宗教認めぬゴキ国と親密な公明党はやはりヤバ!?
宗教認めぬゴキ国と親密な公明党はやはりヤバ!?
中国 未成年者の宗教活動を禁止 十字架の撤去も
毎日新聞
【北京・河津啓介】中国で未成年者に宗教活動を禁じる措置が広がっている。河南省のキリスト教カトリックの教会関係者が今年に入って当局の指示があったと証言した。
仏教が盛んなチベット自治区などでも同様の指示が出た。河南省では今月から教会にある十字架を撤去させる動きも活発化している。習近平指導部には、共産党統治の安定のために信仰の拡大を抑える狙いがあるとみられる。
中国では今年2月、改正宗教事務条例が施行され、宗教団体による教育への関与が厳しく制限された。未成年者への措置はこの条例を受けたものとみられる。
関係者によると、当局の指示後、河南省の教会では「未成年者立ち入り禁止」との看板が掲げられ、自治組織の関係者らがミサ開催日に未成年者の出入りを監視するようになった。
7月24日付中国紙「環球時報」(英語版)によると、仏教が盛んなチベット自治区の教育当局も、未成年者が夏休み中、宗教活動に参加しないよう通知を出した。同紙は「中国の教育法では宗教と教育の分離が定められている」と説明し、合法的措置と強調した。
イスラム教を信仰するウイグル族が多い新疆ウイグル自治区に限っては、自治区幹部が2016年6月、未成年者の宗教活動への参加を禁じていると公表したことがある。独立運動を抱える自治区独自の厳しい措置だったが、今回はこれが各地に広げられた形だ。
㊟こんな国とやたら親しい公明党(創価学会)ってやはり怖いね。ところで自称「なっちゃん」の公明党山口那津男代表よ。君たちの生き神、池田大作大魔王はどうしたの?何年も前に閻魔のとこに逝ったじゃないか?なぜ隠す?ここもゴキ国とそっくり。
腐れ銀行の罪は大きいぞ!!
Jリーガー10人、返済困窮 スルガ融資問題飛び火
産経新聞
シェアハウス「かぼちゃの馬車」への投資をめぐり、スルガ銀行が不適切融資をした物件所有者に、サッカー元日本代表ら約10人のJリーグ選手や元選手がいることが25日、分かった。いずれも多額の借金を背負って返済に困窮しており、普段のプレーや現役引退後の人生に悪影響が出かねない状況だ。問題がスポーツ界に飛び火した。
スルガ銀はサッカー王国といわれる静岡県の地方銀行で、JリーグYBCルヴァン・カップ覇者と南米カップ王者で争う大会の冠スポンサーも務めている。
引退後の収入を不安に思う心理を反映し、投資した選手はベテランが多い。現在の所属チームはさまざまで、既に引退した人もいる。問題に詳しい加藤博太郎弁護士は、この代理人が販売協力会社側から紹介手数料などの名目で報酬を得ていた可能性を指摘している。
㊟この銀行の認可を取り消せばいい。
世界のボクシング界も裏社が支配!?
世界のボクシング界も裏社が支配!?
「東京五輪」でどうなる「ボクシング」開催:国際連盟トップはロシア系マフィア幹部
国際Foresight 2018年8月22日掲載
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不祥事が相次ぎ表面化して辞任した日本ボクシング連盟の山根明会長(78)。辞任声明の最後に、「選手の皆さん、将来、東京オリンピックに参加できなくても、その次のオリンピックもあります」と言った。
この言葉に首をひねった人が多々いた。東京五輪参加の可否と会長の辞任にどんな関係があるのか、まったく意味不明だった。
実は、日本ではあまり知られていないが、東京五輪でのボクシング開催が危ぶまれている。東京五輪でボクシング種目が除外された場合、誰も参加できない。だから、山根氏はそんな発言をしたのだろう。
国際ボクシング連盟(AIBA)は、財務問題や審判選任問題、内紛など問題が山積。さらに現在の会長代行は、米政府によってロシア系マフィアの幹部として金融制裁の対象に指定されている。
トーマス・バッハ国際オリンピック委員会(IOC)会長が、IOCとして「東京五輪種目からボクシングを除外する権限を保持する」とローザンヌで記者団に発言するほどの事態に陥っているのだ。
東京五輪からボクシングが除外されたら、日本ボクシング連盟の責任だって問われかねない。すでに開催を前提とした準備活動も行われているだろう。その上、山根氏は国際ボクシング連盟会長代行との関係が近い、とも伝えられている。そんなことも辞任決断の理由だったかもしれない。
