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2018-12

こりゃ、大事だぞ!!小室母子の会見煽るのは反日TBS,テレ朝か!?

こりゃ、大事だぞ!!会見煽るのは反日TBS,テレ朝か!?


宮内庁関係者が危惧「小室さん親子が釈明会見を開いたら…」
2018.12.21 16:00

 イルミネーションで着飾った街を行き交う人々は、白い息を吐きながら、街のあちこちにあるクリスマスツリ

 イルミネーションで着飾った街を行き交う人々は、白い息を吐きながら、街のあちこちにあるクリスマスツリーを見上げていた。米ニューヨーク、マンハッタン。この時期、世界で最も華やかになるその場所で、秋篠宮家の長女・眞子さま(27才)の婚約内定者、小室圭さん(27才)は留学生活を送っている。


 小室さんが通うフォーダム大学ロースクールもクリスマス休暇を迎える。米国留学中の学生の多くは、12月中旬の期末試験を終えると、故郷で年を越すため帰国するという。


 さて、小室さんは帰ってくるのか──それは皇室記者たちの大きな関心事だ。


「帰国すれば空港には警備態勢が敷かれ、神奈川県横浜市の自宅マンションへの帰り道にもSPの私服警官がつきます。小室さんの留学後、空っぽになった自宅前のポリスボックスにも再び制服の警官が立つことになるでしょう。秘密裏に帰国することはできず、小室さんの周辺には絶えず物々しい空気が漂います。天皇皇后両陛下が今のお立場で過ごす最後の年越しです。静謐な空気の中でお過ごしいただきたいところなのですが…」(皇室記者)


 平成最後の1年間は、眞子さまの結婚問題に揺れた。2017年5月、NHKが眞子さまの婚約を報じると、9月にはおふたりそろっての婚約内定会見が開かれた。ところが、12月に小室さんの母・佳代さんの金銭トラブルが噴出すると、2018年2月に「結婚行事の2年延期」が発表された。


 8月には小室さんが3年間の米国留学に発った。「プリンセス・マコのフィアンセ」と大学のホームページで紹介されると、「年間約700万円の学費が免除されたのは、“天皇の孫の結婚相手” という立場をアピールしたからだ」と、小室さんに皇室利用の批判が巻き起こった。


《いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません》


 秋篠宮さまは11月末の誕生日会見で、そう明言された。


「小室さんの留学先の大学は年末年始の休みが少ないので、帰国する余裕はないのではないかといわれています。もし帰国しても、秋篠宮ご夫妻がお会いになることはないそうです。金銭トラブルについての小室さんの説明不足には、秋篠宮さまは強い不信感をお持ちだそうです。美智子さまが『これはもう眞子本人が気づいて、決めるしかないこと』だと静観されている中で、秋篠宮さまが今、お会いになる理由はありません」(皇室ジャーナリスト)


 誕生日会見に同席された紀子さまは《家族として非常に難しい状況の中にあります》と述べられた。


◆秋篠宮家の“異変”


 12月13日から3日間、宮内庁職員や皇族方の作品が展示される、宮内庁の「文化祭」が、一般には非公開で行われた。その中で、秋篠宮家の“異変”が感じられたという

「13日朝、学校がお休みだった悠仁さまは、眞子さまと一緒に会場を訪れました。2018年のご一家の作品は、秋篠宮さまによる写真と、悠仁さまによる粘土細工のトンボだけでした。2017年は、家族全員で作られた昔の日本家屋の模型を展示されていたので、今回は紀子さま眞子さま、佳子さまの出展がなかったことになります。眞子さまの結婚問題以降、特に紀子さまと眞子さまの間で緊張感があり、作品の制作を見送られたのかもしれません」(皇室関係者)


 眞子さまはまだ小室さんとの結婚の意思をお持ちで、ご夫妻とは結婚についての話し合いができていない状態が続いている──それが、秋篠宮家周辺の一致する見解だ。


「秋篠宮さまの娘の幸せを思うお気持ちが、裏目に出てしまうかもしれません」と語るのは、ある宮内庁関係者。


「秋篠宮さまは誕生日会見で、小室家に《それ相応の対応》、つまり、会見など公の場で、トラブルに関する説明責任を果たすことを求めました。それをクリアすればまだ結婚の可能性を残すという、秋篠宮さまの優しさから出たお言葉だったのでしょう。


 しかし、宮内庁関係者の一部で案じられているのは、“実際に小室さんと母・佳代さんが会見を開いたらどうするつもりなのか”ということです。小室さんがこのクリスマス休暇や年末年始にも一時帰国し、会見を開かないとも限らないのです」


 会見を開けば、あらゆるメディアが殺到するはずだ。質問を一切受け付けないということもできず、鋭い質問が飛ぶことも予想できる。


「小室家が、秋篠宮さまからどのように結婚延期を伝えられたのか、ご夫妻や眞子さまとどういう話し合いがされてきたのか、その内幕が明かされてしまうかもしれません。さらに言えば、小室家が説明を尽くし、国民の祝福につながれば、結婚を許さない理由がなくなる、ということです」(前出・宮内庁関係者)


 ある皇室関係者は、「覆水盆に返らず。一度、秋篠宮殿下の信頼を失ったら、元には戻らない」と話すが、小室さんが《それ相応の対応》をクリアすれば、結婚を認めざるを得なくなるのではないか。


「小室さんは眞子さまが信頼された人柄ですから、多少の難があっても、結婚生活は送れるかもしれません。ただ、佳代さんが“皇族の親戚”になるということの方が、決定的に難しいのではないでしょうか」

 そう前出の宮内庁関係者は呟くのである。

※女性セブン2019年1月3・10日号


㊟大変な母親を持つ男に惚れてしまったもの。皇室を混乱させようと会見を画策しているのは反日急先鋒のTBSと。テロ朝なる名誉ある蔑称?を貰っているテレ朝と、醜ゴキ機関紙・蛆キムチ新聞日本支社の「朝日新聞」だろう。

 ここからは私の推測だが、外国人記者クラブで会見させるとして、小室母子にはTBS,テレ朝が各200万円、朝日新聞、毎日新聞が各100万円。計(圭ではない)600万円+α。米国往復ファースト座席代、数日彼の都内高級ホテルの宿泊代も払うだろう。

 思い出してください。「安保法制」反対で国会前デモを煽ったシールズの代表を村山富市元首相の住む、大分に連れて行ったり、村山氏に交通費、宿泊代、ギャラまで払ったのはTBS「報道特集とテレビ東京でした。

 この情報もTBS,テレ東にいる渡邉機関でした。同じパターンでしょう。実行されたらまた情報が入ります。その時は私は国会を動かす。断言して置く。

小室の母は眞子さまと結婚成立となったら、第二の野村沙知代(元新橋の売春婦)、細木数子(元暴力団幹部情婦)になるぞ。
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坂口杏理ほどキモい女って見た事ない!?



坂口杏理ほどキモい女って見た事ない!?


「オトコ漁りが目的だろ」の罵声浴びるAV女優崩れ坂口杏里

目的はイケメン食い!? 坂口杏里のバンドメンバー募集告知に「下衆の勘繰り」
アサ芸プラス / 2018年12月18日 17時59分

 一大決心もイメージの悪さが原因で言われたい放題!?

 元タレントの坂口杏里がインスタグラムを更新し、バンド結成のため、バンドメンバー募集の投稿をしたのは12月10日のことだった。4日にライブハウスで行った芸能界復帰を目指すイベント「坂口杏里の芸能復帰までの道のり」で、ゆずの人気楽曲「栄光の架橋」などを熱唱。人前で歌を歌う喜びを覚え、歌手活動も視野に入れるようになったようだ。さらに作詞など創作活動にも興味を持つようになったようだが、今回の投稿では〈坂口杏里審査にての、バンドメンバー募集しようかなと考えています!〉と、バンド結成に向けて動き出したのだ。

 とはいえ、これまで歌に苦手意識を持っていた坂口がカラオケイベントをきっかけに突然生まれた進路だけに勢いで大風呂敷を広げた感じも否めない。また、これまでの素行の悪さからこのバンド結成報告については、ネット上で好き勝手言われているようだ。

「夜の接客男性にドハマりするなどオトコ関係にだらしなかった坂口とあって、ネット上では『坂口審査はイケメンかどうかを一番重要視するのかな』『男漁りが目的だろ』『普通にバンドメンバー食べそう』といったような声があがるなど、バンドメンバー募集は建前で男漁りが目的では? と疑う声も上がっています。

実際、4月に放送された『水曜日のダウンタウン』(TBS系)では、コロコロチキチキペッパーズのナダルが『坂口杏里さんが∞(むげんだい)ホール(吉本興業のホール)のカッコいい若手芸人に手紙渡しまくってる』という情報を暴露。さらに『やっぱその日のうちに…みたいで、その日のうちに返事返せへんかったらもう二度と返ってこうへん』と補足していました。自主規制で一部の内容が隠されていたため、正確なことはわかりませんが、坂口のイメージもあって、イケメンに手あたり次第に手紙を渡して、その日のうちに肉体関係になろうとしていると推測するのが妥当に感じられます。そんな坂口が今回、バンドを結成するということですから、そういった目で見られるのも、仕方ないことかもしれませんね」(エンタメ誌ライター)

 需要があるかはおいておき、バンド結成に関しては本人の自由。全力でぶつかって、自分が納得いくまで頑張ってほしいところだ。
(権田力也)


㊟こんな女をテレビという公器に出すべきじゃない。その判断がテレビ局の幹部にできるのか?

