FC2ブログ

2019-03

「日本海呼称が正しい」証拠見つかる?韓国ネットからは反論の声多数



「日本海呼称が正しい」証拠見つかる?韓国ネットからは反論の声多数

2019年3月18日 20:40
2019年3月18日、韓国・ニューシスが

「1993年に韓国政府が刊行した海図に日本海(JAPAN SEA)と表記されていた」

と報じ、韓国のネット上で注目を集めている。

日本海表記について、韓国は1992年に国連の会議で初めて「2000年前から東海表記が使われていた」と主張し問題を提起。それから一貫して「東海」と併記するよう求めている。

ニューシスは読売新聞の報道を引用している。それによると、日本海表記を発見したのは島根大の船杉力修准教授。海上保安庁は情報交換のため各国と海図を相互提供しており、韓国が製作した地図など約200点を保管している。そのうち1993年に韓国政府が刊行した海図「韓国東岸南部」では、韓国領の鬱陵島周辺の海域は「東海」となっているが、島根県隠岐諸島の東側には韓国語で「日本海」と書かれており、その下には英訳の「JAPAN SEA」と記されている。


また、1977年に完工された海図「東海及黄海」第4班には「東海」と記されているが、括弧書きで「JAPAN OF SEA」と書かれている。これらについて、舩杉准教授や日本政府関係者は「韓国政府の主張の矛盾を示す証拠」と話しているという。


これに、韓国のネットユーザーからは

「たった2枚なのに。それなら対馬は韓国領と書かれた地図が2枚あれば対馬が韓国のものになるの?」「ただ併記しただけでしょ?」「1993年なら東海としてある資料も多いよ」「日本の地図の中には竹島を韓国領と記録したものが多いのだから、日本は早く韓国領だと認めるべき」などと反論する声が多数上がっている。


一方で「もし本当なら、地図を製作した人たちに厳罰を与えないと」と主張する声や、「その時代の大統領は誰?」「どうせ親日派が作った地図だ」との声も見られた。(翻訳・編集/堂本)

読売新聞も発見!!

一貫性ない韓国、海図に「日本海」矛盾示す証拠
2019/03/18 08:31
 韓国が日本海の呼称に「東海」の併記を求めている問題で、韓国政府が国際社会で東海を主張し始めた翌年に刊行した海図に日本海の呼称を使っていたことが専門家の調査でわかった。韓国の主張の矛盾を示す証拠となりそうだ。

 海上保安庁は情報交換のため各国と相互に海図を提供し合っている。韓国政府の国立海洋調査院とも行っており、韓国製の海図など約200点を保管。それらを調査している島根大の舩杉力修(ふなすぎりきのぶ)准教授(歴史地理学)が今回の記載を発見した。

 韓国は1992年に国連の会議で日本海呼称の批判を始め、「『東海』は2000年前から使われていた」などと訴えている。ところが、93年に韓国政府が刊行した海図「韓国東岸南部」では、韓国領の鬱陵島(ウルルンド)周辺の海域に「東海」と表記する一方、隠岐諸島(島根県)の東側は日本海の韓国語訳に加え、英訳の「JAPAN SEA」と記していた。

 また、77年刊行の海図「東海及黄海」第4版では、日本海の海域に「東海」と記しているが、括弧書きで「SEA OF JAPAN」と書かれていた。舩杉准教授は「これらの海図は韓国の主張に正当性がなく、矛盾していることを裏付けている」と指摘。ある政府関係者も「韓国の立場に一貫性がないことを示す証拠といえる」と話す。

 呼称問題では、日本海を単独表記している国際水路機関(IHO)の指針改訂を韓国が求め、その是非を議論するため、IHOが日本や韓国などに非公式協議の開催を要求。関係国で調整が続いている。
国内


㊟“ああ言えば上祐”、蛆国は、まるであのオウム真理教の上祐史浩(現・光の輪)に梨本リポーターが、オウムの上祐(私が元身元引受人)の会見を取材し続けて、「ああ言えばこう言う」を「ああ言えば上祐」と最高の言葉を贈ったのだが、蛆って何処にでもいつでも湧いて出て来るものね。
スポンサーサイト



テーマ:中朝韓ニュース - ジャンル:ニュース

暇潰し記事紹介??東京パパ友ラブストーリー


暇潰し記事紹介??東京パパ友ラブストーリー
日刊ゲンダイ

内容紹介
パパ友どうしの恋。きみとなら、地獄も怖くなかった。有田豪と鐘山明人は、同じ保育員に子どもを預けている。

互いに顔見知り程度だったが、ある日、明人はLINEで豪を飲みに誘う。「お互いイクメンとして妻の悪口を言い合おうよ」と。その晩、ゲイ不倫という地獄の蓋が開いたのだったーー。ミソジニー、嫉妬、仕事ができない焦り、不公平感……ゴーギャンになりきれなかった男たちの思いが炸裂し、疾走する!