ヘロイン生産―密輸に関与
現在の国際ボクシング連盟会長代行は、ウズベキスタン人のガフル・ラヒモフ氏(67)。ラヒモフ氏がロシア系犯罪組織の幹部、という事実は米財務省の情報機関「情報分析局(OIA)」が突き止めたとみられている。
ラヒモフ氏とマフィアの関係が最初に暴露されたのは、2012年2月23日。米財務省は、日本の「ヤクザ」組織山口組の幹部2人とユーラシア一帯で暗躍する「ブラザーズ・サークル」と呼ぶ犯罪組織グループの7人の主要メンバーに対する金融制裁を発表した。
ブラザーズ・サークルはユーラシア大陸の旧ソ連構成国や中東、アフリカ、中南米に至る地域で暗躍する犯罪ネットワークといわれる。その主要メンバーの1人、ラヒモフ氏は
「ウズベキスタンの犯罪組織のリーダーで、中央アジアでのヘロイン生産から密輸に至る大シンジケートを運営している」
と米財務省は発表した。最大のヘロイン生産国アフガニスタンなどアジア各地で生産された麻薬をカフカス地方を経て欧州に密輸する秘密組織の幹部、というわけだ。
対北朝鮮対策では「第2次制裁」
米財務省OIAは、全部で17ある情報機関で構成される米国のインテリジェンス・コミュニティ(IC)の一角を成している。
テロ・金融情報担当財務次官の傘下には、OIA担当と「テロ組織金融」担当のそれぞれの次官補が置かれ、さらに「外国資産管理室(OFAC)」「金融犯罪対策ネットワーク」の部門がある。
ブラザーズ・サークルの組織と幹部の行為が証拠付けられたので、OFACが大統領令に従って、(1)彼らの在米資産の凍結(2)彼らとの取引禁止――を命令したというわけだ。
財務省情報機関は、専門的知識や手段を駆使して彼らの金融取引を追跡、さらに携帯電話の盗聴なども行っているといわれる。
OIAの情報工作とOFACによる制裁は、昨年までの国連安全保障理事会による一連の対北朝鮮制裁決議を受けた「2次制裁」で効果を発揮し、北朝鮮側を追い詰めた。決議で制裁の対象となった北朝鮮系商社や中国企業などの取引業者のネットワークを洗い出して、取引業者に対して上記(1)(2)の制裁を科し、安保理決議を順守させたことになる。
融通無碍な組織形態か
奇妙なのは、OFACが2017年12月22日、新たなロシア系マフィアの組織名を発表し、その幹部ラヒモフ氏ら10人を対象に、同様の金融制裁措置を発表したことだ。2012年に制裁を受けたのと同じ者が違う組織名で再び制裁を受ける、という形となっている。
新たに指名された組織名は「シーブズ・イン・ロー(Thieves-in-Law)」。直訳して「法律内の盗賊」としても、意味が通じない。マフィアの掟を守る、という逆説的な名称かもしれない。
米財務省の発表によると、歴史的にはこの名前の組織はスターリン時代の旧ソ連の刑務所内が発祥の起源だという。犯罪で得た利益のみで生き、他の関連組織を支援する、といった掟を守る誓いをして、メンバーとして認められる。犯罪活動や縄張りの再調整、新しい掟の決定などは集会で決定する。
ソ連崩壊後、活動領域は旧ソ連全域、欧州、米国内にも拡大し、大規模な犯罪組織に発展、マネーロンダリングや恐喝、買収、強盗などさまざまな活動を展開しているようだ。
ラヒモフ氏について財務省は、シーブズ・イン・ローに「物質的支援」をしたり、「ビジネス上の協力」をしたりしている、としている。また「かつての恐喝や自動車窃盗から、ウズベキスタンのリーダー的犯罪者となり、ヘロイン密輸の大物になった」とみている。しかし、ブラザーズ・サークルとシーブズ・イン・ローの違いについては不明だ。
ロシア・マフィアに詳しいプラハ国際関係研究所上級研究員マーク・ガレオッティ氏(英国人)は、ブラザーズ・サークルにしても、シーブズ・イン・ローにしても、組織は基本的に「流動的」だとしており、両方とも便宜的に使われた融通無碍な名称ではないかともみられる。
11月に最終決定か
さらに、IOCにとって困ったのは、ラヒモフ氏が年明け1月27日、AIBAの会長代行に任命されたことだった。
その1週間後、IOCのバッハ会長はIOCがAIBAの腐敗問題を調査すると発表した。しかし、IOCが求めた組織改善策は実行されないままになっている。
そもそもAIBAは、さまざまな問題が噴出して大揺れに揺れてきた。これまでAIBAおよびラヒモフ氏の問題を最も活発に追及してきた米国の『自由欧州放送』(RFE/RL)によると、(1)アゼルバイジャンの建設会社からの借入金約1000万ドル(約11億円)の未返済問題(2)反ドーピング措置の遅延(3)2016年リオデジャネイロ五輪での判定問題――などがある。
