悲劇!!池田駄作に洗脳された親の子たち涙!!
悲劇!!池田駄作に洗脳された親の子たち涙!!
"親が創価学会"の子の悲惨すぎる学校生活
プレジデントオンライン6/14(金) 9:15配信
創価学会の子供たちは「神社の鳥居」をくぐることができない。このため修学旅行や初詣で、周囲から疎まれることがある。命名の由来でも、2世は問題に直面しやすい。宗教学者の島田裕巳氏は、「信教の自由を重んじるのであれば、なんらかの配慮は必要なはず」と指摘する――。
※本稿は、島田裕巳『親が創価学会』(イースト新書)の第2章「『親が創価学会』だとどうなるのか」と、第3章「なぜトラブルに直面するのか」の一部を再編集したものです。
■学会員のステータス「命名は池田先生」
「親が創価学会」というとき、生まれて最初に起こる問題が命名である。
赤ん坊が生まれたとき、出生後2週間以内に届け出をしなければならないことが法律で定められている。その際、赤ん坊には名前が必要である。
誰が赤ん坊の名前を決めるのか、命名者が誰かは重要である。現在では、親がつけることがほとんどだろう。だが、創価学会の会員だと、「池田先生」に命名してもらうという選択肢がある。
池田氏に赤ん坊の命名をしてもらいたいときには、定められた手続きが必要だ。
地域の拠点となる会館に出向き、そこで申請用紙に記入する。すると、その書類は本部に送られる。命名がおこなわれると、書類を提出した会館から返事がある。申請者が会館へ出向くと、きれいな和紙に毛筆で赤ん坊の名前が記されている。その紙がまだ実家にあるという会員も少なくないだろう。
池田氏に命名してもらった会員の子弟がどれほどの数にのぼるかはわからない。ただ、命名してもらった会員は、ほかの会員からうらやましがられることが少なくない。
多忙な池田氏が、申請された一人ひとりの名前を実際につけているのかどうか、それはわからない。精力的に各地をまわり、会員を激励し続けてきたことから考えれば、池田氏本人が命名してきた可能性も考えられる。少なくとも会員は、「自分の子どもは池田先生に命名してもらった」と信じている。
■子どもにとっては一生のコンプレックスになることも
ただ、名づけ親が池田氏であることで嫌な思いをする子どももいる。
学校で、自分の名前がどのようにしてつけられたのか調べるといった授業もある。そのとき調べてみて、名づけたのは親ではなく、池田氏だということを知る。子ども自身がそのことをどのように感じるかということもあるが、学校でその事実を公表しなければならなくなる。
ほかの子どもはたいがい、親や祖父母につけてもらったと答える。となると、自分だけ違うということがコンプレックスになったり、これは人に告げてはならないと感じるようになったりもする。それは創価学会にちなむ名前をつけられている場合も同じだ。
そうした事実を学校で明らかにすると、何か問題が起こると感じているようなときには、命名の由来を曖昧にしか言えなかったり、隠そうとしたりする。名前は簡単には変えられないものなので、子どもにとっては生涯続くコンプレックスとなることもある。
■「伸一」や「信子」は学会員の可能性
池田氏に命名してもらうわけではないが、親自身が、創価学会にちなむ名前を子どもにつけることがある。大作や、池田氏のペンネーム、山本(やまもと)伸一(しんいち)に由来する伸一などが代表で、女の子だと信子(のぶこ)というものもある。『法華経』に由来する法子(のりこ)や妙子(たえこ)もある。創価学会では、「勝利」ということがキーワードになっているので、男の子が勝利(かつとし)と名づけられることもある。