パパ友どうしの恋。

ゴーギャンにはなれない、おまえも、俺も。一度きりの人生を、後悔して生きていく。後悔したことさえ忘れて。


有馬豪と鐘山明人は、同じ保育員に子どもを預けている。とはいえ、豪はファンドマネージメントのCEOで多忙を極めているため、朝、娘の亜梨を保育園に送っていくだけ。対して明人は、妻の美砂がタレント議員でこれまた多忙のため、ワンオペ、育児かつ家事全般を請け負っている。

互いに顔見知り程度だったが、ある日、明人はLINEで豪を飲みに誘う。「お互いイクメンとして妻の悪口を言い合おうよと」。その晩、ゲイ不倫という地獄の釜の蓋が開いたのだったーー。
これは復讐なのか? 完璧な妻に対して、自分より稼ぐ妻に対しての。


ミソジニー、嫉妬、仕事ができない焦り、不公平感……ゴーギャンになりきれなかった男たちの思いが炸裂し、疾走する!

㊟買って読もうとは思わないが、興味のあるの方はどうぞ、

テーマ:芸能ニュース - ジャンル:ニュース

平成の終わり、、、野菜の行商から質屋まで。。。



平成の終わり、、、野菜の行商から質屋まで。。。

「街角の昭和遺産」河畑悠著

 いよいよ平成の終わりが近づき、昭和はさらに遠くなりつつある。本書は、そんな昭和の時代には当たり前のようにあったが、いまやその姿を見ることがなくなったさまざまな職業=「絶滅危惧職」を取材したフォトルポルタージュ。


 85歳の岩井靜さんは、この道60年という大ベテランの「野菜の行商人」。かつては千葉県から野菜などを担いで東京に売りに来る行商人のための専用列車まで走っていた時代があったが、行商仲間はもう誰もいないという。


 早朝3時半に起き、前日に収穫した野菜やモチなどを持って、千葉県の自宅から1時間半かけて「通勤」。JR大塚駅北口ロータリーのわずかなスペースが彼女の店だ。


 25歳で農家の嫁となり行商を始めた当初は、売り歩きをしていたが、社会の変化とともに次第に週に2回、朝の7時から10時まで開店する現在の形に落ち着いた。昔は100キロ近い荷物を担いでエレベーターやエスカレーターのない駅の階段を上り下りしており、今は遊んでいるようなものだと話す。


 岩井さんと同年代の中村幸子さんは、JR新橋駅前で45年間営業を続ける路上の「靴磨き職人」。かつては新橋にも多くの靴磨き職人がいたが、いまは中村さんともう1人だけ。営業には警察の道路使用許可などが必要だが、新規の取得は難しく、文字通り絶滅が定められているのだ。


 その他、85歳の内田菊治さんが仙台駅近くの路上で営む創業54年という「おでん屋台」や、賑やかに町を練り歩きクライアントの宣伝をする「ちんどん屋」夫婦、明治時代から5代続く江東区の老舗「質屋」三川屋質店など11職業を網羅。


 消えていく職業とそれを生業とする人々への愛惜の思いを込めて取材された好企画。

 (彩図社 1300円+税)

㊟本書を手にして、昭和、平成を懐かしむのもいいか。。。ただ、生活に役立つとは思えない。人生を懐かしむようになるとき、あなたの人生は終わりに近づいているんです。常に前へ、前を向いていないと、

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

携帯料金値下げ競争が招く日本企業の「ヤバい未来」

携帯料金値下げ競争が招く日本企業の「ヤバい未来」
デイリー新潮

これを競争と言うのか?

 2018年夏、菅義偉官房長官の口から突如として発せられた

「携帯電話市場は機能していない。携帯料金は4割程度値下げが可能である」
の言葉。毎月の利用明細に、時に驚き、苦しむ一般利用者からしてみれば、それはまさしく神の声、「福音」に聞こえたに違いない。


 目下、総務省内では通信料金と端末料金の完全分離を軸に、さまざまな方策を練っているというが、本当にこれを「福音」として、素直に受け止めていいものだろうか。

 いまや日本の携帯電話契約数は1億7千万を超え、世帯保有率について言えば95%超である。持つべき人はもとより、持ちたい人には、ほぼ全員に行きわたっていると言っていいだろう。それをNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社で“仲良く”分け合っているのが現在の日本の携帯電話の市場である。

料金体系も提供されるサービスも、3社の間に大した違いはなく、その違いを見出せるのは、よほどのヘビーユーザーかケータイおたくぐらいだろう。ソフトバンクがiPhoneと独占契約を結んだ時こそ、他の2社は恐れ戦いたが、それもすでに昔の話だ。