リオ五輪での判定問題では、疑惑の判定が多々指摘され、AIBAは36人のジャッジとレフェリーを業務停止処分とした。
未返済金をめぐっては、内部対立が深刻化し、昨年11月に当時の会長、呉経国氏(台湾)が引責辞任。後任にフランコ・ファルチネリ氏(イタリア)が就任したが、今年1月突然辞任した。ラヒモフ会長代行は1月27日の臨時総会の昼食休憩中に理事会で選ばれたという。
ラヒモフ氏は旧ソ連時代にウズベキスタンでボクシングを始めて、コーチとなった。ソ連崩壊後は輸出入ビジネスで財を成し、スポーツ界でも要職に就いた。国際ボクシング連盟では2002年から副会長を務めていた。
会長代行は今年11月の総会までの任期。新会長人事や組織改革など、総会で何が決定されるのか。その結果次第で、IOCは東京五輪でのボクシング種目開催の可否を決めるとみられる。
春名幹男
1946年京都市生れ。国際アナリスト、NPO法人インテリジェンス研究所理事。大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒。共同通信社に入社し、大阪社会部、本社外信部、ニューヨーク支局、ワシントン支局を経て93年ワシントン支局長。2004年特別編集委員。07年退社。名古屋大学大学院教授、早稲田大学客員教授を歴任。95年ボーン・上田記念国際記者賞、04年日本記者クラブ賞受賞。著書に『核地政学入門』(日刊工業新聞社)、『ヒバクシャ・イン・USA』(岩波新書)、『スクリュー音が消えた』(新潮社)、『秘密のファイル』(新潮文庫)、『米中冷戦と日本』(PHP)、『仮面の日米同盟』(文春新書)などがある。
㊟裏社のこんな関係で山根って在日が大物ぶっていたのか?
元最高幹部が明かす 「高倉健」と「山口組」の知られざる交流
元最高幹部が明かす 「高倉健」と「山口組」の知られざる交流
エンタメ週刊新潮 2015年5月21日号掲載
多くの伝説を残して世を去った俳優・高倉健(享年83)と、日本最大の暴力団には浅からぬ縁があった。「週刊新潮」では、没後半年にあたる2015年5月21日号で、ジャーナリスト・山川光彦氏の寄稿による高倉と山口組にまつわる数々の秘話を掲載した。昭和映画史の知られざる内幕をあらためてご紹介しよう――。(※データは本誌掲載時のもの)
***
83年の生涯を「国民的映画俳優」として演じ切った高倉健(本名・小田剛一)が逝って半年が経つ。来る6月にも「八甲田山」「海峡」のロケでゆかりのある青森の県立美術館で異例の特集上映が予定されるなど、いまだその人気が衰えることはない。
死去直後には、長嶋茂雄をはじめ各界からその死を悼む悼辞がよせられたのは記憶に新しい。だが、国民的スターへの哀悼の想いを胸に、その心中を表明する場を与えられなかった人たちもいる。
裏社会の住人たちである。なかでも、実在のモデルに取材したヤクザ映画を量産した東映の看板スターだった高倉と、日本最大の暴力団組織・山口組の縁は浅からぬものがあった。
当時を知る芸能関係者が解説する。
「東映入社後、しばらく芽が出なかった高倉健は、時代劇などで人気絶頂の美空ひばりらの相手役を務めることも多かった。ひばりの後見役が、山口組中興の祖・田岡一雄三代目だったのは周知の事実です。当時、田岡氏は日本有数の芸能プロ『神戸芸能社』を率い、ひばり以外にも鶴田浩二、清川虹子、ディック・ミネ、若山富三郎、伴淳三郎ら名だたるタレントと公私にわたる関係を築いていた」
ひばりと大の仲良しだった江利チエミと高倉健は1959年に結婚。婚礼の宴には田岡氏も参列した。後年、田岡氏の令息である故・田岡満氏の結婚式には、寺島純子、梅宮辰夫らに混じって高倉の姿もあった。ヤクザと芸能人の垣根が今からは想像もできないほど低かった時代である。
田岡三代目と高倉の宿縁については後述するが、もう一人、高倉健と終世にわたる厚情を交わした元親分がいる。
健さんの人間性の一端を知ってもらえるなら
泣く子も黙る山口組の組織中枢メンバーである「舎弟頭補佐」として執行部の一翼を担い、六代目体制では、重鎮である「顧問」として活躍。2012年に引退した大石誉夫(たかお)氏である。
愛媛・新居浜から岡山に進出した大石氏は地元組織との抗争を経て地盤を確立。山口組直参として大石組を旗揚げし、長らく西日本の要衝で、他団体に睨みを利かせてきた。武闘派の一面、経済界から芸能界にいたる幅広い人脈を築き上げ、「経済の大石」としてその名を知られた元大物親分だ。