創価学会の現在の会長である原田稔氏は6代目にあたるが、5代目の会長だったのが秋谷(あきや)栄之助(えいのすけ)氏である。秋谷氏は一時、秋谷城永(じょうえい)を名乗っていた。これは2代目の会長だった戸田城聖に由来する。秋谷氏は戸田の弟子である。
■生後すぐ会員にさせられるのは憲法違反か
「親が創価学会」であるというだけで、子どもも創価学会の会員になる。
これは、日本国憲法が保障する「信教の自由」に違反するのではないか、そのように考える人もいるに違いない。
これはなかなか難しい問題である。
そもそも、こうしたことは創価学会だけの問題ではない。
もし「親がカトリック」なら、親は生まれた子どもを所属する教会につれていき、神父に「幼児洗礼」を施してもらう。その際には、必ず「洗礼名」を授けられる。洗礼名には、パウロやマリアなど、有名な聖人の名前が用いられる。
これによって、赤ん坊は、自分が知らないうちにカトリックの信者になる。プロテスタントのなかにも、幼児の段階で洗礼を受けさせるところがある。
一般の仏教教団であれば、家が単位になっており、特定の寺の檀家(だんか)になっていれば、生まれたときからその宗派の信者ということになる。ただし、洗礼のような特別な儀礼はない。
神道の氏子(うじこ)も同様である。神社のある地域に生まれれば、自動的にその信者になる。「初参り」というしきたりが広がっているが、行くのは主に地域の神社である。それによって赤ん坊は氏子の仲間入りをしたことになる。
つまり、宗教がなんであれ、特定の信仰を持つ家に生まれた人間は、最初から信者として扱われるわけである。
こうした家の親に対して、子どもにも信教の自由があるからと言って、入信させないようにするのは、実際的に不可能である。また、親の方も納得しない。
宗教は生活と密接にかかわっている。信仰を持つ家庭の子どもに宗教と無縁な生活を送らせることは難しい。それに、親が子どもに信仰を伝えることも、信教の自由としてとらえられる。
赤ん坊には、信仰を与えられたことが良いことなのか、それとも悪いことなのか、その判断はつかない。そうしたことについて考えるようになるのは、かなり成長してからである。
なかには、創価学会の信仰をそのまま受け入れ、会員としての生活を送っていく者もいる。
反対に、成長してから、親から与えられた信仰に疑問を持ち、脱会まで考えるようになる者もいる。
■2世が学校で直面するトラブルの一例
「親が創価学会」であれば、さまざまなトラブルに直面する。
最初の大きな出来事は、修学旅行の際に起こる。
中学生や高校生になれば、修学旅行の機会がめぐってくる。最近では、修学旅行の行き先や内容は多様化しているし、地域によっても変わる。だが、もっとも多いのは京都や奈良への修学旅行である。それが定番である。
京都にはかつて平安京があり、都である時代が長く続いた。そうした歴史を反映して、京都には神社仏閣が多い。
奈良は、京都よりも前に都が置かれていたところで、やはりたくさんの神社仏閣がある。
奈良に修学旅行に出かけるというとき、目的地に選ばれるのは東大寺、春日大社、法隆寺などである。
京都では、金閣寺、清水寺、伏見稲荷大社、宇治平等院などである。
どれも仏教の寺院であり、神道の神社である。
修学旅行で神社仏閣を訪れるのは、信仰のためではない。参拝が目的ではないわけだ。
そうした神社仏閣が日本の歴史のなかで重要な役割を果たしてきたから訪れるのであって、目的は歴史の学習である。
■修学旅行で学会員であることが友だちにばれる
創価学会は、ほかの宗教や宗派を否定する傾向が強い。そのため、神社の鳥居をくぐったり、寺院の境内に立ち入ったりすることを会員に対して長く禁じてきた。