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ハリセンボン春菜が原因?「スッキリ」がついに打ち切り間近の大ピンチ!



ハリセンボン春菜が原因?「スッキリ」がついに打ち切り間近の大ピンチ!
アサ芸プラス / 2018年12月18日 17時58分

 12月13日に放送された情報番組「スッキリ」(日本テレビ系)での、MC・加藤浩次の発言が注目を集めている。番組では、専業主婦に関するアンケートが紹介されたという。

「番組では、『専業主婦の5割強が罪悪感を抱いている』という、調査機関によるアンケートを取り上げました。一部の主婦は、『健康なのに働かないなんて』など陰口を言われることもあるようで、悩んでいるのだとか。これに加藤は『それぞれの夫婦の形がありますから』『罪悪感を感じる必要はない』ときっぱりコメントし、視聴者の主婦から『救われた』と称賛の声が飛び交いました」(テレビ誌記者)

 かつては狂犬と呼ばれるバラエティのイメージが強かった加藤だが、2006年に同番組が始まって以降は、バランス感覚に優れたコメントで人気を博し、長年、朝の顔を務めている。しかし12月14日発売の「フライデー」によると、番組が近々打ち切られる可能性があるというのだ。

「『フライデー』が日テレスタッフに取材したところ、近年は羽鳥慎一の『モーニングショー』(テレビ朝日系)に視聴率が大きく離されているそう。その原因は、サブMC・ハリセンボンの近藤春菜のコメントが説得力に欠け、主婦層に支持されていないからだと考えているようです。それならば近藤だけを降板させればいいのですが、どうやら彼女は加藤の推薦で加入した背景があるため、クビにするわけにはいかないとのこと。そのため、このまま数字が下がり続ければ、番組ごと打ち切りとなる可能性があるようです」(前出・テレビ誌記者)

 朝の情報番組は「PON!」を9月に打ち切ったばかりの日テレ。今度は「スッキリ」に大ナタを振るうことになるのだろうか。


㊟加藤は人を見る目がなかったということ。漫才コンビの極楽とんぼも破廉恥行為を犯して消えたしね。

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田中圭 一周忌前に母の死公表「母ちゃん、俺成功するから」


田中圭 一周忌前に母の死公表「母ちゃん、俺成功するから」
女性自身


「がんを患っていたお母さんの容態が急変して、田中さんが病院に駆けつけました。しかし、意識はあってももう話すことすらできない状態だったそうです。田中さんはお母さんの手を握り締めて、『俺、役者として絶対に成功するから』と涙ながらに誓ったといいます」(田中をよく知る舞台関係者)


ドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)で、18年最もブレークした、俳優の田中圭(34)。期待されていた映画化も決定し、各局のバラエティにも引っ張りだこの人気ぶりだ。だが、そんな華々しい活躍のカゲで、最愛の母が今年の1月15日にがんで急逝していた――。


「お母さんのがんが発覚したのは17年の夏。検査結果が出たときはすでにステージが進行していたそうですが、根治を目指して前向きに治療を始めました。お母さんはがんと思えないくらい元気で、お正月も好物の中トロとカニをたくさん食べていたとか。それが医者も驚くほどいきなり容体が急変してしまって……」(田中の知人)


もうすぐ一周忌を迎える最近になって、田中は雑誌のインタビューで母の死をこう振り返っている。《今年のはじめに母は他界したので、残念ながら母に『おっさんずラブ』を見てはもらえませんでした》(『東京カレンダー』11月21日発売号)


前出の舞台関係者はこう語る。


「ファン限定公開のブログではお母さんが亡くなったことを報告したものの、田中さんはこの1年間あえて公言しなかったんです。今年は仕事に邁進すると決めた以上、変に同情されたり色眼鏡で見られたりすることを避けたかったのかもしれません。ただ、一周忌も近くなり、自身の人生の転機ともなった18年を総括するうえで、語らずにはいられなかったのだと思います」


父もきょうだいもおらず、母一人子一人の母子家庭で育った田中。俳優の道に導いてくれたのも、ほかならぬ母だった――。


「中学3年生のころにお母さんがオーディションに応募したんです。『母子家庭という理由で息子に悲しい思いはさせない』というのが、お母さんのモットー。田中さんの出身中学・高校は有名私立で、学費も年間80万円近くかかるのですが、お母さんは必死に仕事をして通わせたといいます。田中さんは『今の俺があるのは全部母ちゃんのおかげ。母子家庭で嫌な思いをしたことは一度もない』といつも感謝していましたね」(前出・知人)


そんな一心同体だった母を突然失ってしまったショックはいかばかりか――。家族問題評論家の池内ひろ美さんはこう分析する。


「シングル家庭の場合、『子どもには順風満帆な人生を送ってほしい』と、親が過剰な期待をかけてしまいがち。それで親子関係がギクシャクしてしまうことも多いのですが、お母さんが亡くなったときの田中さんの対応を聞くと、親子でいい距離感を保っていたことがわかります。だからこそお母さんの死にただ打ちひしがれるのではなく、辛い経験をバネに俳優として躍進できたのだと思います」


涙を隠して、必死で生き抜いた18年。その原動力となったのが、愛妻(35)と2人の娘たちだ。


「お母さんが亡くなったことで、田中さんはいままで以上に家族との時間を大切にするようになりました。年末年始も多忙なスケジュールで、次に休みを取れるのは3月中旬から末までと聞いています。その少ない休みを家族サービスにあてようと今から計画を立てているそうです」(前出・知人)


前出のインタビューで、《今年の僕の状態を誰よりも願っていてくれたのが母ちゃんだったから、母ちゃんのためにも後悔しない人生を送らないと》と語っていた田中。「ずっと2人」だった母との記憶が、これからも田中を鼓舞してくれることだろう――。


㊟こんな母ばかりじゃないんです。子を殺す母、父が増えています。昔は、生活苦から子殺しをした人も多かったと聞く。


 渋谷代官山から止めて通りを渡り、中目黒に下るクネクネした坂道を「暗闇坂」と呼ばれていますが、昔、貧しい農民たちが産まれた子を育てられず、その坂に住んでいた婆さんに預けて殺してもらったのだと。。。中目黒生まれの少年が教えてくれた。

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靖国神社に火を放った醜ゴキブリをどう始末するか!!



靖国神社に火を放った醜ゴキブリをどう始末するか!!

靖国神社に放火で逮捕! 中国人は「南京事件」を本当に知っているのか
デイリー新潮

 靖国神社の門の前で紙に火をつけた中国人男女が12日、逮捕された。「南京事件」への抗議が目的て、「南京事件を忘れるな」といった横断幕を掲げていたという。その抗議の熱量は相当なものであるが、彼らが日本政府の見解を知っているのかははなはだ怪しい。

 こうした中国人をはじめとする日本に対して批判的な人たちは、「日本は南京事件を認めていない」と主張しがちだが、これは完全な間違い。
 外務省のホームページには、次のような正式見解が記されている。


「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。

先の大戦における行いに対する、痛切な反省と共に、心からのお詫びの気持ちは、戦後の歴代内閣が、一貫して持ち続けてきたものです。そうした気持ちが、戦後50年に当たり、村山談話で表明され、さらに、戦後60年を機に出された小泉談話においても、そのお詫びの気持ちは、引き継がれてきました」


 この見解は、彼らが勝手に極右扱いする現政権でも引き継がれている。誰も「忘れ」てはいないのである。もちろん日本国民の中にはそもそも知らない、興味がない、忘れたい、という人もいることだろうが、中国と異なり、個々の国民の思想を縛ることはできないから、文句を言われても仕方がない。

客観的資料はない

 見解からもわかるように、多くの場合、争点となっているのは「殺害や略奪行為」の「有無」ではなく、人数や程度である。これを中国側は少なくとも30万人は虐殺された、と主張し続けているのだ。