一線から身を引き、現在は都内で家族とひっそり余生を過ごしている大石氏こそ、田岡三代目亡き後もその衣鉢を継ぎ、高倉健との契りを交わしつづけた人物である。
インタビューに答えた大石氏は言葉を慎重に選びながら、こう切り出した。
「元ヤクザ者の私が健さんとの関係を明かすことには少なからず躊躇があったことは確かです。まして、13年に文化勲章を受章して以降は私との交友歴が足を引っ張るのではないかと、なおさら神経を尖らせてきたものです。ですが、(没後半年を経て)総理大臣であれヤクザであれ、つきあう相手を肩書きで差別することがなかった健さんの人間性の一端を知ってもらえるなら私の証言も無駄ではないのではないかと、思いなおしたんです」
2人の交友は、東京オリンピック前年の63年に遡る。翌年の大石組創設を控え昇竜の勢いにあった大石氏の新居祝いに、まだ任侠スターとして売り出す前の高倉がひょっこり顔を出したのだ。
大石氏が述懐する。
「田岡親分の後を追うように興行に手を広げていた私に挨拶するように、興行関係者、もしくは田岡親分本人から勧めがあったのかもしれませんね。2歳違いと年齢も近く、あけっぴろげで物怖じしない健さんに、立場を超えていっぺんに魅せられました」
一方の高倉も、大石氏の本拠・岡山周辺に撮影などの用がある度に訪ねてくるようになり、頻繁に親交を重ねることになった。
「健さんが宿泊するロケ地のホテルをその地の(山口組系)親分を通じて手配することもあった。あるとき、(愛媛県今治での)ロケが終わってホテルの自室に帰った健さんの部屋から悲鳴が聞こえてくるんです。それも“助けてくれ! 出してくれ!”って哀願するような声で、部屋の戸をドンドン叩いてね。いつもタレントにするように女性を部屋にあてがっただけなんですが、潔癖な健さんはまったく受け付けないんです」(大石氏)
江利チエミと高倉健の揺るぎない夫婦愛をうかがわせる逸話ではあるまいか。
純金のお鈴
スター然としたそぶりをみせない高倉と親分ぶらない大石氏は、ことのほかウマが合ったという。
当時、映画のオールナイト興行にスターが足を運び、舞台に花を添えることがあった。高倉健も大石氏の地元の映画館の舞台に立ち、挨拶をすませたのだが……。
「せっかく生バンドの準備も揃っていたので、健さんに一曲披露してよと頼んだら、人前で歌を唱うことを極度に毛嫌いしていた健さんが『網走番外地』を唱ってくれました。それも1番を唱い終わったあと、まちがえてまた1番の歌詞を唱い始めた。歌の途中で気づいて、律儀にまた最初からやり直し。お客さんは大喝采でしたな」
高倉健が初めてテレビコマーシャルに出たと話題を呼んだアサヒビールの出演交渉にも、大石氏の助力があった。
東映のワンマン社長として名を馳せた大川博からの度重なる出演依頼にも、テレビ嫌いの高倉は首を縦にふらなかった。そこで、大川社長は懇意の大石氏に出演要請の仲介を依頼する。大石氏の意を尽くした説得に折れた高倉は、しぶしぶ出演を受け入れる。
「そのすぐあとに務め(服役)にいくことになった若い衆のために、健さんはギャラの一部を私の方に差し出した。映画出演での正当な報酬ではないとの想いからだったのか。これには私の方が面食らってさすがに遠慮しましたわ」(同)
筋目を守り自らを律する高倉健の厳しさは、任侠界の重鎮を驚かせるに十分だったのだ。
高倉は、礼節だけでなく信仰にも厚いことで知られ、比叡山延暦寺との関係はつとに有名である。
だが、大石氏によると、出世作となった「網走番外地」のヒット祈願のために長野・善光寺に参拝して以来、高倉はゆかりの知人に、折に触れ、そのお札(ふだ)を送ることを習慣としていたという。
「毎年お札を送る十数人の郵送リストがあるんです。その返礼として、私の信心する香川・金刀比羅宮(ことひらぐう)のお札を健さんに送っていました」(同)
東京から岡山まで車を走らせ…
もとより、芸能界は地方興行を通してヤクザと切っても切れない関係にあった時代で、高倉のみが山口組と浅からぬ縁をもったわけではない。
「芸能人の多くは、組織の庇護や個人的な後援といった実利的な理由から、親分衆とつきあうことが多かった」(前出の芸能関係者)
人気稼業ゆえの苦労を、高倉とファンを二分した菅原文太も味わっていた。
東映実録映画全盛の頃の目撃談を、元神戸芸能社関係者が明かす。