とくにそれは、創価学会が日蓮正宗と密接な関係を持っていた時代に言える。あるいは創価学会が急速に拡大していた時代にはその傾向が強かった。
現在では、その点にかんしてかなり緩くはなっている。鳥居をくぐってもかまわないとする会員も多くなった。
それでも、現在の会員のなかに、神社の鳥居をくぐることさえ忌み嫌う人たちがいる。まして神社仏閣に参拝するなど、「謗法」にほかならないと考える会員もいる。
創価学会の会員の子どもが、修学旅行の際に、親から禁じられた神社仏閣に入ってしまい、それに気づいて、してはならないことをしてしまったと自責の念にかられ、真っ青になって座り込んでしまうようなこともある。
あるいは、神社の鳥居をくぐることを頑(かたく)なに拒むような会員の子どももいて、クラスメイトを驚かせることもある。
クラスメイトの方は、なぜそうするのかがわからないため、その子に対して理由を尋ねる。すると、その子が創価学会の家に育ったことが明らかになる。
それまで友だちに知られていなかった事実が、そこで明らかになるのである。
■「修学旅行で神社仏閣に参拝」は押しつけか
日本人のなかには、自分は「無宗教」であると考えている人は少なくない。子どもであれば、自分は宗教など無関係で、クラスメイトも同じはずだと思っていることが多い。たしかに、一般の家庭なら、日常生活を送る上で信仰はほとんどかかわってこない。
修学旅行先に神社仏閣を選ぶというとき、選ぶ学校の側には、信仰を押しつけるという意識などないはずだ。
だが、それを押しつけとしてとらえる人間もいる。それは、個々の人間の宗教についての考え方にもとづくことなので、そうした人間に対してこれは押しつけではないと簡単に納得させることはできない。
■学校側も宗教トラブルを防ぐための配慮が必要
これは創価学会の事例ではないが、学校現場で信仰のことが大きく問題になったものに、「エホバの証人」の信者が必修科目である武道の授業を受けることを拒否した出来事がある。
エホバの証人はアメリカで生まれたキリスト教系の新宗教で、聖書について独自の解釈をおこなっている。その一つが、学校で武道の授業を受けることの禁止である。信者の生徒たちはそれに従ったのである。
これに対して、学校は最終的にその生徒を退学処分とした。そこで生徒の側は、それを不当として裁判に訴えた。
地方裁判所における一審では、学校側のやり方が「信教の自由の保障する限界を逸脱し」ておらず、「著しく反社会的なものである」とは言えないとして、原告の生徒の請求を棄却した。
ところが、高等裁判所における二審と最高裁の判決では、武道に代わる手立てを与えなかった学校側に問題があったとして、原告の主張が認められた。
これによって、ほかの学校でも、同様の出来事が起こったときには、信教の自由を優先しなければならなくなった。
創価学会の子どもや親が、修学旅行で神社仏閣を訪問させられたことで、信教の自由を侵されたと裁判に訴えた事例は、今のところない。そのため、社会的な問題にはなってこなかったが、信教の自由を重んじるのであれば、なんらかの配慮は必要なはずである。
㊟よし、私もそうかガッカリ会に入って、池田駄作に名前を変えて貰おう。あれっ?そうだ。隣村の池田の駄作くん、とっくに地獄で肛門からヤリで串刺しにされ、火炙りにされているのに。。。
昔、女性歌手が歌いましたよ。
♪しゅう~きょう~しんじちゃいけないよ~ かみさましんじちゃいけないよ~だいさくしんじちゃいけないよ~♪ってね。 もし、私が殺されていたらガッカリ会信者の仕業です。ね。リンダくん。
朗報??少年犯し魔ジャニー緊急入院!!次、ヒヒ婆あメリーだ!!