 しかし、実際には「30万人」を裏付ける客観的資料は存在していない、と公文書研究の第一人者である有馬哲夫・早稲田大学教授は指摘している。当の中国は南京事件の関連資料を「世界記憶遺産」に登録させるなどの活動を行なっているが、その資料にすら「30万人」を示す根拠はないのだというのだ。以下、有馬氏の『歴史問題の正解』から、「南京事件」の実態を見てみよう(以下、引用は同書より)


「よく引用され、今回の(世界)記憶遺産にも指定されている南京安全区にいた欧米人の日記や記録でも、少人数の虐殺や暴行については目撃証言があるが、数百とか数千とかの単位のことになると伝聞ばかりになっている。

 ただし、これらの欧米人は、安全区に流入した避難民に食糧を提供していた関係で、南京市内に残った中国人の人口に関しては、日本軍や現地の中国人よりも正確に把握していた。筆者もイギリス公文書館(ロンドン)で外務省の公文書『南京の残虐事件』を見つけたが、これによれば、当時南京の安全区の人口はおよそ25万人だった。


 この手記は、当時安全区にいた一人のキリスト教宣教師(氏名は記されていない)が南京からビルマに移ったときにイギリス貴族院議員ジョセフ・モンテーギュ・ケンワージーに手渡したものだ。ケンワージーは南京の情勢についての重要な情報としてこれを当時の外務大臣エドワード・ウッドに転送したので、これが外務省の文書として残ることになった。
 世界記憶遺産に指定されなかったこの手記も、南京陥落前後の『日本軍の残虐行為』について詳細に記述している。だが、登録された他の欧米人の手記と同じく、犠牲者がおよそ30万人だということを証明してはいない。むしろ、その逆である。


 手記に書かれているような残虐行為があったのだから、中国人は安全区に逃げ込むか、さもなければ市外に逃れるかしかない。だが、手記の中では、安全区の外へ出て様子を見た他の欧米人の一人が、市内には人がまったくいなかったと証言している。とすれば、この25万人を上回る数の中国人は南京城内にいなかったと考えるのが妥当だろう。つまり、30万人もの人々を虐殺することは不可能なのだ。


 また、この記録によれば、南京に安全区が設けられたのは、日本軍が南京に迫っていた11月中旬であり、すでに避難民の流入が始まっていて、安全区内の人口はこの時点でおよそ25万人に達していた。周辺地域からの南京城内への流入が始まったあとで、10万単位の避難民の減少(つまり「大虐殺」)があったならば、そのことに言及しそうなものだが、そのような記述はない。

 あるのは、日本軍による100人単位(累計で数千人単位)での国民党便衣兵(中国の庶民の服である便衣を来た兵士)の処刑があったようだという伝聞情報と、ほぼ毎日のように行われる安全区にいた少人数の中国人に対する暴行(特に女性に対する性的暴行)の目撃情報だ。

 仮に数百、数千の便衣に着替えた国民党軍兵士の処刑が継続してなされたとしても、数万にしかならない。(当時の)朝日新聞も国民党軍の戦死者(虐殺犠牲者ではないことに注意)は8万人前後で、捕虜の数も1万500人とされている。安全区にいた他の欧米人のなかにも、死傷者の数が、万単位だったと証言するものはいない。


『南京事件』についての客観的資料の少なさは、私たちが歴史的事実とプロパガンダを峻別しなければならないということを改めて教えている。実際、どのくらいの数だったのか、日本側も中国側も、客観的資料に基づいて明らかにすることができない。中国はこの実証不可能性を逆手にとってプロパガンダとして使い続けているのだといえる」

間違いはどこにあるのか

 もちろん30万人ではなく数万人、数百人であっても一般人の殺害は許されるものではないだろう。人数で言い争っても、「30万よりも少ないから見逃せというのか」という批判を招いてしまう。

 だから「南京事件」で争うべきは、数ではなく、誰がどんな間違いをしたのか、という点である、と有馬氏は説く。


「まず、問わなければならないのは、なぜ『南京の大勝利』ではなく『南京事件』になったのかということだ。つまり、通常の戦闘ならば、何万人戦死しようと、当時の朝日新聞でも報じられたように、それは軍事的大勝利であってなんら問題はない。通常の戦闘以外の死者がきわめて多く出たので『南京事件』と呼ばれることになったのだ。


 では、なぜ通常の戦闘にならなかったのだろうか。端的にいうと国民党政府軍事委員長・蒋介石が戦いの途中で麾下(きか)の数万の兵士を置き去りにして南京から逃げたからだ。(略)


 日本軍に包囲され、指揮官を失い、逃げ道を失った彼らは、投降するより軍服を脱ぎ捨てて便衣(中国の庶民の服)を着て民間人になりすますことを選択した。だから、南京入りした日本軍は、脱ぎ捨てられたおびただしい数の国民党軍の軍服を発見した。


 日本軍は当惑した。南京市内には一般市民がいる。彼らと便衣服を着て一般市民になりすました国民党軍兵士(以下、便衣兵)とを見分けるのは難しい。


 もっと問題なのは、この2者を足すと日本軍よりはるかに数的優位になるということだ。安全区国際委員会の報告書でも南京陥落前後に安全区にいた中国人は前述のようにおよそ25万人だった。

 何も手を打たなければ、疲れ切っていて、そのうえ緊張の糸が切れかかっている日本兵は、便衣を着た国民党軍兵士のゲリラ攻撃の絶好の的となる。下手をすると大打撃を蒙って南京から撤退しなければならなくなるかもしれない。
 そこで、『掃蕩』が行われることになった」


 当時の中支那方面軍司令官の松井石根大将は、青壮年は便衣兵と見なして逮捕監禁せよ、と命じた。しかし、ここでいうところの「掃蕩」は、本来、その場から「取り除くこと」であって、「処刑すること」ではなかった。が、実際には処刑されるものも相当数出てしまう。


「日本軍は逮捕監禁した『青壮年』中国人を国民党軍兵士と民間人とに選り分けようと努めた。実際それを実現できた日本軍の部隊長たちもいる。だが、数があまりにも膨大で、収容施も不足していて、まだ何が起こるかわからない状況では、現実的に対処せざるをえない。


 また、国際法上の問題もあった。当時南京安全区にいて、日本軍の行動を見ていた欧米人は、逮捕監禁された人々を『捕虜』として人道的に扱うように外交ルートを通じて日本軍に求めた。(略)


 ハーグ陸戦法規では、戦闘で敗北した兵は、降伏して『捕虜』となれば人道的扱いを保障されることになっている。日本はこの法規を批准していたので、彼らが『捕虜』ならば、そのように扱わなければならなかった。


 ところが、この段階では、日本も国民党も宣戦布告をしておらず、日中間の戦いは正式の戦争ではなく『事変』という扱いになっていた。日本側も中国側も、正式の戦争とすると国際法規にしばられるので戦いにくくなり、かつアメリカの『中立法』に引っかかり、戦略物資を調達できなくなるというのが理由だった。

 したがって、日本軍が『掃蕩』した『青壮年』中国人のなかの便衣兵に関しては、ハーグ陸戦法規の埒外で、『捕虜』ではないということになる。

『南京事件』に関して、外国人居留区にいた西欧人の証言がよく引用されるが、彼らが現地中国人から聞いた『虐殺』のほとんどは、便衣兵の処刑だとみられる(伝聞で知った未確認情報なのでこういうしかない)。


 しかし、日本軍がこの法規にしたがったとしても、戦闘員が民間人になりすますこと自体が違反なので、非は便衣を着て民間人に化けた国民党軍兵士にあったことになる。


 実際、安全区に逃げ込んだ便衣兵が避難民を人間の盾にして、隠し持った武器を使用して日本軍と戦闘に及んだという例さえある。これが大規模に、しかも多発すれば、どういう事態になるか容易に想像がつく。こういったことを未然に防ぐためにも、便衣兵に関しては処刑もやむなしということになる。たとえ便衣兵がハーグ陸戦法規を知らなかったとしても、戦闘員は民間人を巻き込むような行為をしてはならない(略)。


 はるかに大きな責任と罪があるのは、我身のことしか考えず、組織的に南京から撤退するということをしないどころか、逆に督戦隊を置いて兵士が城外に逃れられないようにし、便衣兵にならざるをえない状況をつくり、南京市民もそのまま置き去りにした蒋ら国民党軍幹部だということを改めて確認しておこう。


 その一方、日本軍による一般市民への残虐行為と暴行の事実も決して見過ごすことはできない。欧米人による目撃証言は、便衣兵に対するものほど規模は大きくないものの、老若男女を問わない一般市民への残虐行為と暴行が行われたことも明らかにしている。また、日本軍自体がそれを認めている。とくに女性に対する性的暴行が目立っていて、安全区にいた欧米人もしきりにこのことを日記や手紙に書いている。

 これらの残虐行為と暴行は戦闘行為とはいえず、いかなる弁解の余地もない。この点は重く受け止め、日本軍の非を認めるべきだろう。この部分までも否定すると、かえって誠実さを疑われ、再三いうが、国際世論を敵に回すことになる」


 こうした事実を踏まえたうえで、再度、日本側の公式見解を見ると、実は過不足なく「南京事件」について反省すべき点は反省し、お詫びの気持ちを示していることがよくわかるだろう。
 それにもかかわらず、わざわざ靖国神社で抗議活動を行うというのは、ピントの外れた単なる犯罪だと言われても仕方がないのではないか。

デイリー新潮編集部


㊟この問題は私が天国(私は地獄に行かない?)に逝っても続くだろう。解決策など生まれる筈もない。

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“殺処分ゼロ”を謳って虐待 偽善組織「ピースワンコ」が摘発された!