「神戸ポートピアの高級ホテルでのことです。東映実録映画の看板スターとなっていた菅原さんに酒席を共にさせようと、たまたまホテルの上階と下階に宿泊した山口組の大物幹部同士が取り合いになった。その幹部2人は山口組の若頭を争うほどのライバル関係にあり、ふだんから仲がよくなかった。“お前はあっちに挨拶せんでええ”と双方からスゴまれ窮地に陥った菅原さんは、“田岡親分の倅さん(前出の満氏)の用事があるもので……”と言って、急場を凌いだんです」
他の俳優も大同小異、力のある極道者とのつきあいをおろそかにしなかった時代である。だが、当時、高倉だけはヤクザとのつきあいに一線を画していた。
再び大石氏が口を開く。
「ことあるごとに“他の暴力団(員)を紹介しないでくださいよ”と言うんです。実利を求めず、精神的なつながりを重んじる健さんの姿勢は、並みいるタレントのなかでは極めてストイックでした」
任侠の徒以上に筋目を重んじる高倉に、現職の方が唸らされることも一再ではなかった。
「健さんにもかわいがってもらった私の長男が客死した後のこと。私の不在中、東京から一人で車を走らせて突然、岡山の自宅を訪れた健さんは、特別に誂えさせた純金のお鈴(りん)を仏壇に供えて、長男のために焼香してくれたそうです。部屋住みがあっけにとられている間に、ものの10分たらずで元来た道を帰ってしまった。あとで見ると、お鈴の裏に私の家紋が刻まれていたんですよ」(同)
所用で自宅を留守にしていた大石氏が部屋住みの急報を受け、電話で、「なぜ連絡をくれなかった」と問いただすと、「健さんは、“親分に会いに行ったんじゃない、自分の思いを届けたかっただけ”と」(同)
11年に起きた「東日本大震災」の発生直後にも、安否を心配した高倉は、携帯用避難用具一式が詰まったリュックを抱えて大石氏の都内の自宅をひょっこり訪ねた。
「カタギで男が惚れる男として、健さん以上の人はおりませんな」
元山口組最高幹部にそうまで言わしめる高倉と山口組の奇縁の原点は、大石氏の親分にあたる田岡三代目と高倉の出会いに端を発する。
生涯の恩義
いまでは往時を知る関係者もほぼ全員が鬼籍に入(い)ったなか、2人の邂逅を知る貴重な証言者が実在する。ほかでもない、田岡氏の愛娘である田岡由伎(ゆき)氏である。
「父が健さんと知り合ったのは、ひばりさんと仲のよかった江利チエミさんを通じてだったと思います。後から聞いた話ですが、チエミさんとつきあいだした頃の健さんはまだヒット作に恵まれず、鳴かず飛ばずの時期でした」
高倉の所属する東映の岡田茂(京都撮影所所長、のち東映会長)と田岡氏はひばりの映画出演を通じて肝胆相照らす仲だった。
由伎氏が続ける。
「チエミさんに恋人の健さんを紹介された父は“大部屋にいたら一生、大部屋だ。スター、主役にしたらなあかん”と思ったのでしょう。岡田さんに声をかけ、高倉さんの売り出しに一役買い、それが出世作となる『日本侠客伝』(64年)製作へとつながったと聞いています」
もとより東映本社の社史には記載のない秘話である。
由伎氏の証言はさらに続く。
「それがきっかけで、健さんは父としょっちゅう会うようになったそうです。極道の着物の着方、ドスの持ち方から、日常の所作まで、父から実地で学ぼうと。健さんが(田岡邸のある)神戸にいらっしゃることも多かったし、父もたまに東映(京都撮影所)に行っていました。父が65年に入院したときも、健さんはよく病室に見舞いに訪ねてこられました」
とすれば、任侠映画の立役者・高倉健の生みの親の一人が田岡氏だったことになる。筋目を重んじる高倉がそのことを生涯の恩義と感じたとしても不思議はない。田岡氏の半生をモデルにした実録任侠映画「山口組三代目」が73年、高倉主演で製作され、空前の大ヒットを記録するが、撮影に臨んでの意気込みを、高倉ははしなくもこう明かしていた。
「作品の人物にホレこむという映画は、ひさしぶりですから」
田岡氏への「離婚報告」
前出の神戸芸能社関係者が明かす。
「山口組本部からも遠くない神戸の湊川神社で、健さんと(後の田岡夫人役の)松尾嘉代が若き日に将来を誓い合う重要なシーンの撮影に臨んだときのことです。健さんは撮影が終わるとその足で本家の田岡三代目を訪ね、付き人も遠ざけ親分の部屋で2人きりで、30分ほどでしたが、お互いをねぎらいあったんです」
役者として、あるいはひとりの男としての転機に、高倉は田岡三代目との面会を求めていたフシがある。
由伎氏も頷いて言う。