 したがって新たな市場といえば、これから携帯電話を持つ若年層か、さもなくば他社からの「乗り換え」ぐらいである。各社のCMを見ても、謳い文句は「学生割引」やら「家族割引」ばかりで、大きく膨らまないパイをちまちまと食い合う、お世辞にも価格を動かすほどの競争が働いているとは言い難い。いや、それどころか逆の論理が働いているといってもいいいかもしれない。


 なにしろ長年利用するオールドユーザーに対しても、いまだに本体を替えれば2年縛り、4年縛りを課される旧態依然の体制を敷いているのである。

初期費用の回収のみを考えれば、一定期間の縛りは納得出来なくもないが、“オールドユーザーに対しても解約にペナルティを課す”というのは、消費者軽視の囲い込みというか、とても客商売をやっているとは思えない。競争市場と言うよりも、公正取引員会が乗り出してもおかしくない状況と言ってもいいだろう。


 と、いうことを考えると菅官房長官の発言には一定の理解を示さざるを得ないのだが、だからといって菅氏の発言に、諸手を挙げて賛成するのか――と問われれば、それにはやはり疑問符を付けざるをえない。

やはり“政治的”だった「官房長官発言」

 疑問符を付けるきっかけは、菅氏の発言が、楽天の携帯事業参入を前になされた点にある。

 楽天の三木谷浩史社長は2017年に参入計画を発表、2018年には楽天モバイルネットワークを設立して、さっそく4G向けの1・7GHz帯の免許を獲得した。今年の10月にはサービスを始めるというが、市場の特性上、新規ユーザーはほぼ見込めない。いきおい既存3社から客を奪い取るしかないのだが、そのためには、楽天ならではのインセンティブを提供しつつも、やはり相当な低料金設定を仕掛けなければ既存の牙城を崩すことはできない。


 楽天としてみれば入り口から出口まで、モバイルから本業のeコマース事業にいたる巨大市場を包括的に囲い込む戦略なのだろうが、だからといって収益度外視では上場企業は成り立たない。携帯電話市場はさらに安い料金設定にしても収益を得られる市場と見ているのだろう。


 となると、楽天参入によって、一時的となる可能性も高いが、早晩、携帯電話市場は再び活性化し、既存3社は料金値下げに走ることになる。これは政治的働きかけの有無にかかわらず、必定のことだ。


 にもかかわらず政治家が、「4割」という具体的数値を提示するのだから、そこはやはり菅氏の言葉には、何らかの意図を感じざるを得ない。「政治的発言」と見るのが適当だろう。今年は参院選挙、統一地方選挙の年でもある。

総務省の壮大なる「勘違い」

 菅氏の発言がどうであれ、すでに総務省は通信料金と端末料金の完全分離をもって料金値下げのスキームの検討を始めている。これにより既存ユーザーの“○年縛り”が解消され、より自由な競争を促すとされるが、本当にそれで料金が安くなるのか、はなはだ疑問だ。


 というのも、今から4年前の2015年9月、経済財政諮問会議で「携帯料金が高すぎる」と言い出したのは、他ならぬ安倍晋三首相だった。高市早苗総務大臣(当時)はこれを受けて早速各社に勧告したが、結果はどうなったのか――。


 この時は格安本体による客の縛り付けの是正とライトユーザー向けの格安料金設定だったが、結果として起こったのは端末本体価格の高騰であり、長年利用するオールドユーザーの冷遇である。


つまるところ今起こっている問題の発火点と言っても過言ではない。そして火をつけたのは他ならぬ総務省である。

 そもそも総務省は、頻繁に端末を替える利用者の負担をオールドユーザーに転嫁しているとして、2007年頃から端末料金と通信料金の分離にこだわってきた。

しかし、この施策のために端末の価格は上昇。新規需要が低迷して、日本のメーカーが携帯電話事業から撤退を余儀なくされる一因を作ってしまった(統廃合を含め、三菱電機、カシオ、日立、NEC、パナソニック、東芝等が2013年までに、富士通は2018年に撤退)。

不毛な競争ふたたび

 かつては端末の頻繁な買い替えだったが、いまはMNP(ナンバーポータビリティ:電話番号そのままで通信キャリアを乗り換えるサービス)により、端末と同時に通信会社ごと変わってしまう。競争といえば競争なのだが、価格ではなく、新規や乗り換え顧客を対象にインセンティブを与えるものなので、やはりオールドユーザーに厳しいことにはかわらない。

 意地悪く言えば、総務省の施策は、料金値下げに結びつかないだけではなく、日本の携帯電話端末メーカーの衰退を招く一因となった。そしてこのことが更なる悲劇を生み出してしまうのである。
 少なくとも総務省は、従来の施策の効果測定を確実に行ったうえで、料金体系を検討するべきである。