“殺処分ゼロ”を謳って虐待 偽善組織「ピースワンコ」が摘発された!
デイリー新潮


 殺処分。嫌な響きである。ゼロになるに越したことはないが、そう謳って救った犬たちが、実は殺処分以上の虐待にさらされ――。ピースワンコ・ジャパンのそんな実態を、本誌(「週刊新潮」)は2度にわたりレポートしてきたが、ついにこの“偽善組織”が書類送検され、同時に愛護団体から告発されたのだ。

 ピースワンコ問題の理解には、先月26日、広島県警福山北署に送られた告発状を読むのが早そうだ。動物愛護管理法に違反しているとして、ピースワンコ・ジャパンの事業を司るNPO法人ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)の大西健丞代表理事と、ピースワンコの責任者、大西純子氏を告発したものだ。以下、概要をザッと示そう。


 広島県神石高原町に本部を置くピースワンコが行うのは、行政が収容した犬を引き取って里親に渡す事業で、2016年からは広島県内で殺処分対象となった犬はすべて引き取り、その資金に、神石高原町のふるさと納税を使ってきた。


 ところが、四つのシェルターのなかで最大で非公開のスコラ高原シェルターは、今年1月時点で1400頭収容の過密状態。ところがスタッフは数人だけで、餌も1日1回。劣悪な環境で極度のストレス状態にある犬たちは、弱い犬を集団で攻撃し、月に30頭が死亡していた。

また、ピースワンコは不妊・去勢手術を基本的に行わない方針なので、子犬もよく生まれるが、感染症などで死亡したり、夜中に生まれるとほかの犬に食べられたりしていた。なのに少なくとも今年1月まで、このシェルターには外科の器具すらなく、犬の数が多すぎるため、子犬を蹴りあげるなど、職員の乱暴な扱いが目立った――。


「我々は状況証拠や内部告発者の証言を集め、ピースワンコが行っていることは動物愛護管理法違反だから捜査してほしい、という趣旨で告発しました。〈愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者〉への罰則を定めた動物愛護管理法第44条1項への違反。加えて〈健康及び安全を保持することが困難な場所に拘束することにより衰弱させること〉〈疾病にかかり、又は負傷したものの適切な保護を行わないこと〉を禁じた、同じ条の2項への違反です」


 と語るのは、告発した日本の保護犬猫の未来を考えるネットワーク代表の多田和恵さん。現在、ネットワークに76団体が賛同、浅田美代子、杉本彩ら芸能人も名を連ねている。


 ところで、告発状に書かれた内容は、ピースワンコの内部で働いた竹中玲子獣医師の証言として、去る9月に本誌が報じたものとほぼ一致する。この記事に対してピースワンコは、


〈きわめて一方的で事実と異なる記述が多く、(中略)十分な裏付けのない誹謗中傷に強く抗議する〉


 などとHPに書いたが、くだんの竹中獣医師は、


「自分が見聞きしたものを正直に伝えたのに、“裏付けのない誹謗中傷”だと中傷されて、非常に残念」


 と憤る。また公開のシェルターであっても、今年勤務した元職員によれば、


「頭数が多すぎるため、みな犬への接し方が雑になり、犬が人嫌いにならないかと心配でした。毎日外に出て運動できる犬など、ほとんどいないんです。子犬の感染症はワクチンで防げる場合もあるのに、まともにワクチンも打っていない。こうした内部事情については、外に漏らさないように箝口令が敷かれています」

3億円以上が使途不明

 ところで、竹中獣医師がスコラ高原シェルターで働いたのは、「狂犬病予防注射を打つのが追いつかないので手伝ってほしい」と言われてのことだった。


 その旨も先の記事で触れていたが、先月20日、ついに広島県警はPWJを書類送検したのだ。大西代表理事ら3人が狂犬病予防法違反の、PWJ自体とほかの職員2人は、犬舎から12頭が逃げ出した件で、県動物愛護管理条例違反の疑いがあるという。県警に近い関係者によれば、


「職員や元職員から幅広く事情聴取していて、もちろん目標はもっと先にあります。怠慢な広島県が主犯でピースワンコが共犯、ふるさと納税の納税者が被害者、という構図です」


 犬を際限なく引き取れば過密状態になり、予防注射は行き届かず、脱走犬も現れる、というのは当然の帰結だろう。そのうえ、自身も元NPO法人代表の土谷和之氏によれば、PWJは認定NPOにしては、異例の“不透明さ”だそうだ。


「一部公開されているピースワンコ事業の会計報告を見ると、17年度は経常収益11億円のうち、ふるさと納税に当たる受取助成金等が5・3億円。一方、総額8億円の経常費用のうち3・4億円は、“その他の経費”内の“その他の経費”とされている。つまり使途不明金で、監査を受けたとして堂々と出してます。ふるさと納税を使いながら年に3億円以上が使途不明とは、認定NPOとして常識的にあり得ない規模です」


 これでは、ふるさと納税をほかの目的に使うために、犬を引き取り続けていると思われても仕方あるまい。


 それにしても、行政はなぜ、こんな団体に犬を渡し続けるのか。広島県動物愛護センターは、


「計画的な立ち入り検査により、問題があれば適宜指導を行っています」


 と返答するが、


「県の食品生活衛生課にピースワンコの現状を訴えたのですが、“今までなんの問題もございませんでした”という回答でした」


 と、先の元職員。なにも見てはいないのだ。再び多田代表が言う。


「広島県からピースワンコへの犬の譲渡を止めさせなければなりません。県の現場職員たちはもう譲渡をやめたくても、県は“殺処分ゼロ”を維持したくて、ピースワンコは全部引き取ってくれるから、という流れがあるようです。でも、13年改正の動物愛護管理法について、環境省を含めた話し合いの場では、殺処分ゼロの弊害としての現場の混乱が指摘されています。繁殖を抑制しながら飼わないとネグレクトと判断する、という趣旨が、法改正の際に盛り込まれる可能性もある、と見る賛同者もいます」


 引き取られた犬は虐待され、非業の死を遂げ、そのために、ふるさと納税が使われるが、多くが使途不明。捨ておけることではない。

「週刊新潮」2018年12月13日号 掲載


㊟昭和の初めに出来た『動物管理法』を、私が、当時の新進党の武山百合子衆議院議員に持ち込み、議員立法で『動物愛護管理法』に変えさせただけに、こういう動物虐待報道を見ると頭に血が上る。


 あの時、
 厚労省の官僚3人を前に、


「動物、犬 猫を殺したら懲役3年!!」


 と口にしたら、役人も武山百合子議員もあ然と。


「渡邉先生、いくらなんでも懲役3年は…」


 と武山議員。


「うーん、それなら懲役一年でどうか?」


 にも賛成しなかった。こんな甘い法律を作るからこんな連中が出て来るんです!!あの時、懲役3年で決めていたらこうも犬、猫虐待事件は生まれなかったろうに。


 私はこの法案が施行されてから二年後だったか、バカ息子が拾って来た目の開いていない、臍の緒の付いた赤ちゃん犬を育てさせられ、七転八倒した。「20分おきにミルク(人肌の暖かさにしろ)、とバカ息子の煩いこと)を作り、手のひらに乗せた赤ん坊にスポイトでミルク。その後、ウンチとおしっこをさせる。


 最初、ウンチとおしっこは便器の上でやっていたのだが、落としたら死なしてしまうことに気付き、キッチンのシンクの上でやるように。人間の食べ物を作るキッチンですよ。汚いのも考えていなかった。


死なせてはいけない、ただ、それだけ。必死。これを20分置きの繰り返しだから、マスコミ連中と飲みにも行けなくなった。記者連中、「赤ちゃん犬と私とイメージが違い過ぎる」と大笑いしてやがった。


 そして半年後、獣医に検査に運んでいくと


「あの赤ちゃんをよく育てましたね。人間は育てられないんですよ」


「何故ですか」


「ミルクは飲ませられてもウンチとおしっこをさせられないんです」


 と。この私が立派にやった!!