「チエミさんと離婚したとき、健さんはいきなりいらっしゃって、玄関の前に立って敷居をまたごうとしないんです。父が玄関まで迎えて、“どうした、あがれ”って言っても、“いや、あの、今日はこの敷居が高いです”と。事情を聞くと“(チエミと)離婚することになりました。すみません”と、最後まで軒先から上がらず帰ってしまった」
常人からは窺い知れぬ絆で結ばれた“師弟関係”は、田岡三代目が没した後も、変わることがなかったようだ。
「81年に田岡さんが他界したとき、盛大に営まれた葬儀に健さんの姿はなかったんですが、その数日後、“高倉です”と電話が入った。近くの公衆電話からでした。単身、本家の門をくぐった健さんは持参した線香を手に田岡三代目の仏壇に向き合い、位牌に焼香したんです。その後も、命日に健さんから欠かさず線香が届きました」(田岡家関係者)
由伎氏と高倉の交友もまた、高倉の死の直前まで続いた。
「(健さんとは)よく会う時期と手紙のやりとりだけのときも。その手紙に、『自分にとって役者とはなんだろうと悩んで、壁にぶつかっています。でも(田岡)親分から教えてもらった、人とは何か、男とは……、ということを考えていけば、ふと同じところにたどり着くんじゃないか……』と、そんなふうに書いてあるんです」(由伎氏)
そして、彼女は昭和映画史の秘められた内幕についての証言をこう締めくくった。
「健さんは後年、私に“極道の世界をまったく知らない頃に、全部親分に教えてもらった”と言いましたが、玄関で敷居をまたがなかった態度も含めて、(住む世界は違っても)健さんは父から、人として男としての生き方、矜持を学んだのではないかと思うんです」
虎は死して皮を留め、人は死して名を残す。
不世出の任侠映画スター高倉健は、裏社会のドンとして君臨した田岡氏が精魂を込めた形見、だったのかもしれない。
㊟もう知っても得にもならない話。東映京都の撮影所は一般人は関係者の紹介が無ければ入れない。しかし、守衛に手を上げるだけでフリーパスなのがヤクザだった。それを私に皮肉られて苦虫を噛み潰した幹部も。
言いたくもなる。何故なら,門を入った直ぐ右の建物の一階に、藤純子の父で裏社の顔役でいながらヤクザ映画のプロデューサー〇〇○○の事務所があるのだから、、、
面白い話をしよう。 某少年人気アイドルが初めて時代劇『暴れん坊将軍』にレギュラー入りした時だ、朝から入口にアイドルファンが10数人も集まり、これには東映も驚いたようだ。
髪結いで初めてカツラを付けると、注目して集まっていた関係者から、
「こりゃ綺麗だ!!」
「ほう~そのまま沖田荘士でいける!」
「将来の助さん間違いない!」
等々の声が上がり、その気品ある美少年ぶりは評判となった。これが東映のスター役者にあっという間に広まり、ピリピリしていたのだが、それを知ったのはもう少し後になってから。
ただ、気になったのは、監督が美少年をやたらアップ撮りしていたようで、「大ちゃんアップ、健さんナメ」の声が何度か耳に。しかし、私もアイドルもアップは分かったが、ナメという意味が分からなかった。
途中、松平健が、レギュラーの脇役数人に囲まれて、
「誰が主役だ!」
と吐いた言葉が聴こえたので、ああ、監督は美少年アイドルを売り出そうとしているのか、とは感じた。
そして数日後、美少年が夜のスタジオで撮影中、小指を詰めて包帯に血を滲ませたヤクザが入って来た。監督も助監督も「出て行け」も言わない。
そのヤクザ、いきなりアイドルに近づき、「撮影終わったら食事に付き合ってくれ」と言い出した。
側に居た私に、
「この後も仕事です。時間はありません!」
と撥ねつけられると睨みつけたが貫録敗けか黙って出て行った。が、まさか撮影現場に指を詰めたばかりのヤクザが来るとは。。。しかもそれが美少年アイドル呼び出し目的と。。。このヤクザ、傍に鬼が付いていると思わなかったようで、以降は誘い来ず。私の顔がそんなに怖いか?
勝新太郎の兄、若山富三郎も山口組「加茂田一家」の盃を貰って威張っていたな。やはり、私に、しかも直接でなくスタッフを動かし因縁を付けて来た事があった。当時、大物俳優と呼ばれていた時代だ。放って置いたらまたスタッフが来て、
「黙って謝って下さい」
だ。こりゃスタッフが可愛そうと、その足で若山の部屋に、
「何の用があるんですか!」
と顔を出すと、下を向いて沈黙。。。相当怖かったようだ。今度は、「若山さんはもういいって」とまたスタッフから。。。そんなに鬼神の顔が怖いか?