ジャニー喜多川社長 自宅で倒れ救急搬送
東スポ6/19(水) 11:40配信
SMAP(解散)や嵐など数々のトップアイドルを輩出したジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川氏(87)が18日、都内の病院に救急搬送された。
18日昼過ぎ、東京都渋谷区内の自宅から119番通報があり、救急搬送。通報は「ジャニーさんが倒れた」という内容だった。そのまま入院したとみられ、搬送先の病院には多くの報道陣が集まった。
ある芸能関係者は「普段、ジャニーさんが通っていたのは都内の別の病院ですが、搬送されたのがそことは違った病院だったため、様々な臆測も流れました。事務所関係者も入院していることは認めている」。
病状など詳しいことが発表されることもなく、一時は“重病説”なども飛び交った。
ジャニー氏は3月に公開された「映画 少年たち」の製作総指揮を務めるなど、精力的に活動している。同作は、ジャニーズ事務所の若手メンバーたちが代々出演してきた舞台の映画化。少年刑務所に収監された少年たちが、冷酷な看守長の支配に立ち向かうさまを、オリジナル楽曲とダンスに乗せて描いた。映画製作に関わったのは「新宿少年探偵団」(1998年)以来とみられる。
「少年たち」の完成披露試写会が1月末に行われた際には報道陣の取材に応じ、2020年をもって活動を休止する嵐への思いなどを語っていた。
ジャニーズ事務所では昨年末に引退した滝沢秀明氏が、タレント育成やプロデュースを行うグループ会社「ジャニーズアイランド」の社長に就任しており、現場の仕事におけるジャニー氏の“後継者”と目される。とはいえジャニー氏が比類なき存在であることに変わりはなく、早期回復と復帰が待たれる。
㊟もうそろそろ死にそうだもの。次は姉、近藤真彦を15歳の時から情夫にしていたメリーひひ婆さんだぞ(これが原因で近藤は中森明菜と別れさせられた)。
それにしてもネットで男性と思われる人から惜しむ声が、、、この男性おかしくない?下半身に毛の生えていない少年たちを次々襲っている爺さんって知らないのかな?しかも、その少年たちの多くは道を踏み外してしまっているのに。
元タレントの付き人が明かす…
元タレントの付き人が明かす…芸能人密会ウラ事情! 原田龍二は安上がりすぎた!?自然体が一番
夕刊フジ
4WDのマイカーで複数のファンと密会していたことを週刊誌に報じられた俳優、原田龍二(48)。今回は、ちょっと安上がりすぎて、さすがに「原田、アウト~」という状況は否めない。どうしても会いたい…、でも人目を集めてしまう…。そんな芸能人たちの密会事情を追った。
「原田龍二のようにマイカーのケースは増えています。いちばん安上がりですし、クルマで送迎中と主張すれば、やましくないからです。超人気タレントになると、パパラッチがクルマのナンバーを控えて、定期的に動向をマークされていますが、原田龍二くらいの知名度、それ以下のタレントにカーセックス派は少なくありません」と芸能プロダクション関係者はずばり。
クルマに2人で乗ると怪しまれるため、ダミーとして、友人や後輩を助手席に乗せる男性芸能人もいる。元タレントの付き人をしていた男性はこんな実態を明かす。
「女性は途中からセカンドシートに乗り込み、人が少ないところまで行ったら、ダミーの僕は下車していました。代わりに僕1人でクルマを運転して、ナンバー警戒でマークしてきたパパラッチの追尾をまいたこともあります」
ホテルで密会するには周囲に気づかれないように工夫が必要のようだ。
「顔が割れている本人がチェックインすると、バレますから、チェックイン代行をしたことは多々あります。有名タレントからイケメンアナウンサーまで、私がチェックインした後に、男に鍵を渡して、男は部屋に直行。ホテルではアルバイトの従業員などがリークすることも少ないですからね。密会相手が女優の場合、ホテルの部屋で雑誌のインタビューを装う体裁で、私がマネジャーや雑誌編集者などを演じてチェックインしたこともありますよ」(芸能プロダクション関係者)
マンションの場合は、やましくないように住人に遭遇したら、堂々とあいさつするらしい。
「オフで扮装していたら、住人にも意外と気づかれません。自然体で、堂々とあいさつするほうがかえって怪しまれずに、住人からスルーしてもらえるのです」と先の芸能プロダクション関係者。
ツーショットを撮られないように、第三者の友人を混ぜて、グループを装うのも常套手段。ただロケ先など友人の同行が難しいところでは、そんな対策が行き届かないことがままあるようだ。
そんなところへは愛人を呼ばないのが一番の防御策だが…。
㊟芸能人にならなくて良かった??不倫し放題だもの。
大金持ち安倍、麻生、菅ち三人衆、この現実を見よ!!
大金持ち安倍、麻生、菅ち三人衆、この現実を見よ!!