 その半年後、バカ息子、今度は生まれたばかりでヨチヨチ歩きの10センチもない赤ん坊猫を拾って来やがって、また私に押し付け.


「いい加減にせんか!」


に、


「彼女と林試の森(目黒)のベンチに掛けていたら、オレの顔を見てミャーって鳴いたんだ」


 と、それが理由になるか!!
 

 モウと名付けられた犬は興味深そうに近寄り、赤ん坊猫を首を傾げて見ていた。唸りもしない。やがてモウが器のミルクを呑み始めると、赤ん坊猫がヨチヨチと歩いて、モウの後ろ脚の間に入り、モウのミルク皿に顔を。。。モウは呑むのを止め、猫に呑ませている。判っているんですね。


 この犬と猫をテーマに『子犬と子猫とクレイマー一家』(鹿砦社刊)を上梓。これを読んだ元名古屋高検検事長の奥さんが是非食事をしたいと人伝に、

 友人をスポンサーに赤坂で検事長と奥さんと私と友人とで食事。


 奥さん、


「渡邉さん。あの世に行ってもワンちゃん、猫ちゃんに大事にされますわ」


 と言い出した。


「あの世に行ってまで犬と猫に大事にされたくないですよ」


 に、友人が腹を抱えて笑い出し、検事長は、

「女房のヤツ、うちの犬が死んだ時は、自分の子が死んでもこんなに泣かないだろうとと言うくらい泣いて…」


 と呆れていた。


 そんな苦労して育てたモウは19歳で安楽死、ミヤ―(猫)は21歳で安楽死させた。特にモウの安楽死前の2年間は獣医通いで大変でした。金も大変でした。それでも義務を果たした。もう二度と生き物は飼いません。

それにしても動物愛護管理法を作らせたから犬と猫が私のとこに来たとしか。途中で気が付いたんですよ。小さい頃に近所の犬にふくらはぎを噛まれて、大泣きして家に帰ったのを。それ以来、犬は子犬でも大嫌いだったんです。それを忘れて育てていました。これで、目黒柿の木坂周辺では有名になってしまいました。」


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「高田みづえ」はベットしない「不肖の兄」のカジノ投資トラブル

「高田みづえ」はベットしない「不肖の兄」のカジノ投資トラブル
デイリー新潮


元大関若嶋津の二所ノ関親方(61)が死の淵から奇跡的に生還し、1年あまりが過ぎた。常にかたわらに寄り添ってきたのは元歌手の高田みづえ(58)。おかみさん業に夫のリハビリにと慌ただしい毎日だ。そこに、思いもよらぬ影が差し込もうとしている。

「高田みづえさんに会って、相談させてもらいたいと思っているんです。彼女のお兄さんは、私が貸した600万円を返そうとせず、逃げ回っていまして……」

 と苦渋の表情で明かす男性。彼は、リゾート施設関連の会社を営んでいる。

「2年前、私のところに、フィリピンにあるリゾートカジノへの投資話が持ち込まれました。カジノのVIPルームを運営する韓国の企業からの話で、投資目標は最低5億円、最大8億円、年利30%というもの。私の顧客に打診しても色よい返事がもらえなかったので、知人に頼んだのです」

 すると翌年、つまり2017年の7月になって、

「大口投資家という人物を紹介されたのです。知人によると、あの高田さんの実の兄だといいます。彼に会ってみると、“自分は海外の資産家や習近平といった国のトップたちの資産運用を手伝っている。近く、100億円単位の資金が入る予定だ”と景気のいい話ばかり。紹介者を“兄弟”と呼ぶこともあり、少し怖い感じもしましたが、有名人の肉親ならば大丈夫だろうと思ってしまいました」

 高田みづえの名が、大の男の眼を曇らせたのである。


毎日、病院に
 会社社長が続ける。

「現地視察の際、いまは手元に金がないと言われ、高田さんの兄に300万円渡しました。韓国の企業からも接待された結果、まずは8月末に2億円ほど入れる、となったのです。しかし一向に入金されず、催促のために待ち合わせた。すると“二所ノ関親方が倒れ、病院に行くので、無理になった”とドタキャン。こんなことが繰り返されました」

 そんななか、昨年12月にはシビレを切らした韓国の企業と決裂。接待費の300万円も補填させられ、

「都合600万円の負債だけが残りました。高田さんの兄は、金は返すとしつつ、“若嶋津の件で毎日、病院に行っています”といった言い訳ばかり。やっと、変だと気づいたわけです」

 このトラブルについて、高田みづえに訊くと、

「兄とはもう何年も会っていないんです。私もいまの状況で精一杯で……。私では分かりかねるというところでして。連絡先も知りません。兄とは連絡を絶ちたいのです。本当に申し訳ないです。ごめんなさい」
 縷々(るる)、詫びの言葉を口にするのだった。不肖の兄に、妹の声は届くだろうか。


㊟騙されたあなたが悪い。諦めなさい。

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引退「貴ノ岩」が独占告白 



引退「貴ノ岩」が独占告白 “見届けてほしかった。断髪式には貴乃花親方にも来てほしい”


元横綱・日馬富士による暴行の“被害者”から一転、付け人を殴打した“加害者”となった貴ノ岩(28)。12月7日の引退会見以降、公の場から姿を消した彼が、このたび週刊新潮の取材に応じた。
 ***
「『(引退は)協会からの圧力』という報道があるんですけど、それはまったく違います。自分で決めました。この事態に対して“責任を取らなきゃあかんな”という気持ちになったから。それが一番です。また、正直メディアの報道もキツかった。テレビとネット、両方です。報道のされ方があまりに強くて、それで気持ちが切れてしまったという面はあります」

 そう語る貴ノ岩は、ワイドショーなどで繰り返し映し出された着物ではなく、白いカットソーにジーンズという姿。長髪は後ろでくくってお団子にまとめている。来年2月に予定されている断髪式は“無観客か”とも報じられたが、「そんなこと絶対にありません」「お世話になった人にしっかり見てもらえるように、準備をしているところ」と明かす。

 自身の起こした暴行事件、そして引退騒動の直後は自宅前に報道陣が張り付いており、一切の外出を控えていたという。154キロあった体重も、騒動で145キロまで落ちた。

「引退することが報道されたのは7日ですが、その前に(暴行相手の付け人)貴大将には、“俺が悪かった”としっかり謝罪しました。そのうえで、“引退するのは俺の決断であって、お前が責任を感じる必要はない”と何度も強く伝えました。やっぱり気にすると思うからね。今でも部屋で会ったら普通に話しますよ」

 昨年の日馬富士の暴行騒動が、結果的に貴乃花親方と相撲協会の対立激化につながり、貴乃花親方が廃業したのはご存じのとおり。部屋の消滅で移籍となった千賀ノ浦部屋の千賀ノ浦親方(元小結・隆三杉)に対しては、感謝の言葉を口にする。一方、かつての育ての“親”・貴乃花親方にはどのような感情を抱いているのだろうか。

「貴乃花親方には“最後まで見届けてほしかった”というのが正直な想いだし、テレビでのコメント(※テレビ朝日に貴乃花が『10年はどんな状況でも会わない』とコメントした一件)を見て、複雑な気持ちにもなりました。断髪式には貴乃花親方にも来てほしい」

 12月19日発売の週刊新潮では、最初で最後の貴ノ岩独占告白を掲載。日馬富士への3000万円訴訟の舞台裏、ラブコールを受けた“プロレスラー転身”についても語っている。


㊟さあ、貴乃花はどう出るか。。。複雑だろうな。でも、断髪式に出た方が選挙には有利だけど。

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浪速のたこ焼き女帝・上沼の終わりの始まり!!



浪速のたこ焼き女帝・上沼の終わりの始まり!!