ところが若山のヤツ,京都の東映で自分のメンツが潰されたと思ったのか、数年後、自分の所属する長良事務所の長良淳から
「正ちゃん頼むよ。若山と揉めないでよ」
と電話が入った。バカ丸出しで嗤いました。
今は亡き川谷拓三くんも若山富には怒っていたな。彼が脇役の頃、若山は、
「お前みたいな汚い顔をオレの前に出すな!」
と履いていた下駄で頭を殴りつけたんだと。血が出てもスタッフも知らん顔だったと。。こんな話を聞くと締め上げたくなるのが親分の血を引く私でした。
生意気だった松方弘樹も京都の繁華街で暴力団に焼きをぶち込まれ、上半身テーピングだらけにして撮影所に来ていたこともあった。こいつも根性が女々しく、前述のアイドルがあまりに綺麗なのに嫉妬して陰口を叩き嫌がらせをしてくれた。
数年後、テレ東の松方主演の「大江戸捜査網」にこのアイドルがゲスト主演。松方は神経ピリピリだったようで、後に、担当プロディーサーと六本木で食事中、
「いや、〇ちゃんをゲストにしたときの松方の機嫌の悪さは大変だった。次の撮影の時も機嫌が悪いんだもの」
と、つくづく参ったと大笑いしたが。
里見浩太朗も優しい顔していながらやはりこのアイドルに助さん役を奪われると思ったか、いろんな妨害をしてきた。里見さん、今でも記憶してますよ。そんなだから息子の佐野君は売れなかったんですよ。
案の定、里見氏が水戸黄門になる情報が流れると、そのアイドルに「助さん」役の打診があり、京都まで出向いて「水戸黄門」の逸見プロデューサーに「お断りします」と宣言。
こんなこと出来るヤツも珍しいのかも。
松平健は両刀遣いの勝新太郎にゲイを仕込まれた結果、オネエさまに。暴れん坊時代、レギュラー入りしたこの美少年アイドルに目を付け、プロデュースから「松平が食事を」の誘い。
勿論、私が連れて出向くと、まさか事務所の社長が一緒にくるとは!という顔で、会話ゼロ。口説けなくてガッカリしたようだ。もちろん、そのアイドルは男なんか相手にしないのだが。
京都東映撮影所では男、女に弄ばれて潰れた有望な新人は多いことを東京本社のプロデューサーから耳にしていたが事実だった。
ま、東映も私が撮影所に入る前に、事前情報かなんかで「渡邉正次郎はヤバそう」と掴んではいたが。経歴や父親が『山口組』三代目、田岡一雄氏と五分兄弟だった事まで掴んではいなかった(もちろん、この時は私も知らなかった)から注意が流されていなかったようだが、私の醸し出す雰囲気がタダものじゃなかったのか、誰も夜の誘いをかけなくなり、嫌がらせは陰でするように、、、言葉は悪いが女の腐ったようなスターが多かったね。
高倉健は見上げる大スターだった。が、大部屋俳優当時に、ベテラン男性役者たちに弄ばれ、女嫌いに(あの大スター、石原裕次郎も真正ゲイだが)、。しかし、高倉健、石原裕次郎のお二人は人間的には素晴らしいモノを持っていた。だから、いまでも尊敬されるのだ。私もそうなろう、、、無理です。男にも口説かれないし。口説かれると途端に嫌になるし。
江利チエミと結婚したが。。。「抱いてくれないってチエミが泣くのよ」と、青山のすし屋でご一緒した清川虹子さんから打ち明けられたことがあったなぁ。
そう、裕次郎の奥さん、北原三枝さんも、
「裕さんは私を抱いてくれない」
と某映画会社社長を前に涙したことが。(知り過ぎ男,尻ではありまっせん)
握手しない芋の子軍団は“転げ坂一直線”に名を変える!?
握手しない芋の子軍団は“転げ坂一直線”に名を変える!?