悲劇の結末

 いま、あなたのお手許にある携帯端末を見ていただきたい。スマートフォンであれば、おそらくはアップルが大多数で、続いてシャープ、ファーウェイ、ソニーモバイルといった感じではないだろうか。

日本ではこの4社で約8割のシェアと言われている(アップルが全体の約5割!)。が、世界に目を転じればサムソン、ファーウェイ、アップルに続いてシャオミ、オッポ(ともに中国)……と、ベスト5に日本製品の影を見ることは出来ない。


 これが、悲劇の結末なのである。

 現在、携帯端末は外国製が主流となり、次世代通信網(5G)の中で名前のあがる日本企業は皆無である。あくまでも一因とはいえ、官の介入により開発能力を失った日本の企業は“これからの時代”に爪痕すら残せない状況に陥っているのである。

 そして新たなテクノロジーから取り残されてしまうとどのようなことが起こるのか――それは歴史が示してくれる。

過去の苦い経験

 そもそも日本の通信事業は、規制緩和の掛け声のもと、1985年の電電公社民営化でもって自由化された。事実、過激すぎる競争が展開された時代もあった。それは1990年代のことである。

「ゼロゼロワンダフル」(KDD)や「(田村正和の)零々四一、(鈴木保奈美の)零々四一子」(日本テレコム)といった派手なCM合戦を思い起こす方も多いだろう。

電電公社民営化にともない、国際通信も自由化され、KDDの1社独占から解放された後、ひと頃は7社の国際通信企業がシノギを削っていた(KDD、日本テレコム、IDC、DDI、MCIワールドコム・ジャパン、東京通信ネットワーク、NTTコミュニケーションズ/99年時点)。


 また、国内長距離電話市場でも日本テレコム、日本高速通信が競っていた。

この時代、日本市場を狙うAT&T(アメリカ)やC&W(イギリス)といった巨大外資が、手を替え品を替え、攻勢をかけていたのである。これにより1989年にアメリカ宛ての電話料金は3分間で890円だったが、10年後の1998年には240円になっている。


 しかし、これらの通信企業が今、どうなっているか――。複雑怪奇な合従連衡の顛末は拙著『通信の世紀』(新潮選書)に詳しいが、各社、生き残りをかけて吸収合併を繰り返した結果、現在は携帯電話市場を中心にNTTドコモ、KDDI(AU)、ソフトバンクに収斂している。さらに言えば日本市場参入を目論んだAT&TもC&Wも、それぞれ買収の憂き目に遭って姿を消した。


 ただ、ここで留意しなければならないのが、これら通信企業が過激な競争の果て、息絶えてしまったわけでもないということである。もちろん過当競争によりそれぞれ体力を奪われていったが、企業の息の根を最後に止めたのは、新たなテクノロジーの登場であった。すなわち携帯電話であり、さらにはインターネットであった。

失われた未来

 インターネット、携帯電話という新たなテクノロジーにより、当時有望視されていた国際電話、固定電話による長距離電話という市場はいとも簡単に潰えてしまった。駅前商店街の中で商店同士がシノギを削っている内に、郊外のショッピングモールが出来て、客を根こそぎ持って行かれたという感じだろうか。
 これこそが通信企業の中で起こっていることなのである。


 携帯端末は、いまや多機能化し、単なる通信機器から、情報収集や電子取引をするために欠かせない万能端末に進化している。一方、通信事業そのものはこの先困難を迎えると予想されている。

 この中でどうやって生き残るか――答えは明らかである。

 そう、テクノロジーである。


 たとえば、次世代通信システム(5G)導入のためにも多額の投資が必要である。携帯電話会社は、現在儲け過ぎのようにみえるが、目先の価格競争で資金難となって投資をためらえば、瞬く間に淘汰されてしまう。淘汰されてしまえば日本の産業全体にも悪影響を与えてしまうことになる。


 楽天が通信事業に野心を抱くように、これからは通信が全ての産業の“門番(ゲートキーパー)”になる。そこを抑えることの意味は、誰もが感じていることであろう。門番の意に沿わなければ、いくら高性能、高品質を謳っても、中に入ることはできないのである。


 そして今、門番の主導権を握る争いは米国と中国の間でのみ行われているということをわれわれは強く認識しなければならない。

大野哲弥
1956年東京生まれ。立教大学経済学部卒業、放送大学大学院文化科学研究科修士課程修了。博士(コミュニケーション学/東京経済大学)。1980年国際電信電話株式会社(KDD)入社。退職後、放送大学非常勤講師など歴任。2018年11月現在PR代理店代表。著書に『国際通信史でみる明治日本』(成文社)、論文に「西南戦争時の政府暗号補論」、「外国放送無線電報にかかわる外務省と逓信省の対応~外務省の内閣情報局構想と情報委員会~」など。共著論文に「原発事故を米軍“準機関紙”はどう伝えたか―Stars and Stripes 紙の報道内容分析から―」。
2019年3月13日 掲載