引退7年「島田紳助」が“M-1上沼騒動”を語る 「オレが謝りに行かなあかんのかな…」


お笑い界を揺るがす暴言騒動に、ついにこの人が沈黙を破った――。業界を去って7年になる島田紳助(62)である。
 ***
 とろサーモンの久保田かずのぶ(39)、そしてスーパーマラドーナの武智(40)が暴言を吐いた上沼恵美子(63)について、週刊新潮は先週号で“島田紳助が口説いて審査員を頼んだ”というエピソードを紹介した。M-1グランプリを企画し、初回から大会委員長として審査員も務めていたのが、ほかならぬ紳助氏。それだけに暴言を放っておけない事情があるのだ。

「いま、こういう形で上沼さんに迷惑がかかってもうて、ホンマ申しわけない気持ちでいっぱいです」

 記者を自宅に招き入れた紳助氏は、タバコをくゆらせながらそう語り始めた。髪は肩にかかるほど伸びている。

「オレも辞めてからは(上沼と)全然連絡とってませんでしたし、M-1も最近は見てなかったから、ニュース見てあらためて、ずっとやっててくれたんやなって思いました。自分のせいで気分悪い思いをさせてしまって、ホンマ申しわけないですわ」

 そもそも審査員は、誰もやりたがらない、という。

「陰で審査するんやったらみんな出んねんけど、自分が点数出してほかの人のとちがったりしたら、『こいつわかってない』って思われるわけでしょ。『なんでいくらもせんようなやっすいギャラで、こんなことせなあかんねん』と。オレがM-1やってたときは、『この人を当たってくれ』ってスタッフに頼んで、方々にお願いしてたんやけど、もう、個人的にお願いしないと、出てくれないんですよ」
 にもかかわらず上沼が審査員を続けてきたのは、「漫才への恩返しやと思ってやってくれてるんや」。若手が酔って審査員の悪口を言うのはいい、ただしそれは陰で言え、と紳助氏はいう。

「上沼さんのことはオレも気になっててね。オレが謝りに行かなあかんのかなって。もし、上沼さんの悪口言ってた子たちを直接知ってたら、上沼さんとこに謝りに連れて行くんやけど、知らんからどうしようもないな。吉本の会社の人間が間に入ってやらな、どうにもならへんのとちゃいます?」

 ほかにも、M-1の点数公開システムにこだわった理由や、そもそもなぜ創立したのか、そして漫才への思いについても語った紳助氏。12月19日発売の週刊新潮で、詳しく掲載する。


㊟いつまでも取り上げる問題じゃない。さっさと終わりにしなさい。これが浪花のお笑いたこ焼き女帝、上沼の終わりの始まりです。

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「Koki,」をメインディッシュにした「工藤静香」ディナーショーの後味




「Koki,」をメインディッシュにした「工藤静香」ディナーショーの後味
デイリー新潮

“キムタクの妻”でも“元おニャン子クラブ”でもない。工藤静香(48)はいまや、“Koki,の母”としての足場を固めた。上昇気流に乗る15歳の娘を操り、自分のステージにもきっちり組み込む。その戦略がはまったか、年末のディナーショーが大人気なのである。
 ***
 工藤のクリスマスディナーショーは、愛媛を皮切りに鹿児島、新潟、愛知、東京で行われる。おおむね、3万円前後から約4万円とお高めの料金設定にもかかわらず、完売状態という。

 こう聞けば、今年5月のモデルデビュー以来、話題が途切れないKoki,の効果だと誰もが思う。工藤の所属事務所は、「昨年も同じくらい売れました」と言うものの、なにしろ、映画出演もない時点で映画賞を受賞してしまったほどだ。

 今後どこまで昇り詰めるのか見当もつかない存在が、どう料理されるのか。実際に、ショーを覗いてみた。
 11月25日、愛媛県今治市の「今治国際ホテル」。400人を超える観客のほとんどが中高年。工藤の全盛期を知る世代だ。成人した息子を連れた母親もいる。
 工藤はドレスをワインレッドから緑、黒と着替え、代表曲の「嵐の素顔」など全14曲。その歌声は色褪せていないばかりか、
「笑ったりすると笑い皺が目立つ年になりましたが、みんな一緒にね、いっているので安心、みたいな。先輩もいらっしゃいますし」
 といった客いじりも板についている。そんな円熟のステージで、工藤が娘に触れたのは終盤だった。

“工藤静香”というブランド

 MCで客席に年輩が多いことに触れた工藤は、「津軽海峡冬景色」の1番だけを披露した。大喜びする会場。“裏メニュー”の演歌がウケて上機嫌な彼女も、

「みなさん、一番の盛り上がり見せてませんか? 大丈夫ですか?」

 と、おどけながら、

「それでは、次に紹介する歌は、ちょっと手話を入れてみました。Koki,が書いてくれた『鋼の森』」

「おおー」という声と拍手に包まれる会場に、イントロが響く。短いながらも最高の演出だ。アーティストとしてのKoki,を、まさにメインディッシュとして饗したのである──。

 元ジャニーズJr.で作家の平本淳也氏は、現在の工藤をこう見ている。

「歌手として一流ですし、絵画も入賞する腕前。木村拓哉を夫に持ち、“工藤静香”というブランドを築いてきました」

 だから母娘の二人三脚においても、

「Koki,のアーティストとしての面をもっとアピールしたいのでしょう。と同時に、その存在を育てた自分も見せたい。娘の育て方なんて本を出すでもなく、娘の曲も何曲も歌わず効果的に使うのは、うまいと思います。Koki,をここまでプロデュースしてきた母親である彼女が、Koki,を利用できる唯一の人なのではないでしょうか」

 SMAP解散以降、影が薄くなったように映る父親に思いを致すと、いささか複雑な後味になるが。


㊟この女、したたかですね。嫁にしなくて良かった。。。向こうが断ります。ハイ。済みません。

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人の血が好きなフランス、EU離脱も有り得る!!

人の血が好きなフランス、EU離脱も有り得る!!

デモと暴動の国、露わになったフランスの本質

国を動かすのは「一握りのエリート」
JBPRESS

(佐藤 けんいち:著述家・経営コンサルタント、ケン・マネジメント代表)


今年2018年は「明治150年」であると同時に「日仏交流160周年」の記念すべき年である。だが、日本におけるフランスのイメージは急速に悪化している。それは、立て続けに発生し、今なお着地点が見えない2つの事件が、日仏両国で交差しながら進行中だからだ。

 2018年も押し詰まってきた11月19日、日本の日産自動車と三菱自動車、フランスのルノー3者の会長を兼任していたカルロス・ゴーン氏が逮捕され、フランス政府が出資しているルノーによる日産支配の構造が一般人の目に明るみになった。

それだけではない。フランス側の当事者であるマクロン大統領が、12月1日から始まり現在もなお継続中の「黄色いベスト」運動のデモと暴動で窮状に立たされている。

 この2つのニュースが連日メディアで流されているので、フランスのイメージが悪化するのは避けられない状況にある。

 だが、もともと日本人はあまりにもフランスを知らなさすぎたのである。日本人はフランスの芸術・文化には慣れ親しんでいるが、フランスの政治体制についてはほとんど関心がない。

実はフランスという国は中央集権の官僚国家であり、警察国家である。もう記憶が薄れているかもしれないが、南太平洋で核実験を強行した国だ。
こういった側面だけを見たら、およそ一般の日本人が憧れたりうらやましいと思ったりする存在ではないはずだ。おそらく例外は官僚だけではないか。日本の官僚にとってフランスの官僚は羨望の対象である。その理由については、おいおい見ていきたい。

 とはいえ、せっかくの機会である。この機会にフランスというものをしっかりと見つめてみよう。よく知ったうえで、友好関係を深めていけばいいのだ。

 もはや、かつてのように日本人が一方的にフランスに憧れるという時代ではない。日本のアニメやマンガを愛する若者は多く、彼らは日本に熱いまなざしを注


逆に日本では、日本の大学の選択外国語からフランス語が転落して久しい。大学時代に第二外国語としてフランス語を選択した私としては寂しい限りだが、フランスの国際的な相対的地位の衰退を如実に反映しているといえよう。いつの時代でも、若者は先物買いをするものだ。

 今回は「明治150年」「日仏交流160年」という意味について文化・芸術面以外の側面から振り返りながら、現在のフランスという国の特質について考えてみたい。

フランスに警察制度を学んだ『翔ぶが如く』の裏主人公

 さて、「明治150年」といえば、NHK大河ドラマ『西郷(せご)どん』であろう。一昨日の日曜日(12月16日)に最終回を迎えたが、展開があまりにも早く、西南戦争もたった1話で片付けられたとネット上で賛否両論もあったようだ。だが、私自身はこの大河ドラマは夏前に見るのをやめてしまったので、確かなことは言いようがない。ドラマとはいえ、あまりにも脚色の多い描写に、見る気がなくなってしまったからだ。

 その代わりというわけではないが、同じく西郷隆盛を主人公にした18年前の大河ドラマ『翔ぶが如く』の原作を読むことにした。言うまでもなく、司馬遼太郎による歴史小説である。『翔ぶが如く』は、放送当時は日本にいなかったためドラマを見ておらず、原作も読んだことがなかったのだ。今年になってから、書店の店頭に文庫版が平積みになっていたので、思い切って読むことにした次第だ。