“会いに行けるアイドル”に終止符 相次ぐ「AKB」握手会中止の裏に「坂道」への不満
デイリー新潮
この夏の酷暑によって、体調不良を訴えるケースが増加したと伝える。だが、彼女たちの“体調不良”は、ファンの熱気とは対照的に冷めた感情もあるようで……。
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8月10日から12日まで、千葉・幕張メッセで行われたのは、AKB48の51枚目のシングル「ジャーバージャ」発売を記念した「大握手会&スペシャルステージ祭り」なるイベントだった。
「そもそも開催前から“女王不在”ということで、ケチがついた催しではあったのですが」
と語るのは、さる芸能記者である。女王とはご存知、今年の総選挙を制した松井珠理奈(21)を指す。選挙以降、やはり体調不良のために活動を休止している彼女は、このイベントでも前々から不参加が明かされていた。
「とはいえ、他に選挙3位の宮脇咲良(20)や、選挙を辞退している指原莉乃(25)や柏木由紀(27)ら人気メンバーが顔を出すので、運営としても心配はしていませんでした。ところが彼女たちすらも“体調不良”で途中欠席となってしまい、物議をかもしているのです」
いずれも途中から参加が取り止めになったと伝えられる3人。さすがに名の知られた彼女たちともなれば、忙しくて体力も持たないのか……と思いきや、そうとも言い切れないフシがあるというのだ。
坂道の“握手会免除説”
先の記者が続ける。
「実際に体調を崩してしまったとしても、彼女たちの中で握手会に対するモチベーションの低下があるのは間違いないと思います。というのも、“坂道系”の人気メンバーは、握手会を免除されるといわれていますからね」
乃木坂46、そして欅坂46ファンの間で囁かれるのが、記者のいう“握手会免除説”である。例えば乃木坂は、21枚目のシングル「ジコチューで行こう!」の握手会が、8月12日から10月27日にかけて、全国5カ所での開催が予定されている。が、開催前から白石麻衣(26)、西野七瀬(24)ら人気メンバーは“スケジュールの都合により”参加しない旨が発表されているのだ。
「モデル業などにも勤しむ彼女たちですから、1回や2回の握手会に折り合いがつかないのはわかる。でも、10月の握手会の予定が6月に発表され、その時点ですでに“スケジュールがつかない”というのは……というのがファンの間で言われている話なんです。一方、あの指原が参加しているように、基本的にAKBでそういった話はない。当事者からしてみれば、『なんで坂道は許されているのに……』となって当然ですよ」
最近のシングルを見ても、乃木坂はミリオン、欅坂もハーフミリオンをコンスタントに売り上げている。握手会がなくてもやっていけるともなれば……。AKBのコンセプト“会い行けるアイドル”を、乃木坂が崩す?
週刊新潮WEB取材班
㊟こんな泥付き芋の子と握手したいのかね。
翁長遺言は大嘘で「オール沖縄」分裂!!
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【沖縄県知事選】玉城デニー氏、出馬表明先送り
夕刊フジ
9月30日投開票の沖縄県知事選に立候補する意向を示している自由党幹事長の玉(たま)城(き)デニー衆院議員(58)は22日、那覇市内で記者団に「まだ、もうちょっといろいろ相談しながら考えないといけない」と述べ、出馬表明を先送りする考えを明らかにした。玉城氏は当初、22日までに最終判断する方針だった。
玉城氏はまた、地元小売り・建設大手「金秀グループ」の呉屋(ごや)守将会長と那覇市内で会談し、呉屋氏は玉城氏が立候補したら支援する考えを伝えた。8日に死去した翁(お)長(なが)雄(たけ)志(し)知事は2人を後継指名し、音声データがあるとされている。
関係者によると、翁長氏の支持母体「オール沖縄」に参加する共産党や社民党、労組などでつくる「調整会議」は21日、玉城氏に正式な出馬要請を行う予定だったが、玉城氏側の要請で見送ったという。
一方、オール沖縄系の県議会会派「おきなわ」は22日、独自に玉城氏出馬を支持する方針を決定した。「おきなわ」は、翁長氏の音声データの公開を求め、調整会議からの離脱も辞さない構えをみせている。
㊟表現は申し訳ないですが。沖縄県の政治は利権の宝庫なんです。ご存知のように国家予算に「北海道、沖縄(群島を含む)振興予算と言うのがあります。毎年数千億円がつぎ込まれているのです。基幹産業もなく、遠隔地で本土への輸送費も高額になる理由からです。
この振興予算で遊んで暮らす県民も数十万人もいるんです。その利権を奪い合うのが沖縄県知事選です。何やら安室奈美恵が今度の県知事選で野党候補を応援するような報道もありましたが。。。安室が野党候補支援となると自民、公明候補はヤバですね。
妻を殺害し遺体を3か月冷凍、その間豪遊の男に死刑 上海
JIJI.COM AFP8/23(木) 21:44配信
【AFP=時事】中国・上海の裁判所は23日、妻を殺害し、遺体を3か月間冷凍庫に放置していた男(31)に死刑を言い渡した。
同市の中級人民法院の発表によると、男は2016年、口論になった妻を絞殺し、有罪と認められたという。
地元メディアは、男が妻の遺体をベッドカバーで包み、自宅のベランダにあった冷凍庫の中に隠していたと報じている。
裁判所によれば、男はその3か月間、妻の金を使って複数の女性と旅行やホテルでの密会を重ねた。「男は惜しみなく金を使った上、後悔の念も一切示さなかった」としている。
ただ男は最終的に自首。義父の誕生日が来て、妻も家族の集まりに顔を出すものと親戚らが思っていた時のことだったという。
妻の両親が男の死刑を公然と要求していたことから、事件は上海市内で大きな注目を集めていた。【翻訳編集】 AFPBB News
㊟日本では一人殺しても死刑にならんぞ。ゴキブリは何億匹殺しても死刑にならんよ。