㊟この問題とは関係ないが、ドコモにしろソフトバンクにしろ、営業所の店員(99・9%派遣)たちの教え方だ。スマホが初めての客にも、機器を勝手に操作して次々と画面を換えて行く、

「君、最初に押したマークは何なんだ?」

 と問われると、「そんなことも知らないのか?」という顔。

「君たちの教え方、おかしいと思わんのか!」

 と叱りつけられても意味が分らないのだ。

『いいか?ここにタッチすると、このように画面が変わります。そして何が見たいか、何が知りたいか、などを訊くのが先だろ!』

 で漸く分かったようだ。私が何でこんな連中の教育をしなきゃならん。販売員に基本を教えろ。ま、私の言葉は90%命令調ではあるが。。。別れた妻にも「あなたは人に命令しかしない人なんですね」と注意されたが、、いまもそのまま。それでも店員は反省はしたようだ。家に帰って「あんな馬鹿な客は始めてだ」とやけ酒を煽っているかも。こんなヤツは将来性はない。

テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

おめでとう。女遊びがぎた夜の帝王も役立たないそうです。



おめでとう。女遊びがぎた夜の帝王も役立たないそうです。
「梅宮辰夫」独占手記 “夜の帝王”と呼ばれた僕が…6度目のがん闘病と人工透析
デイリー新潮

「梅宮辰夫」芸能界への遺言(1/3)

「仁義なき戦い」に「不良番長」、「前略おふくろ様」と当たり役は数知れず。日本映画黄金期にスター俳優として名を馳せた梅宮辰夫は、しかし、人知れず「がん」と戦い続けてきた。今月、81歳の誕生日を迎えた「辰兄」が初めて明かす闘病の日々と芸能界への思い。
 ***
【写真】闘病を支える梅宮ファミリー

 正直なところ、自分の「がん」について語るのは気が進まなかったんです。芸能人はイメージ商売だから、ひとたび「病気」が知れ渡ると俳優生命を脅かしかねません。溌剌とした役柄は演じづらくなるし、ロケの途中で倒れることを撮影スタッフに心配されて、キャスティングの段階で外されてしまうかもしれない。

 ただ、ここに来て僕自身の考え方が少し変わってきました。
 これまで公表を控えてきたけど、実は、この半年余りの間に、僕は2度のがんを経験したんですね。

 具体的に言うと昨年9月に「前立腺がん」、そして、今年1月に「尿管がん」の手術を受けています。このふたつを含め、僕はこれまでの人生で6度のがんに見舞われたことになる。

 当然ながら、がんとの戦いは生易しいものではありません。僕自身、何度目であっても「がん」と宣告されればショックを受けますよ。でも、その度に現実と向き合って、主治医や家族とじっくり話し合いながら治療方法を選び、どうにか病を乗り越えてきました。お陰様でこの3月11日には81歳の誕生日を迎えることができそうです。

 人生で6度ものがんに打ち克って、この年齢まで生きてこられたのだから、これ以上、隠し立てすることもないだろう、と。むしろ、僕が闘病について洗いざらい話すことで、まさにいまがんに直面して悩み、傷つき、希望を失いかけている人やその家族にエールを送りたいと思うようになったわけです。

 はじめに僕の「がん歴」を大まかに説明すると、まず30代半ばだった1974年に「睾丸がん」に罹り、それが左の肺に転移して「肺がん」と診断された。その後、30年ほどの期間を置いて、いまから7~8年前に見つかったのが初期の「胃がん」。2016年には「十二指腸乳頭部がん」で11時間に及ぶ大手術に臨みました。その後、今回の「前立腺がん」と「尿管がん」に至ります。こうして振り返ってみると、我ながらよく天に召されずに済んだものだと思いますよ。

「夜の帝王」と呼ばれた僕が…

 それでは、今日まで一切伏せてきた、5度目と6度目のがんのことから話を始めさせてもらいます。
 30年以上前から、僕は血液や心電図、レントゲンの検査を2カ月に1度、継続的に受けてきました。
 そうしたなか、昨年の夏に医師から、
「前立腺の異常を示すPSAというマーカーが高い数値をつけています」

 と言われたんです。

 同じ頃、おしっこに血が少し混じり始めた。詳細に調べてもらうと「前立腺が肥大している」という。結果、がんの疑いが強まって、昨年9月20日に手術することになったんです。前立腺がんと聞いて、おや、と思う読者もいるかもしれないのでハッキリ言いますよ。