 文庫本で10冊もある大河小説ともいうべき『翔ぶが如く』の主人公は、実は西郷隆盛(=西郷吉之助)だけでない。倒幕プロジェクトにおいては、同じ薩摩藩出身で無二の盟友でありながら、明治維新後は「近代化」の方向をめぐって対立することになる大久保利通(=大久保一蔵)の物語でもある。

「情理」という点からいえば、「情の西郷」に対して「理の大久保」といっていいだろう。むしろ作者の司馬遼太郎は、大久保利通のほうに多く共感を寄せているように思われた。

 そして裏主人公ともいうべきなのが、日本の「警察制度の父」となった川路利良(かわじ・としよし)だ。いきなり小説の冒頭でフランスを舞台に登場する川路利良も、また薩摩藩出身であった。

もともと西郷にかわいがられた人だが、のちに大久保に心酔し、大久保の「近代化」構想の一翼を担うことになる。西欧先進国にキャッチアップするため、近代的な官僚制の確立を急いだ大久保が根幹に据えたのが内務省であったが、その内務省において大きな役割を果たすことになったのが、治安を守る警察制度であった。


では、どの国をモデルに警察制度を設計すべきなのか? それを検討する責任者として任されたのが川路利良であった。1871年(明治3年)には、司法省が派遣した西欧視察団の一員として欧州各国の警察を視察し、なかでもフランスの警察制度に大きな感銘を受けている。日本に帰国後には、フランスの警察制度をモデルに日本の警察制度の確立に邁進することになった。

 西郷隆盛が西南戦争(1877年)で敗北し、鹿児島の城山で壮絶な最期を遂げたことは周知の通りだが、西郷軍の鎮圧には川路利良率いる警察が政府軍として動員されていることは意外と知られていないようだ。陸軍だけではマンパワー不足であったからだ。

 大警視(現在の警視総監)の川路は陸軍少将を兼任し、その傘下にあった警視隊で組織された別働第三旅団を率いて参加、分水嶺となった田原坂(たばるざか)の激戦では大きな功績をあげている。ちなみに、主力となっていたのは、「薩摩憎し」の感情に煮えたぎる旧会津藩士たちであった。

 日本の警察制度が確立するのは、西南戦争以後のことである。川路利良と警察制度の確立、そして出発点がフランスであったことは、東京の京橋にあるポリスミュージアム「警察博物館」の常設展示で知ることができる。機会があれば、ぜひ訪れてみてほしい。

帝国陸軍もフランスがモデルだった

 面白いことに明治政府は、警察だけでなく、発足当時の陸軍もまたフランスをモデルとしていた。日清・日露戦争から第1次世界大戦にかけての陸軍上層部は、フランス式のエリート教育を受けた軍人たちであった。

 陸軍がドイツ式にモデルチェンジしたのは、1885年(明治18年)に陸軍大学校教授としてプロイセン陸軍のメッケル参謀少佐が招かれ、その翌年から陸軍改革が開始されて以降のことである。1870年の普仏戦争で、フランス陸軍に勝利したプロイセン陸軍の評価が陸軍内部で高まっていたからだ。

 司馬遼太郎の代表作の1つには、おなじくNHKでドラマ化された『坂の上の雲』がある。その主人公で、日露戦争でロシアのコサック部隊を破った「日本騎兵の父」秋山好古もまた、数学中心のフランス式の教育を受けて、フランスに留学して騎兵のなんたるかを学んだ人であった。

松山藩出身の秋山は、最後は陸軍大将まで昇進している。帝国陸軍で元帥まで昇進した軍人は、西郷隆盛を除けば歴代で17人しかいないが、そのなかでも薩摩藩出身の上原勇作は「日本工兵の父」であり、秋山好古の同期であった。しかも、同じくフランスに留学したフランス派であった。賊軍となった会津藩出身だが、義和団事件で活躍し国際的に絶賛された柴五郎は砲兵科出身であり、秋山や上原とは同期であった。最終的に陸軍大将まで昇進しているが、子孫のためにのこした遺書によれば、すべてをフランス語で学んだと回想している。

 近代日本はまた、教育制度もフランスをモデルに制度設計したことにも、触れておかなくてはならないだろう。陸軍に警察に教育制度。近代日本が中央集権制のフランスから学んだ社会制度は少なくない。その功罪については、いろいろと考えなくてはならない。

フランスを牛耳る「一握りのエリート」

 現在の日本の官僚や官僚出身者には、フランスを礼賛する者が少なくない。それはフランスの文化や芸術を礼賛するというよりも、フランスの官僚制を礼賛しているのだ。


 すでに見てきたように、フランスは警察国家であるだけでなく、首都パリを中心にした中央集権制で強固な官僚国家である。日本の官僚が羨望のまなざしでフランスの官僚制度を見ているのは、当然といえば当然であろう。とはいえ、官が強すぎるのは考えものだ。経済とビジネスに関しては、同じ大陸欧州の連邦国家ドイツと比べるパッとしないのは、そのためではないか?

 米国社会には、「リボルビングドア」(回転ドア)があるといわれる。トップクラスのビジネスパーソンが政治任命でホワイトハウス入りしたり、政治家が落選後や退任後には再びビジネス界やシンクタンクに転職というケースが多いことを指している。

だが、フランスはその比ではない。「一握りのエリート」によって、高級官僚から大企業の経営職にいたるまで、要職がたらいまわしされているといっても言い過ぎではない。

 冒頭でも触れたが、いま日本とフランスで焦点となっているゴーン氏と、暴動に翻弄されるマクロン大統領という因縁の2人もまた、それぞれ一握りのエリートの1人であり、似たもの同士である。

カルロス・ゴーン氏は官僚出身ではないが、ルノー前会長は高級官僚出身者であった。エマニュエル・マクロン氏も、投資銀行出身であることが強調されているが、キャリアの第一歩は高級官僚である。エリート中のエリートである財務総監(日本でいえば財務省)の上級公務員であった。

 こういったフランスのエリート官僚制度を人材面で支えているのが、「グランゼコール」と呼ばれる高等教育機関の卒業生たちだ。グランゼコール(Grandes Ecoles)とは、日本で表現すれば「大学校」となるが、フランスでのプレステージは「大学」よりもはるかに高い。日本人はフランス最高峰の大学というとソルボンヌ、すなわちパリ大学を想起する人が多いかもしれないが、実はそうではないのだ。

 そのなかでもとくに、「エコール・ポリテクニーク」(日本語の通称は「理工科学校」)、「エコール・ノルマル・シュペリュール」(日本語の通称は「高等師範学校」)、「エコール・ナシオナール・ダドミニストラシオン」(略称はENA、日本語の通称は「国立行政学院」)の3つが最難関かつ最高峰とされている。自分の頭脳と成績に自信をもつ者が目指す、憧れの存在だ。

 ゴーン氏はエコール・ポリテクニークを卒業した上で、さらにエコール・デ・ミーヌ(パリ鉱業学校)を卒業している。エコール・デ・ミーヌは1学年100人程度しか学生がおらず、フランス最高のエリート校という評価もある。かつては鉱山技術者養成の学校であったが、現在では理工系のビジネススクールのような存在に変化している。いかに超優秀な超エリートであるかがわかるだろう。

 一方、大統領のマクロン氏は、パリ第十大学(通称「ナンテール」)でヘーゲル哲学を学んだあと、アンスティチュート・デチュード・ポリティーク・ドゥ・パリ(日本語の通称は「パリ政治学院」)で公共問題を専攻したあと、エコール・ナシオナール・ダドミニストラシオン(ENA)を卒業している。

 このように、ゴーン氏が理系の超エリートなら、マクロン氏は社会科学系の超エリートである。しかも、ともに哲学も修めているのである。グランゼコールや大学の入学資格である「バカロレア」の試験には哲学が課されるからだ。これはフランスの際だった特色である。


余談めいた話になるが、私は日本の大学を卒業後に米国に留学して、米国最古の工科大学である「レンセラー・ポリテクニーク・インスティチュート」(略称RPI、通称レンセラー工科大学)でMBA(経営学修士号)を取得している。日本に帰国後に、とある飲み会の席でそのことを話したところ、えらく驚かれたことがある。会話相手の日本女性はフランス留学経験があり、「ポリテクニーク」に過剰反応したようだった。うるわしき誤解(笑)は、その場でただちに修正しておいたが、それほどゴーン氏の母校の1つであるエコール・ポリテクニークはフランスで評価が高いのだ。

ナポレオンが創設したエコール・ポリテクニーク

 グランゼコールのすべてを解説している余裕はないので、ここではエコール・ポリテクニークを中心に取り上げることにしよう。

 エコール・ポリテクニークは、フランス革命中の1794年に創設されたが、実質的な創設者は1804年に皇帝となったナポレオンである。拙著『ビジネスパーソンのための近現代史』でも、同時代と後世に多大な影響をあたえたナポレオンの業績について詳しく取り上げているが、ナポレオンは、もともと土木技術者養成のために設立されたエコール・ポリテクニークを、軍事技術者養成のための学校として改組し再建した。