=子殺しさせないために父子家庭、母子家族を救おう!!=
週6日働いて手取り15万の父子家庭 小中2人の子育てに不安 貯金できず「進学、今だと厳しい…」
沖縄タイムス6/15(土) 5:10配信
沖縄県が14日公表した3年ぶり2回目の小中学生調査。見えてきたのは、困窮層ほど親が働き詰めで子どもとの触れ合いが少なく、必要な支援が行き渡っていない実態だ。「子どもの貧困対策元年」と位置付けた2016年以降、物的・人的支援で一定の前進があったが、依然として経済的に厳しい家庭が多く「この先どうなるか分からない」「子育てが苦しい」といった切実な声が聞こえてくる。
【閲覧注意】笑う子ども、歯ぼろぼろ 貧困が原因で…
■頼れる親族もなく
本島南部の男性(39)は、1人で中学1年の息子と小学4年の娘を育てる。塗装の仕事で得られる収入は不安定で、少ない時は手取り15万円ほど。生活費に加え、子どもたちが部活動や塾通いを始めたため、金銭的な不安は尽きない。頼れる親族もなく、家事育児を1人で担う。県の小中学生調査で示された困窮層の厳しい実情と重なる部分が少なくない。
休みは日曜日だけ。朝は早ければ6時半には出勤する。子どもたちと朝食を取れず、シリアルに牛乳をかけて食べるよう話して家を出る。「まだ寝ている時もあり心配」。自分が不在の時の安全を考え、家賃の負担は重いが、オートロックのアパートに住む。
昨年、持病の手術を受けた。費用の工面や子どもを残して入院する不安から、治療をちゅうちょしていたが、幸い民間の支援が得られ、手術に踏み切ることができた。仕事復帰まで約1カ月間の生活費援助も受け、「本当にありがたい。支援がなかったら今頃どうなっていたか」と話す。
■今のままでは厳しい
体調の不安は軽減したものの、経済的、精神的にぎりぎりの暮らしは続く。最も不安なのは、不安定な収入で「この先どうなるか分からないこと」。週6日働くが、児童扶養手当などを合わせても、貯金はほとんどできない。部活や入塾の希望もかなえてきたが、「高校進学などを考えると、今のままでは厳しい。転職を考えている」と打ち明ける。
1人で子育てするようになって約6年。人を頼ることはほとんどなかった。だが最近、子どもにとっても、自身にとっても、話せる相手が欲しいと思う。「父親だから子どもは悩みを話しにくいかもしれない。自分も誰かに話したい時があるし、聞いてもらうだけで気持ちが楽になる。ほっとしたい」(社会部・嘉数よしの)
㊟私は助ける金を持たない。こうしてブログで通り上げ、政府に突き付けることで少しでも。。。涙…
テーマ:とっておきの情報いろいろ - ジャンル:ニュース
4回の自殺未遂の末にたどりついた「海外での安楽死」
ポストセブン6/15(土)
「寝たきりになる前に安楽死で自分の人生を閉じることを願います」──本誌・女性セブンの取材に対してそう話し、準備を進めていたひとりの日本人女性が生涯を閉じた。希望通り、唯一外国人の安楽死が許されるスイスで、家族に見守られながらの最期だった。
2018年11月28日、多系統萎縮症という神経の難病を患っていた小島ミナさんが安楽死を遂げた。51才だった。正確には「自殺ほう助」と呼ぶ。劇薬の入った点滴のストッパーを、医師や家族に見守られながら自ら開く。すると間もなく息絶える。もちろん日本では許された行為ではない。だから彼女は海を渡った。
日本人としては初めて公になる安楽死事案である。ジャーナリストの宮下洋一氏はこのたび、その過程を記録したノンフィクション『安楽死を遂げた日本人』(小学館)を上梓した。同氏が取材に協力した『NHKスペシャル』(6月2日放送)も大きな反響を呼んだ。
今後の人生に展望が見えない。だから安楽死を選ぶ──事情を知らぬ者は拙速に思うかもしれない。実際、『NHKスペシャル』を見た視聴者は、「まだ健康なのに」「早すぎる」といった声をインターネット上に上げていた。だが、その選択の裏には、番組では描き切れない苦悩があった。