 僕はもう勃ちません。

 でも、まぁ、それは大したことじゃない。若い頃は「夜の帝王」と呼ばれ、主演した「夜遊びの帝王」では「シンボルロック」なんて主題歌を歌ったけど、僕も傘寿を超えてるんだから。

 ちなみに、前立腺がんの手術について説明してくれたのは女医さんで、ストレートに言われました。

「梅宮さん、手術をしたら勃たなくなりますよ」

 ってね。その時は娘のアンナが付き添ってくれていたんだけど、僕の意見など聞かないうちに、

「パパはもういいわよね」

 と言うんだから参ったよ。とはいえ、何事も命には代えられません。

「絶対に生きるべきです」

 実際の手術は、手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を使ったもので、幸い成功に終わっています。ところが、術後の経過観察のために、定期的な検査を続けていたところ、担当の医師に思いもよらないことを言われたんだ。

「尿から悪性細胞が見つかりました。尿管がんの疑いがあります」

 前立腺がんの手術から日が浅かったこともあり、面喰ったのは事実です。

 ただ、主治医によれば、

「尿管はとても薄い臓器なのでがんが進行すると転移しやすい。しかし、今回はがんが固まりになる前の細胞レベルで見つけられました。その意味ではかなりの早期発見です。手術後の経過観察をきちんとしていたことが功を奏したのだと思います」

 つまり、前立腺がんに罹っていなければ、尿管がんが手遅れになっていたかもしれない。まさか「がん」によって、別の「がん」から救われるとは思いもよらなかったね。

 そうこうするうちに、尿管がんの手術が現実味を帯びてきたんですが、ここで別の問題が浮上した。この手術では、尿管と一緒に腎臓も摘出する。僕は左側の腎臓を失うことになるんだけど、右側は、左側と比べて小さく、ひ弱なんだ。そのせいもあって手術後は人工透析が必要になる、と。

 僕は主治医に常々、「人工透析をするくらいなら手術は受けない」と言い続けてきました。人工透析が必要になると、連日公演が続く舞台の仕事は受けられない。海外に釣りに行くことも難しい。果たして、そこまでして生き延びることに意味があるのか――。改めて人工透析という現実を突きつけられて、「うーん……」と悩み込んでしまった。

 そんな時、付き合いの長い男性の主治医が僕の気持ちに寄り添ってくれてね。根気強く説得されました。人工透析を受けなければ尿毒素が溜まって1週間でこの世とオサラバだ、ということも理解できた。主治医からはこうも言われました。

「梅宮さんは絶対に生きるべきです」

 それで、家族や友人、同じ病気を抱えている患者さんのことに思いを巡らせて、これはもう覚悟を決めるしかないな、と。そして、手術に踏み切ったんです。

 散々悩んだ末に決断した手術は、1月24日に無事終わりました。2月末に退院したものの、本当に大変なのはこれから。何しろ、1日おきに4時間の人工透析を受けることになる。人工透析を30年、40年と続けている患者さんには本当に頭が下がる思いですよ。80歳まで人工透析をせずに生きてこられたことを、僕はありがたく思わなければならない。

 同時にこうも思った。

 若い頃にがんを患ったことにも感謝すべきかもしれないな、と。
(2)へつづく
「週刊新潮

㊟辰っちゃん、生きて苦しむより安楽死を。健さんも逝った。文さんも逝った。私の嫌いな弘樹も地獄。大大嫌いな若山富三郎も地獄の底。顔がガンになる前に、惨めな姿を晒さないのが大スター

「梅宮辰夫」独占手記 “夜の帝王”と呼ばれた僕が…6度目のがん闘病と人工透析
デイリー新潮

「梅宮辰夫」芸能界への遺言(1/3)

「仁義なき戦い」に「不良番長」、「前略おふくろ様」と当たり役は数知れず。日本映画黄金期にスター俳優として名を馳せた梅宮辰夫は、しかし、人知れず「がん」と戦い続けてきた。今月、81歳の誕生日を迎えた「辰兄」が初めて明かす闘病の日々と芸能界への思い。
 ***
【写真】闘病を支える梅宮ファミリー

 正直なところ、自分の「がん」について語るのは気が進まなかったんです。芸能人はイメージ商売だから、ひとたび「病気」が知れ渡ると俳優生命を脅かしかねません。溌剌とした役柄は演じづらくなるし、ロケの途中で倒れることを撮影スタッフに心配されて、キャスティングの段階で外されてしまうかもしれない。

 ただ、ここに来て僕自身の考え方が少し変わってきました。
 これまで公表を控えてきたけど、実は、この半年余りの間に、僕は2度のがんを経験したんですね。

 具体的に言うと昨年9月に「前立腺がん」、そして、今年1月に「尿管がん」の手術を受けています。このふたつを含め、僕はこれまでの人生で6度のがんに見舞われたことになる。

