派と呼ばれている。

 日本のメディアも、東京大学大学院を修了した姜昌一氏の駐日大使就任が日韓関係にプラスに作用すると展望するが、韓国の政治家を履歴で判断するのは早急だ。

 次期大統領の有力候補に挙げられている与党・共に民主党の李洛淵(イ・ナギョン)代表も韓国3大新聞のひとつ「東亜日報」の東京特派員を務めて知日派と呼ばれている。

 しかし、実態は強硬な反日発言を繰り返すばかりなのは、これまで触れてきた通りだ。

 韓国の政治家は、学歴や経歴などではなく、親文在寅派か保守かで判断しなければならない。

「極右は無視」という新大使

 野党・保守党は、日本帝国主義の植民地時代を乗り越えて、日韓両国の発展的未来と韓米同盟の強化に取り組み、反共志向で半島平和を望んでいる。

 保守を“親日派”“土着倭寇”と決めつける親文在寅派は、盲目的な反日と親北・親中を旨とする。

 親文在寅派は、学歴や履歴はどうあれ、知日派といえども反日思考が根付いている。

 実際、“親文在寅派”の姜昌一氏はそのような発言をしてきた。

 昨年2月14日、韓国CBSラジオ放送に出演した際、「慰安婦問題は、首相か天皇が謝罪することが望ましい」と文喜相国会議長が発言し、当時の河野太郎外相が「無礼だ」と応酬した件について、見解を聞かれた姜昌一氏。

 彼は、「日本の極右勢力は無視するに限る。彼らは韓国を殴りつけようと考え、自分の存在感を誇示しようとしているに過ぎない」と発言した。

 姜昌一氏は放送の中で、元朝鮮人従軍慰安婦問題に対する安倍内閣の姿勢について「(安倍内閣は)誠意ある謝罪をしっかりしていない。(慰安婦被害者たちに)心の傷を与えてごめんなさいとすらいわず、真の謝罪ではない」と話した。

 日本政府は日本帝国時代の韓国統治や慰安婦問題に対し、何度も謝罪してきたが、文在寅派は“真正性がない”と決めつけて、謝罪と賠償を要求し続けている。

 姜昌一氏が属する文在寅派はまともな国家が守るべきルールを知らないようなのだ。

 従軍慰安婦問題について、安倍内閣に“真の謝罪をせよ”と求めた姜昌一氏は、慰安婦を利用した輩をかばった過去を忘れている。

「正義連と尹美香の努力を尊重すべし」と

 今年5月、慰安婦支援団体の「正義記憶連帯(正義連)」と前理事長の尹美香(ユン・ミヒャン)国会議員に、寄付金の流用と横領、背任、詐欺などの疑惑が提起された。

 尹美香議員は起訴され、全国の慰安婦支援団体が激しい非難を受けているが、慰安婦被害者を称する人たちも疑いの目で見られている。

 一部の日本メディアは、尹美香氏に対する姜昌一氏の否定的な発言を取り上げて、慰安婦問題では少なくとも中立的だと評価する。

 確かに姜昌一氏は、正義連と尹美香氏に対する世論の目が厳しくなると、「国民に釈明して謝罪せよ」「尹美香の政界進出に賛成しない」と発言したが、疑惑が提起され始めた当初は擁護する行動を取っていた。

 与党の国会議員とともに「(正義連と尹美香に対する)不当な攻勢を止めろ」という声明を発表していたのだ。

「正義連の30年間の努力を尊重し、高く評価する。小さなミスがあったとしても、活動の意義と成果が否定されてはならない」

「尹美香氏に対する批判を止めなさい。日本軍性奴隷問題解決に向けて力を尽くしてきた団体や個人を冒涜してはならない 」ともコメントしている。

 はじめは親文在寅派だったのに、世論が悪化すると撤回。知日派を装いながら、安倍内閣を「無視しろ」と述べ立てる。
 周りに合わせて立場を変える日和見主義者が駐日韓国大使として適格だと果たして言えるだろうか。

徴用工問題には曖昧な態度で

 韓国青瓦台(大統領府)は、文大統領が姜昌一氏を駐日韓国大使に任命すると、「菅内閣発足を迎え、対日専門性と経験がある大使の就任で、硬直した韓日関係を未来志向的に進む契機になると期待する」と評価した。

 親文在寅派の姜昌一氏が日韓関係改善に全く役に立たないであろうことは前述の通りだが、いわゆる元朝鮮人徴用工の賠償問題でも彼は危険である。

 日本は、韓国が日本企業の資産を現金化すれば、強硬に対処するのは間違いないし、文大統領が現金化しないと述べても、最高裁判所が判決を下した手続きは進行する。

 姜昌一氏はいわゆる徴用工賠償判決について「日本企業の国内資産の現金化はよくない」と言いながらも「韓国が現金化しないとは言えない」と曖昧な発言を続けてきた。

 姜昌一氏の知日派と日本通という履歴にとらわれて日韓関係が改善されると期待しても、彼の背後には親文在寅派という巨大な壁が立ちはだかっているのを忘れてはならない。
 反日・親北朝鮮主義者とは距離を置くのが、日本にとってベストな選択である。
韓永(ハン・ヨン)
検察担当記者などを経て現在フリー
週刊新潮WEB取材班編集

㊟尹美香の横領は国際的に見ても重大問題なのに「小さなミス」だと。確かに蛆は小さいがやってることはまるで非人道的行為。
 もう韓国と断交したほうがいい。

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露、中国向けミサイルを急げ

露、中国向けミサイルを急げ
ロシア、北方領土に地対空ミサイル配備か=択捉島の可能性
時事通信2020/12/01 23:38

 【モスクワ時事】ロシア軍東部軍管区は1日、クリール諸島(北方領土と千島列島)に地対空ミサイル「S300V4」を実戦配備したと発表した。地元メディアによれば、クリール諸島へのS300配備は初めて。配備場所は明らかにしていないが、軍事ニュースサイトは択捉島と伝えている。

 S300はシリア内戦などに投入され、地元メディアは今回配備されたタイプの射程は400キロと伝えている。ロシア軍は北方領土に地対艦ミサイルを配備するなど軍事拠点化を進めている。10月には主力戦車T72B3の配備が報じられた。 

㊟露のこの動きは明らかに日本征服ですよ。醜ゴキは本州を露は北海道と裏で話がデキている情報を「渡邉機関」が掴んでいるぞ。日本も露中向けミサイルを準備しないとヤバいですよ。
 「自衛隊射撃ナンバーワンが、醜キンピラ。露プーチンを一発で狙い打ち成功!!」なんて大見出しを見たいなぁ。

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プロフィール

長官官房

Author:長官官房
渡邉 正次郎(わたなべ しょうじろう).
政治ジャーナリスト・作家
レコードヒットチャート編集長を経て、衆議院議員小峰柳多秘書、参議院議員迫水久常秘書となり、多くの政治家の選挙参謀として活躍。現在、政治・社会評論、講演の傍ら、何人もの政治家ブレーンとして『国会質問、演説原稿』等を依頼され、選挙参謀としても活動し、全員当選させている。.
 99年の東京知事選で石原慎太郎を担ぎ出させ、最後に名乗りを挙げさせる。投票日昼に「石原は165万票で当選」とマスコミ取材に応え、組織を持たない石原の票読みを的中させ驚かせた。また、オウム真理教の看板男、上佑史浩が「数百人のジャーナリストとお会いし、唯一人信じられたのは渡邉先生です」と、逮捕の日に身元引受人を依頼したことはメディアに大きく取り上げられた。.
 また、参議院議員迫水久常秘書当時、全国の暴走族を大同団結させ、『関東連合を』設立、初代最高顧問として抗争事件を起させぬよう指導した。この当時の教え子たちは現在、地方議会、大企業、役人として活躍しており、現在も彼らは情報を提供してくれている。もちろん、闇社会にも教え子は多く、彼らは組織の大幹部、親分ではあるが、今も関東連合初代最高顧問として熱い尊敬を受けている。.
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議員生活約30年の小泉元首相“議員立法”一本もなし!が、一民間人の政治ジャーナリスト・作家の渡邉正次郎が発案、または改正させた法律(順不同).
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*動物愛護管理法の改正.
《ペット飼育者のペット放置、殺害の多さをレビ報道で知り、『重い刑事罰に』、.
と武山百合子議員に国会で提案させ議員立法で改正を実現。今後はペットを金儲.
けに繁殖させるブリーダーや販売業者の取り締まりもより厳しくなる。<動物愛.
護管理法は明治時代に施行。このときまで一度も改正されず>》 .
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*団体規制法(国家転覆を図った団体を取り締まる).
《オウムに破防法適用を政府が決定。が、5人の公安審査会で否決(委員に破防.
法絶対反対を組織決定している極左弁護士3名。)され激怒。武山百合子議員か.
ら国会質問作成を依頼されたことをチャンスに、衆議院予算委員会分科会で、.
「国家転覆を狙ったオウム真理教に破壊活動防止法を適用できないならば、それ.
に替わる法律を作るのが国家の義務」と質問。.
松浦功法務大臣が「素晴しい質問で、即議員立法ででも」と答弁。議員立法で成立。同時に「公安審査会の委員に破防法絶対反対の極左弁護士三名はおかしいのではないか」の質問も。以降、弁護士を2名に減》.
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*NPO法.
《河村たかし現名古屋市長が現役代議士時代に発案法律。が、当時の大蔵官僚が.
“金を集めるのは大蔵省以外許さない”と自民党議員らに逆陳情し、廃案にされ.
る寸前に河村議員から相談され、素晴しい法案なので親しい自民党議員たちを半.
分脅し継続審議に持ち込み、次の国会で成立》.
*個人情報保護法.
《武富士顧問当時、「同業者の消費者金融Pがブラックリスト(返済がない悪質なもの)を闇金融に売り飛ばしているので、取り締まって欲しい」と依頼を受け、河村たかし議員に持ち込む。議員室に大蔵省役人を呼んで『取り締まるように』と指示すると、「取り締まる法律がない」と。ならばと河村議員を法案筆頭提案者で議員立法で成立》

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