小島さんのブログに、過酷な闘病生活がうかがえる文章が残されている。病発覚直後の3年前から綴っていたものだ。一部を紹介したい。
郷里・新潟に帰って1か月を過ぎた2015年11月。その日、小島さんの病状を知る知人から霜降り和牛が届いた。彼女は恵子さんとその夫である義兄にすき焼きを振る舞おうとした。この頃は鍋奉行を買って出る体力が残されていた。
《まず、生卵を受け皿に割って落とした。いや、正確に言うと、生卵を崩した。(略)私は気まずさを感じたが、すぐに2個目の生卵に手を付けた。(略)中身が潰れはみ出してしまうほど、強く割ってしまった。
恵子お姉ちゃんは慌てた。
「そっかー、卵割るのって、その加減が意外と難しいもんねー」》
今度こそはと、肉を菜箸でつかもうとしたが、肉を剥がせない。割り下もこぼしてしまう。結局、恵子さんに任せた。恵子さんも、義兄も、「いい肉は口の中でトロけるね、ありがとう、ミナちゃん」と口々に褒めた。
2人の優しい言葉を受け、小島さんの目に涙が溢れた。彼女はこう口にした。
「私さ、皆でこうやって食事をする時、雰囲気作りが得意だった。率先して笑い声を出したのに。ごめんね、何にもしてあげられないよ」
病は彼女の体を、確実に侵していった。1年後には、立って歩くのが難しくなった。自室では四つん這いで生活した。
《初めて姉の傍で四つ這いで動作したとき、私は姉の顔を見ることが出来ませんでした。(略)四つ這いで移動しているとき私の心も、正直、痛かったです。でも、その光景を見たときの姉の心中も想像に難くないのです》
病の進行とともに便秘に悩まされるようになった。2017年夏、急な便意に対応することが難しくなったため、自室にポータブルトイレを設置した。強い薬の作用によってトイレに間に合わず、恵子さんの手を借りて、排泄の後始末をした出来事を綴った上で、小島さんは《自分の弱さを人前にさらけ出すなんて、そんなことをする勇気もないし、下の世話を受けることに慣れていくことも自信が無い》と述べている。
2017年11月に大学病院に入院する。治療目的ではなく、症例数の少ない多系統萎縮症の研究データを収集するためだ。
この病院では、小島さんの病はまだ未解明のため、献体や臓器提供は難しいと医師から告げられた。医師は、こう続けた。
「小島さんは入院もしくは施設入所を希望されていますが、今の状態ではどちらも入ることは難しい。小島さんより重症な高齢者のかたが実際多いですし、申し込みをして待機している人よりも先に入るのは不可能です」
日本の医療界の現実だった。
2018年に入るとブログの投稿が減った。キーボードを叩くことが難しくなったのだ。顔の表情もうまく作れなくなった。2月には「能面」というタイトルで投稿している。
《個人的に表情の豊かな人って好きです。特に笑顔の素敵な人って大好きです。(略)私はもう逆立ちをしても、相手に包容感を与えるような笑みをすることは出来なくなりました。能面のような私の顔…決して好きではないけれど、こんな表情していても、そこには悦びとか哀しみが、都度、込められているのです》
ブログはその後、いったん休止する。彼女はその間自殺未遂を計4回、繰り返したという。首つりを試みるたびに姉が発見し、思いとどまらせた。4度目は精神安定剤を大量にのみ込み、意識不明に陥り搬送された。女性セブンの取材場所が病室だったのもそのためだ。
自ら死ぬことも叶わなかった。姉たちをはじめ周囲の不安も煽ってしまった。最後に辿り着いたのが、安楽死だった。
※女性セブン2019年6月27日号
㊟全国会議員の皆さん。「安楽死法」を成立させるべきですよ。それがあなた方の義務!!でないと令和時代は海外で安楽死をする人が増えますよ。その人たちは高額な費用を日本から持ち出すんです。国家の損失でしょ?今の政治家はそんなことも分からんのかな。
引きこもり18年、去った老親…残したメモには「家族も限界」
西日本新聞6/13(木) 9:41配信
長期間引きこもり状態にある人や家族をどう支援していくか、課題になっている。当事者はどう感じているのか。仕事に失敗して以来、かつて20年近く自宅にほぼ引きこもっていたという大分県の男性(54)に話を聞いた。自立に向かうきっかけは、思わぬ出来事だった。
残暑も終わり、涼しくなり始めた朝。目覚めると、家にいるはずの両親が見当たらなかった。寝具や食器は持ち出され、車もない。居間のテーブルには、わずか2行の書き置きが残されていた。
≪後のことは市役所に相談してください≫
大分県北部の海沿いの地域で、男性と同居していた両親の行方が分からなくなったのは2014年9月。男性は当時49歳、両親は70代だった。「今後どう生きればいいのか」。男性は途方に暮れた。
「家族のほかに社会との接点もなく、意欲も失っていた」
男性は20代の頃、東京で会社を起こし、広告関係の仕事に携わった。当初は順調だったものの、大きなプロジェクトの重圧に耐えられず、結婚を考えた女性とも破局。身も心も疲れ切って、31歳で故郷に戻った。
それからは定職に就かず、自宅で過ごす日々。知人の勧めで病院に行くと「不安神経症」と診断され、向精神薬を服用するようになった。経済的に余裕のあった両親に金銭を無心し、酒場に行く夜もあったが、ほとんど自宅にいた。母に「働いてほしい」と言われた時には、いらいらして冷蔵庫を殴ったこともある。
男性は「18年間、病院に通いながらそんな生活を続けた。家族のほかに社会との接点もなく、意欲も失っていた」と振り返る。
「自分ではい上がるしかない」
内閣府によると、半年以上、家族以外とほとんど交流せず、趣味の用事やコンビニなどにだけ外出する人は「広義のひきこもり」とされる。厚生労働省の担当者は、男性の生活状況について「広義のひきこもりにあたる可能性がある」と言う。
両親がいなくなった後、男性は次第に「自分ではい上がるしかない」と思うようになった。思い切って市役所に相談に行き、生活保護の受給手続きをした。向精神薬の服用を断ち、仕事探しも始めた。現在は生活保護を受けず、派遣社員として働きながら、洋服や食料品の輸入販売にも携わっている。
複雑な親心が記されていたメモ紙
結果的に、両親と離れたことが自立のきっかけになったが、両親の真意は分からないままだった。ある日、自宅を掃除していると、ノートに挟まったメモ紙が出てきた。そこには複雑な親心が記されていた。
≪行動を起こしてほしいと思っても、言えば暴れて手のつけようがなくなる。一番つらいのは本人かもしれませんが、家族はもっとストレスがいっぱいです≫
殴り書き「家族も限界」
大分県北部で暮らす男性(54)は18年間、定職に就かず、実家にこもる生活を続けていた。行方不明となった70代の両親が書き残したメモ紙には、その心情がつづられていた。
《40歳、50歳代の人は親も亡くなり、1人になってしまいます。兄弟も自分の生活でいっぱいですし、家族全員の心は、いつもひっかかっています》
《当人も家族も限界に来ている人が多い。だから本人も自暴自棄になり、事件を起こしたりする人も多いのではないでしょうか》
老いや病気に直面し、息子を養う将来への不安。そんな事態を受け止めてくれない政治行政への不満-。相談窓口に寄せる文書の下書きだろうか、チラシ3枚の裏面にびっしり殴り書きしていた。複数の関係者によると、両親は行方不明になる前、市役所に相談に行っていた形跡がある。
男性は自らを残して去った両親に対し、恨めしさとともに「もう迷惑をかけなくてもいい」と、ほっとした気持ちもあった。メモの内容を踏まえ、今では「両親は自分を突き放し、自立させようとした」と考えるようにもなったという。
両親の行き先は知らないままだが、自宅には数カ月に1度、差出人不明の封筒が届く。中には数千円の現金と便箋が入っている。
《1人になって1年になりますね。だいぶん細くなっているでしょうね。1年間、1人で暮らせたら大丈夫ですね》
手紙は既に10通以上。しっかりした筆跡から、男性は「きっと、どこかで元気で暮らしている」と推し量る。覚悟して家を出た両親を捜す気はない。いつか戻ってくれば、今度は自分が両親を支えるつもりだ。
親と本人を一定程度、物理的に引き離す-。こうした手法は、一部の支援団体が試みている。NPO法人・ニュースタート(千葉県)の場合、1人暮らしや寮生活を体験させることを自立への第一歩としているという。
「親子が同居したままだと、親は子を手放さず、子は親の目を気にして主体的に動けなくなる。共依存の関係が引きこもりの長期化を招く」と、支援に当たるスタッフは話す。
もちろん、大分の男性のように、親が離れることによって必ず良い方向に向かうとは限らない。引きこもりとなるきっかけは不登校や受験での失敗、就職難、人間関係のトラブル、病気などさまざま。一人きりで支援を求めることができず、困窮したり、自暴自棄になったりすることもある。
専門家や支援者の指摘に共通するのは、頭ごなしに怒ることの危険性だ。
精神科医の斎藤環・筑波大教授によると、元農林水産事務次官が息子を殺害した疑いが持たれている事件などを受け、心配した家族が引きこもりの子を怒ってしまうと、子も不安になり、反発するという。
斎藤教授は「インターネット上では、元次官について『よくやった』といった心ない言葉が飛び交う。それを引きこもりの人が見れば、非常に痛い言葉だと感じる。感情が暴発すれば、親子間の新たな事件につながりかねない」と警鐘を鳴らす。
引きこもり当事者の家族でつくる「福岡楠の会」事務局の吉村文恵さん(79)は、
「働け」と強く迫ると家庭内暴力につながると懸念する。「本人も働かないといけないのは分かっているが、力がなく、動きだせない状態に陥っている。第三者が介入すれば、本人の攻撃性も緩む。まずは相談機関を訪ねてほしい」
それぞれのケースに応じ、手探りで支援を考えるしかない。大分の男性は言う。「かつて周囲の人々は腫れものに触るように私と接していた。偏見の目で見るのではなく、しっかり話を聞いてほしい、きちんと耳を傾けてほしい。そう思っている人は少なくないのではないか」しっし
㊟この人は「しっかり話を聞いてほしい」と言うが、ひきこもって、家族と一切口も利かないのにどうやって話をするのか。色んな人が色んなことを言うが、自分たちの成功例をもっと具体的に数多く示さねば我々はどうにもならん。
ゴキ醜「南シナ海はオレのもの!!日本海もだ!!」
ゴキ醜「南シナ海はオレのもの!!日本海もだ!!」
「故意なら中国と断交も」 漁船沈没で比報道官
産経新聞2019.6.13 22:05国際アジア
12日、フィリピンの首都マニラで、中国の五星紅旗を燃やす人たち(AP)
南シナ海のリードバンク周辺海域で中国漁船と衝突したフィリピン漁船が沈没した事故をめぐり、フィリピンのパネロ大統領報道官は13日の記者会見で、衝突が故意だった場合には中国との断交もあり得るとの考えを示した。
フィリピン軍は意図的な衝突ではなかったとの見方を強めているが、南シナ海での領有権問題で対立する中国を強くけん制した形だ。ロクシン外相も同日、外交ルートを通じて中国側に抗議したと明らかにした。
フィリピン側によると、事故は9日に発生。沈没したフィリピン漁船には乗組員22人がいたが、中国漁船は救助せずに立ち去った。付近を航行していたベトナム漁船が乗組員全員を助けた。(共同)
㊟大統領、腐臭放つ醜キンピラははフィリピンを支配下にする気ですよ。