 当然ながら、がんとの戦いは生易しいものではありません。僕自身、何度目であっても「がん」と宣告されればショックを受けますよ。でも、その度に現実と向き合って、主治医や家族とじっくり話し合いながら治療方法を選び、どうにか病を乗り越えてきました。お陰様でこの3月11日には81歳の誕生日を迎えることができそうです。

 人生で6度ものがんに打ち克って、この年齢まで生きてこられたのだから、これ以上、隠し立てすることもないだろう、と。むしろ、僕が闘病について洗いざらい話すことで、まさにいまがんに直面して悩み、傷つき、希望を失いかけている人やその家族にエールを送りたいと思うようになったわけです。

 はじめに僕の「がん歴」を大まかに説明すると、まず30代半ばだった1974年に「睾丸がん」に罹り、それが左の肺に転移して「肺がん」と診断された。その後、30年ほどの期間を置いて、いまから7~8年前に見つかったのが初期の「胃がん」。2016年には「十二指腸乳頭部がん」で11時間に及ぶ大手術に臨みました。その後、今回の「前立腺がん」と「尿管がん」に至ります。こうして振り返ってみると、我ながらよく天に召されずに済んだものだと思いますよ。

「夜の帝王」と呼ばれた僕が…

 それでは、今日まで一切伏せてきた、5度目と6度目のがんのことから話を始めさせてもらいます。
 30年以上前から、僕は血液や心電図、レントゲンの検査を2カ月に1度、継続的に受けてきました。
 そうしたなか、昨年の夏に医師から、
「前立腺の異常を示すPSAというマーカーが高い数値をつけています」

 と言われたんです。

 同じ頃、おしっこに血が少し混じり始めた。詳細に調べてもらうと「前立腺が肥大している」という。結果、がんの疑いが強まって、昨年9月20日に手術することになったんです。前立腺がんと聞いて、おや、と思う読者もいるかもしれないのでハッキリ言いますよ。

 僕はもう勃ちません。

 でも、まぁ、それは大したことじゃない。若い頃は「夜の帝王」と呼ばれ、主演した「夜遊びの帝王」では「シンボルロック」なんて主題歌を歌ったけど、僕も傘寿を超えてるんだから。

 ちなみに、前立腺がんの手術について説明してくれたのは女医さんで、ストレートに言われました。

「梅宮さん、手術をしたら勃たなくなりますよ」

 ってね。その時は娘のアンナが付き添ってくれていたんだけど、僕の意見など聞かないうちに、

「パパはもういいわよね」

 と言うんだから参ったよ。とはいえ、何事も命には代えられません。

「絶対に生きるべきです」

 実際の手術は、手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」を使ったもので、幸い成功に終わっています。ところが、術後の経過観察のために、定期的な検査を続けていたところ、担当の医師に思いもよらないことを言われたんだ。

「尿から悪性細胞が見つかりました。尿管がんの疑いがあります」

 前立腺がんの手術から日が浅かったこともあり、面喰ったのは事実です。

 ただ、主治医によれば、

「尿管はとても薄い臓器なのでがんが進行すると転移しやすい。しかし、今回はがんが固まりになる前の細胞レベルで見つけられました。その意味ではかなりの早期発見です。手術後の経過観察をきちんとしていたことが功を奏したのだと思います」

 つまり、前立腺がんに罹っていなければ、尿管がんが手遅れになっていたかもしれない。まさか「がん」によって、別の「がん」から救われるとは思いもよらなかったね。

 そうこうするうちに、尿管がんの手術が現実味を帯びてきたんですが、ここで別の問題が浮上した。この手術では、尿管と一緒に腎臓も摘出する。僕は左側の腎臓を失うことになるんだけど、右側は、左側と比べて小さく、ひ弱なんだ。そのせいもあって手術後は人工透析が必要になる、と。

 僕は主治医に常々、「人工透析をするくらいなら手術は受けない」と言い続けてきました。人工透析が必要になると、連日公演が続く舞台の仕事は受けられない。海外に釣りに行くことも難しい。果たして、そこまでして生き延びることに意味があるのか――。改めて人工透析という現実を突きつけられて、「うーん……」と悩み込んでしまった。

 そんな時、付き合いの長い男性の主治医が僕の気持ちに寄り添ってくれてね。根気強く説得されました。人工透析を受けなければ尿毒素が溜まって1週間でこの世とオサラバだ、ということも理解できた。主治医からはこうも言われました。