 そういった経緯があるので、エコール・ポリテクニークは現在でも国防省管轄の大学校であり、初年度は新入生全員が兵役につくことになっている。7月14日の革命記念日のパレードで先頭に立つのは、制服に身を包んだ学生たちなのだ。

 ただし現在では、この学校を卒業して職業軍人の道を進む者はきわめて少数だ。圧倒的多数はゴーン氏の場合のように、その他のグランゼコールに進学する者が圧倒的に多いようだ。

 エコール・ポリテクニークは、学業成績による入学者選抜を行っているが、それだけでなく体力テストも合格基準をクリアしないと入学できない。軍の学校である以上、当然といえば当然だが、フランス型エリートがフィジカルエリートでもあることは強調しておくべきポイントだろう。確かにフランスでも英米でもエリートは一般人とは体格が違うことが多い。この点は、異なる教育システムではあるとはいえ、英米とも共通している。

 エコール・ポリテクニークは、エコール・ノルマルやENAといったトップクラスのグランゼコールと同様、学費が無料であるだけでなく、公務員扱いとして給与が支給されるのも特色だ。日本で同様の存在といえば防衛大学校が該当するが、国内でのプレステージにおいてはフランスとは比較にはならないだろう。

卒業順位ですべてが決まるENA

 グランゼコールは、基本的に入学者の選抜を学力によって行っているが、第2次大戦後に創設されたENA(国立行政学院)は、国家上級官僚を養成する実学コースであり、卒業順位ですべてが決まる仕組みになっている。

 一番から順番に、自分が希望する官庁に配属されることになっているが、一番人気は国務院と財務総監(日本でいえば財務省)であり、会計検査院である。職業キャリアの第一歩を財務総監の上級公務員から始めたマクロン氏が、いかにエリート中のエリートであるかがわかるだろう。成績が一生つきまとうという点において、日本の陸軍大学校はENAと同じ仕組みであった。だが、その結末がいかなるものであったかは、ここであえて指摘はしない。



官僚人気が衰えた現在の日本では、試験の成績だけで入学者を選抜し、卒業順位ですべてが決まるフランス型のシステムには違和感を抱く人も少なくないだろう。だが、実はこの選抜システムは、フランス革命の申し子なのだ。身分や財産ではなく、学力のみで選別するのは、まさに「機会均等」を全面に打ち出した啓蒙思想の成果であり、「近代」を体現しているフランス革命の申し子であった。

デモと暴動でしか社会変革ができない国

 今回フランス全土に拡大した暴動は、格差社会における「一握りのエリート」への反乱といっていい。燃料費値上げから始まった「黄色いベスト」運動のデモが、異議申し立ての段階から暴動にまで発展しているのは、食糧暴動から始まって民主化運動に発展した2011年の「アラブの春」とよく似ている。SNSでの呼びかけで始まり、明確なリーダーが不在なまま急速に拡大していった姿も共通している。


 先進国フランスを支える一握りのエリートと、グローバルな理念やタテマエばかりを語る上から目線の大統領。これに「ノン」をつきつけたのが、中産階級から転落した勤め人たちだ。

かつてのような大学生や労働者階級を中心としたイデオロギー主導のデモではない。移民や難民が中心の暴動でもない。仕事と生活に不可欠なクルマの燃料費が普通の勤め人たちの家計を直撃しているのである。それだけ切実なものが背景にある。

 民主主義の先進国でありながら、デモと暴動でしか社会変革ができないフランスは、変革を一歩一歩確実に実行していく本来の意味の「保守主義」とは、ほど遠い場所に位置している。妥協を余儀なくされたマクロン大統領のもと、今後なんらかの改革は行われるだろうが、正直いってフランスに対する評価はネガティブにならざるをえない。

ドイツのメルケル首相の指導力が失速しつつあるいま、フランスのマクロン大統領がEUの盟主になるかと思われたが、その可能性は遠のいた。いや、はたしてそういう日が来るのかどうかさえ不明であり、EU崩壊の可能性も絵空事ではなくなるかもしれない。

「ノーブレス・オブリージュ」という表現がある。人の上に立つエリートは、自らを犠牲にしてでも、率先垂範して義務を果たさなくはならないという思想の表明である。そもそも「ノーブレス・オブリージュ」(noblesse
oblige)というフレーズはフランス語だ。英語でもそのまま使用されるが、日本語に直訳すれば、「高貴さは義務を負わせる」となる。

 フランスの「一握りのエリート」たちに、はたしていまでも「ノーブレス・オブリージュ」が存在するのかどうか。ゴーン氏の行状やマクロン氏の惨状を見ていると、疑問をもたざるをえないのだ。

㊟これは勉強になりました。もう勉強しなくてもいいや、と思っていましたがまだまだですね。

この論文に関係ないですが。。。フランスが誇る、あの「太陽がいっぱい」の美貌のアラ・ンドロンは、路地裏に立つ売春婦の生んだ子だったんですよ。

 おお、神よ、あなたは偉大!!私にも美貌を!!もう遅すぎ。


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長官官房

Author:長官官房
渡邉 正次郎(わたなべ しょうじろう).
政治ジャーナリスト・作家
レコードヒットチャート編集長を経て、衆議院議員小峰柳多秘書、参議院議員迫水久常秘書となり、多くの政治家の選挙参謀として活躍。現在、政治・社会評論、講演の傍ら、何人もの政治家ブレーンとして『国会質問、演説原稿』等を依頼され、選挙参謀としても活動し、全員当選させている。.
 99年の東京知事選で石原慎太郎を担ぎ出させ、最後に名乗りを挙げさせる。投票日昼に「石原は165万票で当選」とマスコミ取材に応え、組織を持たない石原の票読みを的中させ驚かせた。また、オウム真理教の看板男、上佑史浩が「数百人のジャーナリストとお会いし、唯一人信じられたのは渡邉先生です」と、逮捕の日に身元引受人を依頼したことはメディアに大きく取り上げられた。.
 また、参議院議員迫水久常秘書当時、全国の暴走族を大同団結させ、『関東連合を』設立、初代最高顧問として抗争事件を起させぬよう指導した。この当時の教え子たちは現在、地方議会、大企業、役人として活躍しており、現在も彼らは情報を提供してくれている。もちろん、闇社会にも教え子は多く、彼らは組織の大幹部、親分ではあるが、今も関東連合初代最高顧問として熱い尊敬を受けている。.
.
議員生活約30年の小泉元首相“議員立法”一本もなし!が、一民間人の政治ジャーナリスト・作家の渡邉正次郎が発案、または改正させた法律(順不同).
.
*動物愛護管理法の改正.
《ペット飼育者のペット放置、殺害の多さをレビ報道で知り、『重い刑事罰に』、.
と武山百合子議員に国会で提案させ議員立法で改正を実現。今後はペットを金儲.
けに繁殖させるブリーダーや販売業者の取り締まりもより厳しくなる。<動物愛.
護管理法は明治時代に施行。このときまで一度も改正されず>》 .
.
*団体規制法(国家転覆を図った団体を取り締まる).
《オウムに破防法適用を政府が決定。が、5人の公安審査会で否決(委員に破防.
法絶対反対を組織決定している極左弁護士3名。)され激怒。武山百合子議員か.
ら国会質問作成を依頼されたことをチャンスに、衆議院予算委員会分科会で、.
「国家転覆を狙ったオウム真理教に破壊活動防止法を適用できないならば、それ.
に替わる法律を作るのが国家の義務」と質問。.
松浦功法務大臣が「素晴しい質問で、即議員立法ででも」と答弁。議員立法で成立。同時に「公安審査会の委員に破防法絶対反対の極左弁護士三名はおかしいのではないか」の質問も。以降、弁護士を2名に減》.
.
*NPO法.
《河村たかし現名古屋市長が現役代議士時代に発案法律。が、当時の大蔵官僚が.
“金を集めるのは大蔵省以外許さない”と自民党議員らに逆陳情し、廃案にされ.
る寸前に河村議員から相談され、素晴しい法案なので親しい自民党議員たちを半.
分脅し継続審議に持ち込み、次の国会で成立》.
*個人情報保護法.
《武富士顧問当時、「同業者の消費者金融Pがブラックリスト(返済がない悪質なもの)を闇金融に売り飛ばしているので、取り締まって欲しい」と依頼を受け、河村たかし議員に持ち込む。議員室に大蔵省役人を呼んで『取り締まるように』と指示すると、「取り締まる法律がない」と。ならばと河村議員を法案筆頭提案者で議員立法で成立》

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