「梅宮さんは絶対に生きるべきです」

 それで、家族や友人、同じ病気を抱えている患者さんのことに思いを巡らせて、これはもう覚悟を決めるしかないな、と。そして、手術に踏み切ったんです。

 散々悩んだ末に決断した手術は、1月24日に無事終わりました。2月末に退院したものの、本当に大変なのはこれから。何しろ、1日おきに4時間の人工透析を受けることになる。人工透析を30年、40年と続けている患者さんには本当に頭が下がる思いですよ。80歳まで人工透析をせずに生きてこられたことを、僕はありがたく思わなければならない。

 同時にこうも思った。

 若い頃にがんを患ったことにも感謝すべきかもしれないな、と。
(2)へつづく
「週刊新潮

㊟辰っちゃん、生きて苦しむより安楽死を。健さんも逝った。文さんも逝った。私の嫌いな弘樹も地獄。大大嫌いな若山富三郎も地獄の底。顔がガンになる前に、惨めな姿を晒さないのが大スター

テーマ:芸能ニュース - ジャンル:ニュース

«  | ホーム |  »

ブロマガ

月刊ブロマガ価格:¥ 680

紹介文:

ブロマガ記事一覧

ブロマガを購入する

購入したコンテンツは、期限なしに閲覧いただけます。

プロフィール

長官官房

Author:長官官房
渡邉 正次郎(わたなべ しょうじろう).
政治ジャーナリスト・作家
レコードヒットチャート編集長を経て、衆議院議員小峰柳多秘書、参議院議員迫水久常秘書となり、多くの政治家の選挙参謀として活躍。現在、政治・社会評論、講演の傍ら、何人もの政治家ブレーンとして『国会質問、演説原稿』等を依頼され、選挙参謀としても活動し、全員当選させている。.
 99年の東京知事選で石原慎太郎を担ぎ出させ、最後に名乗りを挙げさせる。投票日昼に「石原は165万票で当選」とマスコミ取材に応え、組織を持たない石原の票読みを的中させ驚かせた。また、オウム真理教の看板男、上佑史浩が「数百人のジャーナリストとお会いし、唯一人信じられたのは渡邉先生です」と、逮捕の日に身元引受人を依頼したことはメディアに大きく取り上げられた。.
 また、参議院議員迫水久常秘書当時、全国の暴走族を大同団結させ、『関東連合を』設立、初代最高顧問として抗争事件を起させぬよう指導した。この当時の教え子たちは現在、地方議会、大企業、役人として活躍しており、現在も彼らは情報を提供してくれている。もちろん、闇社会にも教え子は多く、彼らは組織の大幹部、親分ではあるが、今も関東連合初代最高顧問として熱い尊敬を受けている。.
.
議員生活約30年の小泉元首相“議員立法”一本もなし!が、一民間人の政治ジャーナリスト・作家の渡邉正次郎が発案、または改正させた法律(順不同).
.
*動物愛護管理法の改正.
《ペット飼育者のペット放置、殺害の多さをレビ報道で知り、『重い刑事罰に』、.
と武山百合子議員に国会で提案させ議員立法で改正を実現。今後はペットを金儲.
けに繁殖させるブリーダーや販売業者の取り締まりもより厳しくなる。<動物愛.
護管理法は明治時代に施行。このときまで一度も改正されず>》 .
.
*団体規制法(国家転覆を図った団体を取り締まる).
《オウムに破防法適用を政府が決定。が、5人の公安審査会で否決(委員に破防.
法絶対反対を組織決定している極左弁護士3名。)され激怒。武山百合子議員か.
ら国会質問作成を依頼されたことをチャンスに、衆議院予算委員会分科会で、.
「国家転覆を狙ったオウム真理教に破壊活動防止法を適用できないならば、それ.
に替わる法律を作るのが国家の義務」と質問。.
松浦功法務大臣が「素晴しい質問で、即議員立法ででも」と答弁。議員立法で成立。同時に「公安審査会の委員に破防法絶対反対の極左弁護士三名はおかしいのではないか」の質問も。以降、弁護士を2名に減》.
.
*NPO法.
《河村たかし現名古屋市長が現役代議士時代に発案法律。が、当時の大蔵官僚が.
“金を集めるのは大蔵省以外許さない”と自民党議員らに逆陳情し、廃案にされ.
る寸前に河村議員から相談され、素晴しい法案なので親しい自民党議員たちを半.
分脅し継続審議に持ち込み、次の国会で成立》.
*個人情報保護法.
《武富士顧問当時、「同業者の消費者金融Pがブラックリスト(返済がない悪質なもの)を闇金融に売り飛ばしているので、取り締まって欲しい」と依頼を受け、河村たかし議員に持ち込む。議員室に大蔵省役人を呼んで『取り締まるように』と指示すると、「取り締まる法律がない」と。ならばと河村議員を法案筆頭提案者で議員立法で成立》

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

未分類 (307)
ニュースの深層 (12715)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR